第64話 レアドロップ
俺の警告と同時だった。
谷底から、強烈な吹き上げ風が舞い上がる。 砂礫が巻き上げられ、視界が一瞬白く染まった。
その向こう側。
切り立った崖の上から、巨大な影が二つ、同時に躍り出た。
ドスンッ! ドスンッ!! と、重量感のある着地音が、峡谷に響き渡る。地面が揺れ、足元の小石が跳ねた。
砂煙が晴れると、そこにいたのは——二体の
「二体……同時!?」
これまで一匹ずつしか出現してこなかったためか、桜が驚きの声を張り上げる。だが、驚くべきは数だけじゃない。
一体は、これまで戦ってきたヤツらと同じだ。二メートルほどの巨体に、アンバランスに発達した強靭な後ろ脚。岩のような皮膚。
だが、もう一体が明らかに違っていた。
デカい。優に三メートルは超えている。全身の体毛は灰色ではなく、どす黒い鉛色。岩の皮膚には無数の傷跡が刻まれ、歴戦の猛者であることを物語っている。何より異様なのは、その額だ。長いうさ耳の間に、捻じれた一本の角が生えている。
「……レアモンスターだよ!」
すぐに冷静さをに取り戻した桜が、分析する。
——レアモンスター。正確には、変異種や希少種と呼ばれる個体がダンジョンには登場する。
サンダー・ベルのような
人によってどちらの呼び方を使うかは違うが、基本的には同じ意味を表す魔物である。
ダンジョンによって生み出された魔物が、探索者や他の魔物に倒されることなく生き抜くことで【進化】した魔物。
それが変異種や希少種だ。探索者達は魔物を倒すことで成長していくが、魔物も探索者を倒す、あるいは共存できない魔物を倒すことで成長するってことだな。
進化の程度は魔物によって異なるが、ネームドモンスター程、凶悪ではない。それでも、出現階層の適正範囲を数階層分ははみ出しているらしい。
現に、溢れ出るプレッシャーが通常種とは桁違いだ。普通のロックホッパーが「ダンプカー」だとしたら、あいつは「装甲車」だな。
「ギルルルルゥ……!」
変異種が、喉の奥で低く唸った。その瞳は赤く充血し、明確な殺意を持って俺たちを睨みつけている。
「ひろくん……!」
「大丈夫。ここは任せろ」
俺は一歩前に出ようとした。レア相手、しかも二体同時だ。さすがに桜一人に任せるのは荷が重いかもしれない。
俺がヘイトを買って、桜に攻撃のチャンスを作らせるか。それとも、瞬殺して終わらせるか。
だが。
「——ううん、待って!」
桜が、俺の前に一歩踏み出した。その背中は震えていない。
「私一人にやらせて」
「……大丈夫?」
「うん。ここでひろくんに頼ったら、いつまで経っても私は『守られるだけ』だから。いつかは、自分の足でひろくんの横に立ちたいの!」
強い言葉だった。ただの強がりじゃない。覚悟が決まった芯のある言葉だ。俺は、木刀を握る力をふっと抜いた。
「……わかった。信じてるぞ」
俺は一歩下がり、傍観者に徹することを決める。もちろん、本当に命に関わる瞬間が来たら、助けに入る準備はしておくけど、基本は見だ。
「ギシャアアアッ!!」
開戦の合図は、通常種の咆哮だった。相棒——かどうか分からないが、一緒にいる変異種に命令されたのか、まずは通常種が突っ込んでくる。
風魔法を纏った突進は、砲弾のような勢いだ。
桜は慌てず、杖を振るう。
「<アクア・シールド>!」
即座に展開された水の盾。ロックホッパーが激突し、水飛沫が散る。衝撃で桜の足がずざざっと後ろへ滑るが、盾は割れていない。
だが、息つく暇はない。本命が動いた。
変異種が、強靭な後ろ脚を収縮させる。ギチチチチと、筋肉と岩皮膚が軋む音が聞こえるほどだ。溜め込まれたエネルギーが、限界まで圧縮される。
——来る。
俺の動体視力が、その瞬間を捉える。
ドォォォンッ! 爆音。変異種が跳んだ。いや、あれは跳躍じゃない。爆発だ。地面がクレーターのように陥没し、その反作用で巨体が空へと打ち出される。
狙いは桜の頭上。落下エネルギーと体重を乗せた必殺の攻撃。
同時に、弾かれた通常種も体勢を立て直し、桜の死角である左側面へと回り込む。魔物同士とは思えない完璧な連携。野生の勘か、それとも知能があるのか。逃げ場を塞ぎ、確実に獲物を仕留める狩りの陣形だ。これが七階層に出現して良い敵なんだろうか?
「っ……!」
桜の視線が泳ぐ。上空からの圧死攻撃。左からのタックル。どちらか一方なら防げる。だが、同時に対処するには、今の桜の手数では足りない。
助けに入るか……?
俺の筋肉が収縮する。思考加速の世界で、俺は一歩を踏み出そうとした。
その時だ。
峡谷を吹き抜ける風の音が、不自然に変わった。
突如、峡谷の底から、あり得ないほどの強烈な吹き上げ風が発生したのだ。それはまるで、巨大な空気の拳が下から突き上げられたような衝撃だった。
自然に生まれた現象か? いや、違う。あまりにもタイミングが良すぎる。
その突風は、空中にいた変異種を直撃した。
「ギッ!?」
空中で姿勢制御をしていた変異種が、予期せぬ風に煽られる。風魔法を操るロックホッパーでさえ、この暴風は計算外だったようだ。バランスが崩れ、落下軌道が、大きく右へとずれた。
その「ずれた先」には——。
桜への追撃をかけようと飛びかかっていた、通常種がいた。
ドガァァンッと、鈍く、重い、衝突音が峡谷に響き渡る。
変異種の鋼のような巨体が、横合いから通常種に激突したのだ。まさに、交通事故。しかも、ダンプカー同士の正面衝突に近い。
「ギェッ!?」
「グオッ!?」
悲鳴が交錯する。二体の重量と落下の衝撃に耐えきれず、ロックホッパー達がぶつかった岩棚が崩壊した。地面が崩れ、巨大な穴が生まれた。
変異種の右脚と、通常種の半身が、その穴に深々と挟まってしまう。抜け出そうともがくが、互いの体が邪魔をして動けない。さらに、崩れた岩盤が彼らの上に覆い被さり、天然の拘束具となって動きを封じた。
……静寂。
俺は、ぽかんと口を開けてその光景を見ていた。桜も、杖を構えたまま固まっている。
敵が勝手に味方にぶつかり。衝撃で穴が空き。勝手に穴にハマって動けなくなった。
ギャグかよ。そうツッコミたくなるような展開。だが、これは現実だ。もしかして。これも【豪運】というスキルの効果なのか。
偶然にしては出来すぎている。必然と言うには乱暴すぎる。神様が転がったサイコロの目を指で掴んで変えたような、圧倒的なご都合主義。
「……なにこれ?」
桜が呟く。だが、彼女はすぐに我に返った。続いて俺も。今は呆けている場合じゃない。目の前には、身動きの取れない、無防備な獲物が二体。
これ以上ない
桜の瞳に、鋭い光が宿る。彼女は杖を高く掲げた。全身の魔力が、一点に集中させるのが分かった。
大気中の水分が、恐ろしい勢いで集まっていく。彼女の頭上で、水が渦を巻き、螺旋を描き、そして一本の巨大な槍へと形を変える。
今までで一番、練度が高い。迷いがない。勝利の確信が、魔法の精度を極限まで高めている。
「これで……終わりっ!!」
桜が叫ぶ。
「<アクア・ジャベリン>!!」
詠唱と共に、水の大槍が射出された。唸りを上げて空を裂き、一直線に突き進む。
変異種が、恐怖に目を見開くのが見えた。だが、回避行動など取れるはずもない。
ズドォォォォンッ!!
着弾。水の槍は、変異種の眉間を正確に貫き、その貫通力を持ったまま背後の通常種をも串刺しにした。さらに勢いは止まらず、地面へと深く突き刺さり、衝撃波で周囲の岩盤ごと粉砕する。
断末魔さえ、上げる間もなかった。
二体の魔物は、一瞬硬直した後——光の粒子となって、さらさらと崩れ落ちていった。
残心。
桜は杖を振り抜いた姿勢のまま、しばらく動かなかった。風が、彼女の髪を揺らす。
「……はぁ……はぁ……っ」
肩が大きく上下している。魔力を使い果たしたのか、膝が少し震えているのが見えた。
「……やったな」
俺はゆっくりと歩み寄り、声をかけた。桜が、弾かれたようにこちらを向く。その顔は、汗と土埃で少し汚れていたけれど、今まで見た中で一番輝いていた。
「見た!? ひろくん! 見た!?」
興奮冷めやらぬ様子で、桜がまくし立てる。
「あいつら、空中でドーンってぶつかって! そのまま穴にズボッて! なに今の!? コント!?」
「ああ、見たよ。素晴らしいほどに身体を張った芸だったな」
俺は苦笑しながら頷く。
「でも、最後の一撃は桜の実力だ。あのタイミングで、あんな高密度の魔法を放てるなんて、大したもんだよ」
俺が素直に称賛すると、桜は照れくさそうに頬を赤らめた。
「えへへ……必死だったから」
そして。
俺たちの視線は、自然と魔物が消滅した場所へと向いた。
光の粒子が晴れたあと、岩場の上に、ドロップアイテムが転がっている。
明らかに異質な存在感を放つ、一つの「物体」があった。
夕日を浴びて、鈍く、しかし力強く輝いている。それは——一ブーツだった。
深い茶色の革をベースに、風の紋様のような緑色のラインが走っている。
素材は革のようだが、どこか金属的な光沢を帯びていて、見るからに丈夫そうだ。ただ置かれているだけで、周囲の空気が少し軽くなっているような、不思議な魔力を感じる。
「あれ……って……」
桜がおずおずと近づく。俺も後に続く。
間違いない。俺は【解析】スキルを発動させるまでもなく、確信していた。あれこそが、俺たちが追い求めていたものだ。
桜が、震える手でブーツを拾い上げる。ずしりと重いはずなのに、彼女の手の中では羽のように軽そうに見えた。
「ひろくん……これ……」
桜が振り返る。その瞳には、うっすらと涙が滲んでいた。
俺は笑顔で頷き、告げる。
「おめでとう、桜。——【大股に歩くための
「ほんとに……? 夢じゃない?」
「ああ。間違いなく本物だ。一応、解析してみるか?」
俺は近づき、視界に情報を表示させる。
-------------
【
風魔法を扱う種が稀に落とす希少品。
着用者の歩行・走行速度を20%向上させ、疲労を大幅に軽減する。また、足場の悪い地形での踏破性を著しく向上させる効果を持つ。
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「間違いない。五百万……じゃない、ストライダーシューズだな。状態も良さそうだし、完璧」
「ご、ごひゃくまん……」
金額を聞いて、桜がへなへなとその場に座り込んだ。ブーツを抱きしめたまま、空を見上げる。
「やった……やったぁ……!」
じわりと、瞳から涙がこぼれ落ちた。それは悲しみの涙じゃない。達成感と、安堵と、喜びに満ちた涙だ。
「私、自分で……自分の力で、できた……!」
確かにスキルの力はあったかもしれない。でも、ソレも含めて桜の力だ。そもそも、戦ったのは桜だ。恐怖に打ち勝ち、前に進み、最後の一撃を放ったのは、紛れもなく彼女自身だ。その達成感は、何物にも代えがたい財産だ。
「ああ。これで車、買えるな」
「うん! 大福も乗れる、大きいやつ! お父さんもお母さんも乗せて、みんなで温泉行けるやつ! でも——」
「でも?」
「一番最初に乗るのは、ひろくんね」
桜が立ち上がり、涙を拭って、満面の笑みを向けてくる。
夕日が差し込む峡谷で、その笑顔はどんな宝石よりも輝いて見えた。
「……光栄です」
「帰ろう、ひろくん! 今日は、お祝いだよ! あっ、でもお店予約してない……デリバリーかな? お寿司? ピザ?」
「おう、どっちも頼めばいいさ。今日は豪勢にいこう」
俺たちは、足取り軽く帰路についた。夕焼けに染まる空が、俺たちの背中を押してくれているようだった。
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