第63話 追い風
二体目。三体目。四体目。
ロックホッパーは、見た目の割に単調なパターンしか持っていない。
助走をつけて跳び、風を利用して着地し、風のブレスを吐く。気をつけてさえいれば、無理なく倒せる相手だ。
更に言えば、防御力が見た目ほど高くなさそうだった。
特に魔法に対する耐性は弱い。五階層の魔物と比較すると難易度は高そうだが、それでも脱
「……さっきの、見た?」
五体目を倒した時、桜が呟いた。
「見た。ロックホッパーの着地した足場が、微妙に崩れてたな」
「うん。私、最初はもっと手前に着地すると思ったの。でも、風がちょっとだけ強くなって、飛距離が伸びた」
その結果、バランスを崩したロックホッパーが一方的にしばかれる状況が生まれた。
「【豪運】、やっぱり効いてるね」
「効いてるなぁ」
ドロップ率以外にも効果があるとは思わなかった。
ただ、よくよく考えれば、説明文にドロップ率のことが書かれていたわけではない。『持ち主のあらゆる確率事象に偏りを生じさせ、幸福を呼び込む』というわけで、あらゆる行動に補正が入るのかもしれない。
ということは、よくゲームであるクリティカル率とか状態異常耐性とか、もっと言えばカードゲームや、それこそ宝くじとかにも補正がかかるということか……。結構エグいな。
とはいえ、毎回必ずドロップするわけでもなく、ドロップするのは確率の浅い牙や毛皮だけだった。
「あー、七体目もだめかぁ」
汗が桜の額を伝う。息を切らしながらも、顔はどこか楽しそうだ。
「ひろくん」
「ん?」
「ちょっと怖いけど……でも、楽しいね」
そう言う表情は、喜びと不安が入り混じっているような、複雑なものだった。
「怖くて、楽しい?」
「さっきから、足場が崩れるタイミングとか、風の向きとか、他の探索者がこっちに来ないとか。全部、私たちにとっていい方向に話が進んでるよね」
「そうだな」
「こういうのって、なんか——怖い」
少し息を整えてから、桜が続ける。真剣な目だ。
「私、運が良いのは嬉しい。でも、あんまりにも都合良すぎると、『その反動がいつか来るんじゃないか』って思っちゃう」
「それは……」
「だって、人間ってそんなに都合よくいかないでしょ。まだまだ幼いけど、それでもこれまでの人生で、何かを頑張ったからって、必ず報われるわけじゃないのは分かってる。病気だって、どれだけ祈っても治らなかったし」
その言葉には重みがある。母親の病気と向き合ってきた時間、呪物のせいで家族が危険に晒された時間。その全てを背負っている声だ。
「だからさ。今、こうやってひろくんと一緒にいて、こんなに上手くいってるのが……ちょっと怖い」
俺はしばらく黙って、風の音を聞く。
峡谷を吹き抜ける風は、さっきと変わらず冷たく、容赦がない。でも、その中で桜の言葉だけが、妙にぬくもりを持って耳に残る。
「桜」
「……なに」
「【豪運】スキルは、桜の努力を否定するものじゃない」
「うん」
「今までだって、桜は頑張ってきた。お母さんのために必死で調べたり、俺に相談してくれたり、諦めずに、全力で当たってきた」
「うん」
「それでも報われなかったこともあるかもしれないけど、報われたこともある。その両方をちゃんと経験してる」
桜が静かに頷く。
「【豪運】は、その上に乗っかる『ちょっとの追い風』だと思う」
「追い風?」
「これから歩いていこうとしている時に、少しだけ背中を押してくれる風が吹くイメージかな。追い風は、進む方向を勝手に決めたりはしないだろ」
俺は桜の頭に手を当てる。
「本当に怖いのは、何もかもが上手くいって、自分が偉くなった気になることだと思う。努力も関係なく、最初から全部持ってる人間だと勘違いすること」
俺自身にも同じ事が言える。勘違いして、増長して。そんな未来は決して明るくないことを俺は知っている。
「でも桜は違う。ちゃんと『怖い』って思えてる。だから、大丈夫」
「ほんとに?」
「ああ、本当だ。怖さを自覚してる限り、ブレーキを踏むことができる」
それに——と続ける。
「俺がヤバいときは止めてくれるんだろ? だったら、桜が不味いことをしそうなときは、俺が全力で止めるよ」
「……うん」
「お互いに支え合えるんだから、【豪運】は桜の味方だ」
桜が静かに深呼吸をする。風に揺れる髪が陽の光を受けてきらりと光る。
「ひろくん」
「なんだ」
「ありがと」
「どういたしまして」
短いやり取り。でも、その一瞬で、桜の表情からわずかに固さが抜けた。
「よし。じゃあ、もうちょっとだけ頑張るか?」
「うん! そろそろ来る感じがするんだよね!」
「俺も、そろそろお出ましな気がしてたんだ」
別に【直感】スキルがあるわけじゃない。ただ空気の変化を感じた。ピリつくような魔力の高まりだ。
「——来るぞ、桜」
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