第62話 ぴょんぴょんゾーン
思った以上にスムーズに【豪運】スキルを獲得できたので、今日このまま六階層でレアドロップを狙うことにした。六階層へ戻る階段の隅で軽く休憩を挟み、水分補給をする。
「七階層、思ったより疲れたね」
「足場悪いし、ずっと警戒しっぱなしだからな」
「でも、ちょっとだけ嬉しい」
「ん? なんで?」
「前は五階層にいるだけでヘトヘトだったのに、今は七階層まで来てもまだ元気」
桜が腕をぐるぐる回す。それだけの動きなのに、柔らかさが出てきているのが分かる。可動域を含め、身体能力が向上しているんだろう。
「成長だな」
「えへへ、ひろくんのおかげだね」
「桜自身が頑張った結果だよ」
そんなやり取りをしてから、俺たちは再び六階層の風の峡谷に戻ってきた。
「ここがぴょんぴょんゾーン」
「そ。ぴょんぴょんが歓迎してくれるといいけどね」
足元の風を感じながら、俺達は峡谷の中程まで戻ってきた。大きめの広場のようなエリア。その先に——いた。
二メートルはあろうかという体躯。その身体のほとんどが、筋肉の塊でできたような後ろ脚で構成されている。
全身を覆う灰色の毛と、岩のように硬そうな皮膚。その上に野兎のような上半身が小さくついていた。
要は、可愛い兎ちゃんの脚だけが超ゴツくなってしまったバージョンだ。そのアンバランス感がそこはかとなく気持ち悪い。
それが、崖から崖へと軽々跳び移っていた。
「……可愛くない」
「だろ?」
桜が素直に感想を述べる。俺も同意だ。こいつが、六階層でぴょんぴょんという愛称で呼ばれる魔物——【
ロックホッパーは、二メートルの巨体とは思えないほど軽やかに跳躍し、狭い足場をぴょんぴょん移動している。風を受けるたびに、その巨大な体が軽く浮かぶ。脚力と風のアシストを受けているのだろう。
「こいつが落とすアーティファクトが【
「すとらいだーしゅーず!」
「効果はスゴいよ。履いてる間、移動速度が常時二割増し。疲労軽減と、段差でつまずきにくくなる補正付き」
「なにそれ便利」
「日常生活でも、ダンジョンでも、どっちでも役立ちそうだね。だからこそ、相場が高いらしい」
「いくらくらい?」
「ADAの買い取りでも、状態によっては五百万前後いくらしい」
実際、過去に数度このアーティファクトが世に出たらしいが、どちらの場合も五百万を超えて売買されていた。
「五百万!」
桜の声が峡谷に響き渡る。風に乗って、遠くの探索者がチラッとこっちを見るレベルの声量だ。
「しー。あんまり大声出すな」
「ご、ごめん。でも五百万って……」
「車資金、貯まりそうだろ?」
「貯まる……!」
桜の瞳が、目に見えて輝いた。分かりやすい。
「ただし、ドロップ率は——」
「また低いんでしょ」
「1365分の1だ」
「うわぁ……」
さっきの一万分の一に比べれば可愛い数値だが、普通の探索者からしたら十分に大変な数字だ。
「でも、今の桜には【豪運】がある」
桜が自分の胸元に手を当てる。スキルを取得した感覚がそこに残っているのか、少しだけ表情が引き締まる。
「本当に効くかな」
「信じるモノは救われるって言うからな。ファイト!」
「……なんだかすっごく適当さを感じる」
「気のせいだ! さあ、見せてもらおうか、豪運とやらの実力を!」
「うう……ひろくんのテンションがおかしい……」
だが、一つ大きく深呼吸した桜が、真剣な顔つきになる。
「もうやるしかないよね。じゃあ、一体目、行きますか」
ロックホッパーは、近くで見るとさらに迫力が増す。地面を蹴るたびに、足元の岩が小さくひび割れ、風が巻き起こる。その跳躍をまともに受けたら、ダメージはでかそうだ。
「桜、どうする? アドバイスいる?」
「ううん、まずは自分でやってみる!」
そんなやりとりの間に、ロックホッパーがこちらに気づいた。鼻息で風が揺れ、低い唸り声が響く。可愛い顔して結構性格は獰猛そうだ。
「分かった。気をつけてな」
「うん!」
桜が両手を前に出す横で、一応いつでも動けるように重心は落としておく。
ロックホッパーが崖の反対側から助走をつけ、こちら側へと飛び移ってくる。二メートルの巨体が、風を切って宙を舞う光景は、なかなかに迫力がある。
「——ギッ!」
ロックホッパーが着地する瞬間、足元の岩が砕ける——はずだった。
しかし、ロックホッパーが着地したその場所だけ薄い水——いや氷の膜が張られていた。乾いた岩肌の上にうっすらと霜が生まれ、それが凍って固定されている。
ロックホッパーがバランスを崩し、前のめりになる。だが、それは一瞬だった。すぐに体勢を整えようとするが。
「いけっ」
桜が足元の魔法を強める。薄い氷の膜が、今度は粘着質のジェルのような性質を帯び、ロックホッパーの着地した場所を一瞬だけ絡め取る。
どしん、という衝撃が走る。ロックホッパーの後ろ脚が地面に吸い付き、完全に転んだ。その隙に、桜が水の刃を飛ばす。
「<アクアブレード>!」
水の刃が、ロックホッパーの足首部分を切り裂く。
「ギィイイイイッ!?」
ロックホッパーのバランスが崩れた瞬間を逃さず、桜は背中の杖を展開させ跳躍。狙うは頭部。魔力が込められた杖が、ロックホッパーの頭部を捉える——寸前。その瞬間、突風が逆方向から吹きつけた。
「っ!?」
杖の軌道が僅かにずれ、狙いが逸れる。頭部を狙った一撃は肩口に当たり、ロックホッパーを地面に叩きつけることに成功したが、トドメには至っていない。
「きゃっ」
再び突風。桜の小さな身体がぶわっと吹き飛ばされ——しっかりと抱きかかえた。
「あ、ありがと、ひろくん」
「今の風、なんか変だったな」
「変?」
「うん。さっきまでの風とは、向きも強さも違った。たぶん、アイツのスキルだ」
「風魔法系?」
ロックホッパーが低く唸り、今度は口を開く。喉の奥から魔力が集まり始める気配。
「風のブレスか何かか?」
「だったら——」
俺の胸の中で、桜が両手を広げる。足元から水が一斉に盛り上がり、半透明の壁を作り出す。
「<アクアウォール>!」
「おおっ。高度な魔力操作!」
「ひろくんの真似だけど、ね」
おそらく大河原の時の光魔法<プロテクト>のことだろう。光の壁で桜たちを守ったが、今回は水で壁を作っている。
ロックホッパーの口から、圧縮された風が放たれる。轟音と共に吹き付ける風が、水の壁に当たり、細かな水飛沫となって散る。壁は一部削られたものの、完全には破られない。
「守れた……」
「十分だ」
風のブレスが止む。ロックホッパーが一瞬だけ息を整える。そのわずかな間に、桜が飛び降り距離を詰める。
「——今度こそ」
水の塊を銃撃のように射出させロックホッパーの体勢を崩していく。姿勢を戻す隙を与えず、桜はロックホッパーの口元に杖を殴り入れた。
「<アクアバレット>!」
そのまま水弾をロックホッパーにぶちかます。ロックホッパーの体が何度かビクンと跳ね、次の瞬間、どさりと崩れ落ちた。
風が一瞬、止んだように感じる。
「すごいな! やったじゃん!」
俺の歓声が合図になったのか、ロックホッパーの体が徐々に光の粒になっていく。その中心部分に、つま先ほどの小さな光がぽつんと残った。
桜一人の力での完勝。俺が思っている以上に、力の扱い方が上手かった。
自分の手をまじまじと見つめていた桜が、俺に反応して顔を向けてくる。手応えを感じた、満面の笑みだった。
「えへへ。やりました!」
「うわっ」
感極まったのか、抱きついてきた桜を慌てて受け止める。
「こういうときは、頭をなでなでして褒めてくれるのが、紳士ってやつだよ?」
「そ、そうなのか?」
それは一部のイケメンや陽キャにしか許されない禁断の行為なのではないでしょうか。だが、上目遣いで見上げてくる桜の視線に、俺は拒否するという選択肢が取れるだろうか。いや、取れない。
「よ、よくやったな?」
さらさらの髪の毛を優しく撫でる。「えへへ」と満足気に目を細める桜。なにこれかわいいんですけど。
「あっ! ドロップ!」
ちょっとの間撫でられて満足したのか、胸元から抜け出した桜は、ロックホッパーが落としたブツを拾い上げた。
「ただの牙だな」
「残念」
尖った牙のアーティファクト。これはこれで少しは価値があるが、本命ではない。
「【豪運】、効かないのかな?」
「いやいや、効いてるよ!」
「え?」
「この牙のドロップ率、64分の1だよ。それが一発で出るって、結構ヤバいと思うぞ」
そもそも魔物を倒して何かをドロップするってことは、このあたりの階層では稀なことだ。それが一回目の戦闘で出るとは、ちょっと【豪運】スキルを舐めていたかもしれない。
「こりゃ、現実味出てきたなぁ」
「よしっ、じゃあ次に行こう!」
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