第59話 大正解
「というわけで、桜が手っ取り早く稼げそうなパターンは、ざっくり四つくらいあると思う」
ギルド【空飛ぶ大福】のプライベートゾーンにある会議室に、スイーツの甘い香りが満ちていた。なんとも幸福な空気だ。
テーブルの上には、苺ショートとモンブランとチーズケーキ。桜が無事卒業試験を突破できたので、合格祝いという名目で買い込んできた成果だ。
なぜか人数より多い。どっちが二個食べるというのだろう。
各々が好きな飲み物を持参してきている。俺は果実水で、桜は紅茶だった。
午前中に卒業試験を終え、ほくほく顔で帰ってきて早々、会議室に桜を誘った。前に言っていた『車購入資金』を稼ぐための方法をプレゼンするためだ。
「四つもあるの?」
「細かく分ければもっとあるけど、大枠はそんな感じかな」
ノートパソコンの画面をスクリーンに映す。プレゼンテーションソフトを使って、稼ぎ方の種類とリスク・リターンをざっくり書き出してある。
桜が卒業試験を受けている間に作成したやつだ。短い時間の中で作ったにしてはよくできている。自画自賛。
「一つ目。五層、六層あたりを周回して、安定して小銭を稼ぐコース」
「うん。これはなんとなく分かる。安全だけど、いっぱい時間かかるやつだよね?」
「そう。時給で考えると、悪くはないけど車を買うレベルの貯金を作るには、かなりの期間が必要だなぁ」
初心者探索者がまず挑戦するルートだ。5階層からアイテム——アーティファクトのドロップが期待できるようになるが、このあたりの階層の魔物は比較的倒しやすい。ローリスクローリターンの方法だ。
桜が頷きながらショートケーキにフォークを入れる。クリームがしゅっと潰れて、苺がむき出しになる。その光景を横目に見ながら、俺は二つ目の項目を指差した。
「二つ目。10階層前後での素材狩りとアーティファクト狙い。
特定のモンスターから落ちる素材や装備を狙って周回する。八層には鉱物資源、九層には塩があるから、魔物以外にも旨味がある」
「鉱物資源に塩?」
「うん。火炎岩ってよばれる鉱物があるらしいよ。
初心者から中級者向けの属性武器を作る素材になるみたいだな。塩は、百グラムで五千円くらいになる高級塩がゲットできるそうだ」
「塩で五千円!? 恐ろしい世界もあるんだね」
それを余裕で買えてしまう俺たちも恐ろしいけどね。まぁ、買う気はないけど。
「10階層クリアが、脱初心者レベルだっけ?」
「そうそう。六層は風の峡谷、七層は光るキノコの森林、八層は柱状節理の段丘で、九層が塩の平原、十層が沈んだ聖堂だったけど、どこもリスクはありそうだったな」
「名前だけ聞くと、全部観光地みたいなのにね」
「いや、景観はわりと観光地だよ。中身は魔物でいっぱいだけど」
桜がくすっと笑う。
「下の階層に行けば行くほど危険は大きくなるけど、その分ドロップするものの価値も上がる。
特に、特定のモンスターが落とすアーティファクトは、いい値段が付く」
「アーティファクト……この前のお母さんのポーションもそうだよね?」
「うん。あれは結構レアだから参考にならないけどな。基本的には、もっと地味で、でも便利な装備とか道具が多いらしい」
例えば、防寒効果のあるマフラーとか、魔力効率を少し上げる指輪とか、足場の悪い場所でも滑りにくくなる靴とか。
そういった日常とダンジョン両方で使えるものほど、相場は高くなるようだ。
「三つ目は、スキルオーブの売却。これはなかなか上級者向けだな」
「上級……」
「スキルオーブは基本的にドロップが渋い。出たとしてもスキルオーダー次第では価値がなかったりするし、あんまりオススメできないな」
まぁモノが良ければとんでもない価値が出るんだけどね。この前の【光魔法】みたいに。
桜が小さく眉を寄せる。
「確かに低層でのスキルオーブドロップは話に聞かないもんね。難しそうだなぁ」
「俺もそう思う。最後、四つ目。護衛や同行依頼を受けるパターン」
「他の探索者さんのお手伝いだね」
「そう。回復役として同行するとか、初心者の安全確保をするとか。ADAやギルド、企業経由で出る依頼も多いみたいだな」
桜は少し首をかしげた。
「それは……ちょっと怖いかも。他の人の命も背負うってことでしょ? まだ私には早いと思う」
「責任重大だからなぁ。俺もだけど、もう少し慣れてからの方がいいかもしれない」
「でも、いつかやってみたい。私、治す力があるんだから」
照れくさそうに笑う桜に、ほっこりする。なんて良い子や。
「というわけで、俺くんプレゼンツ、効率的な稼ぎ方は一つ目と二つ目の合わせ技。できるだけ浅い階層での素材とアーティファクト狙いだと思う」
「そんな都合の良い方法があるの……?」
「多分だけどね。これ見てみて」
画面を切り替え、魔物の写真を表示させる。
体長三十センチくらいの綺麗な羽根を持った甲虫だ。
写真で見るからまだマシだけど、実物を見たら気持ち悪そうだ。だが、仕方がない。こいつが必要なんだから。
「——7階層に出現する、タマムシという魔物だ」
「タマムシ」
桜が復唱する声に、少し……というかかなり微妙な感情の色が混じる。虫好きな女の子はそうそういないだろう。桜も一般的女子と同様に虫は好きではないようだ。
「なんか嫌な響きだよね」
「実際、嫌われ者らしいよ。探索者界隈では」
俺は笑いながら、集めてきた情報を口にする。
「7階層の光るキノコの森に出る虫型の魔物なんだけど、こいつがとにかく、攻撃が当たらないらしい」
「攻撃が当たらない?」
「剣を振れば、石につまずいて体勢を崩す。
魔法を撃てば、その瞬間に別のモンスターが飛び込んできて邪魔をする。
ようやく当たると思ったら、足場が崩れて自分が転ぶ」
「なにそれ、嫌すぎ」
「倒したと思ったら、背後からゾロゾロ増援が来て、撤退せざるを得なくなったり。タマムシに挑むと、なぜか自分だけ運が悪くなるっていう話は、探索者の掲示板でも有名らしい」
桜がチーズケーキのフォークを止める。いつの間にか二つ目のケーキに突入していた。そんなに細いのに、よく食べられるね。おじさんびっくりだよ。
「そんなの、どうやって倒すの?」
「普通は、面倒だから避ける」
「避けるんだ……」
「ダンジョンの魔物は、全部倒さなきゃいけないわけじゃないからな。危険で割に合わない相手はスルーするのがセオリーらしい」
それなのに、俺はわざわざそんなモンスターの名前を挙げているわけで。
桜がじっとこっちを見る。
「もしかして、ひろくん」
「はい」
「そのタマムシ、倒しに行こうとしてる?」
「ご名答。大正解。素晴らしい!」
「なんで!」
机が軽く揺れるくらい、桜が身を乗り出してくる。ケーキの皿がカタリと鳴った。
「いや、だってさ」
俺は苦笑しながら、桜に向き直る。
「——タマムシがドロップするものの中に、【豪運】ってスキルオーブがある」
「ごう、うん……?」
俺の【解析】は、この世に存在しうるものなら、実物に触れなくても、解析の対象にすることができる。
マンガに出てくるモノですら、実際に存在していれば解析可能だ。
今回は写真で実物を把握できている。余裕で解析対象となるわけだ。
「運のステータスがあるかどうかは分からないけど、それに直接干渉する系のスキルだと思う。説明文には『持ち主のあらゆる確率事象に偏りを生じさせ、幸福を呼び込む』って書いてある」
「幸福を呼び込む、偏り……」
「実際、運が良くなるアーティファクトは数例出てるみたいなんだ。ただ、タマムシからのドロップ率は、素の状態で5千万分の一」
「ごせんまんぶんのいち!?」
桜がぴたりと動きを止める。ケーキのフォークが宙に浮いたまま固まった。
「それ、普通に無理じゃない?」
「普通は無理だな。そもそもタマムシ自体倒すのが難しいとされてるから、ほぼ不可能レベルだと思う」
「じゃあ、なんで——そうか、ひろくんの力ね」
「うん。俺には【解析】も【確定ドロップ】もあるからな」
俺の力を通して見ることができる、世界の裏側の情報。
ドロップリストや魔物のステータス、スキルの詳細。
本来、誰も覗き見ることが出来ないはずのシステムを覗き見、書き換えられる立場というのは、便利であると同時にちょっと怖くもある。
使い方を間違えれば、人一人どころか世界を簡単に壊してしまえるかもしれない。でも、それは同時に、誰かの人生を救える力でもある。
「ということで、まずは俺が【豪運】スキルをゲットする。桜はそれを使って豪運になってもらう」
「えっ、でもそれだと——」
「で。ここからが桜の出番」
桜自身の力で稼ぐことにはならないのでは。そんな言葉を出そうとしているんだろうけど、まだ続きがある。
「私の?」
「ああ。豪運になったら、6階層に戻って地獄のぴょんぴょん狩りだ」
「地獄のぴょんぴょん狩り? 可愛いのか怖いのかどっちなの」
「ぴょんぴょん跳ねる魔物がいるんだけど、そいつが良い物を落とすらしい。それを桜が自分の力で手に入れるんだ」
「自分の力で……」
豪運というスキルが『自分の力』に入るのかどうか。
他者からもらったものであっても、それはもう『自分の力』で良いと思う。
生まれ育った環境、才能。自分では選べないものの中で俺たちは生きているんだ。今、ここにあるもの全てひっくるめて自分なんだから、貰ったモノでも自分で得たモノでも、堂々と使えば良いと思うんだよな。
「人から貰ったとしても、桜だから貰えたんだろ。なら、それはもう桜自身の力だ。文句は受け付けません」
そう宣言すると、桜がしばらく黙り込み、やがて小さく笑った。
「……ずるい」
「何が」
「そういう言い方されたら、何も言えなくなる」
くすくすと笑いながら、視線を逸らす。
「ありがとう、ひろくん」
「礼は、【豪運】で稼げたらケーキ奢ってくれ」
「安い!」
「俺は甘いものに弱いんだよ」
そんな具合に話はまとまり、タマムシ狩りが今日の目標として確定した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます