第57話 アイドル【ADA】
——ADAJ岡山支所第二特殊取調室。
3月27日夕方。
太陽は既に半分姿を消し、朱と藍が混ざり合った空が広がっていた。
岡山支所地下二階の奥に位置する取調室に灯りが灯った。
テーブルが一つ、椅子が三脚、部屋の中央に置かれてある。入口から正面と左二面は白い壁だが、右側の壁は全面鏡張りだ。
【王獣の牙】ナンバースリーの氷上蓮士は、拘束椅子に固定されていた。顔色は悪いが、目はしっかり動き、呼吸は落ち着いている。特殊な拘束具がゴツゴツと身体に巻き付いていた。
伊達は席に座り、資料を一枚だけ机に置く。冴葉は壁際に静かに立ち、タブレットで記録を開始する。マジックミラーとモニター越しに医療班と技術班が監視している。
「名前と所属の確認から。氷上 蓮士。ギルド【王獣の牙】所属、で間違いないな」
「うん。レンジでいいよ。——で、俺の罪状は? 殺人?」
「異能使用に殺人未遂だ。こちらの二名も、君の部下も全員生きてる」
「そっか。よかった。じゃ、そこまで重くならないね」
軽口を口にするレンジ。けれど目は笑っていない。伊達は頷きだけ返す。
「他に、19階層の私設区画化。ダンジョンの占有は禁止事項だ。加えて
「占有って言い方、堅いよね。『先に使ってただけ』ってのはダメ?」
「ダメだ」
「だよねぇ……」
がっかりしているような声を出すが、表情は変わっていない。
「
「うーん、企業秘密」
「そうか」
もともと答えを期待していなかったのか、伊達も表情を変えることなく淡々と答えた。
「……教えたら、俺、ちょっとは待遇よくなる?」
「いや、ならないな。だが、どちらにしても、拘束しているお前の部下達への救急対応も変わらない。しっかりやってやる」
「正直者だね。嫌いじゃない。——探索者崩れの研究者だよ。どこにでもいるでしょ? 普通の社会では生きていけないヤツってさ」
「ギルドで囲っているのか?」
「そ。高額な報酬と良待遇でね。俺より稼いでるよ、あれは」
伊達は紙の端を指で整え、質問を切り替える。
「
「両方。軍からギルド、街のパンピーまでお得意様は多いよ。あとは……役所の出先で『性能試験』やりたいって話も来てる。君らのどこかは知らないけどね」
冴葉の眼差しがわずかに尖った。レンジは肩をすくめる。
「俺は現場。科学者もお客さんも、全ては代表の……まぁ、あの人は顔が広い」
「……
「ご名答。金と縁は、あの人」
「……サンダー・ベルはお前らが?」
「まさか。俺らもびっくりさ。部下が何人もやられた」
「そうか……。最後だ。お前が今一番守りたいものは?」
「は?」
「交渉材料の確認だ。畑か、上か、部下か、君自身か」
レンジは笑うのをやめた。数秒だけ考え、短く答える。
「部下」
「分かった。部下のことは心配するな。以上だ」
それで取調べは一旦終了となった。冴葉が記録を止め、マジックミラーの奥へ目配せする。レンジを拘留所へ移動させる指示が返る。
廊下へ出る。伊達は深く息を吐き、呟いた。
「——アレは【
「情報公開が必要ですね」
「調整を頼む。次は会議だ」
「はい」
◇
—— ADA岡山支所五階第一会議室。
壁一面のモニターには、19階層の地形図が映っていた。
天井湖の等深線、資源探査部の使用ルート、王獣の牙の赤い出没ログ、そしてサンダー・ベルの来襲推定軌跡が重ね表示されている。
「——以上が救助結果と、遭遇時の記録です」
伊達がまとめる。口調はいつも通り静かだが、目は疲れている。
急遽開かれた会議に同席しているは、資源探査部保全課長の御手洗、治安維持部対異能犯罪課長の逆瀬川、技術参事の樋口、記録担当の冴葉だ。
壁の大型スクリーンにはADA日本支部管理官の大槻と、東京支所の幹部席が並ぶリモート画面が映し出されていた。東京側はスーツの人数がやたら多い。
「技術から補足を」
促され、樋口がリモコンを操作。浩之が装着していたイルミネーターの録画動画が再生される。
「サンダー・ベルの出現時には、必ず鐘の音が鳴り響きます。
同時に周辺の空気圧が一瞬だけ落ちる現象を確認。その後、数秒遅れで天井湖面が凹み、触手が降下。反応トリガーは不明です。
視覚反応は認められず、聴覚による察知が可能性としては高いです。
次点で魔力察知ですが、高魔力保持者が遭遇した際のリアクションを見る限りは、薄いですね」
「簡単に言うと、音を出したら落ちてくるわけだね」
御手洗が眉をしかめる。樋口はうなずいた。
「……伊達。こいつは【
モニター越しに厳しい顔を見せていた大槻が口を開いた。『【
「私は、そう思います」
「……となると、七事例目だな」
——【
そもそもダンジョンにはいくつかのルールがある。人類側がそう認識しているだけで、実際にそれが真実かどうかは不明だが、現状そのルールに反した事実は限りなくゼロに近い。ダンジョンの一般常識と言って良い、ルールだ。
その一つに、階層毎に出現する魔物は決まっている、というものがあった。
例えば岡山ダンジョン第一階層であれば、スライム、キノボ、スリンキーの三種しか
その階層にあった魔物が出現し、魔物の能力も階層に沿ったものになっている。階層を深めれば深めるほど、強力な魔物種が出てくるというわけだ。
しかし、このルールが破られたことが過去数例だけあった。
比較的上層に、その階層の難易度に合わない魔物が出現したのだ。おそらく何らかの『
ひとたび出現すれば、人類側に多大な被害を与えるこの魔物。
誰が言い出したかは不明だが、真の階層の王が帰還した、ということで【
「情報公開が必要か」
「はい。既に手配中です。現在ダンジョンは封鎖状態にありますが、それが解除される明朝、各メディアを通して発表予定です」
【
条件を満たせば、何度でも出現するというところにある。
そのため、危機管理も含めて出現情報と出現条件も分かる限り公開することになっていた。
「『
「現状、全くの不明ですが……これまでの19階層の状況と比較してみると、
「……【王獣の牙】か。余計なことを」
伊達の視線を受け樋口が説明する。その答えに、大槻が吐き捨てた。
「……【
「編成案を出します」
伊達がボードに手短に書く。
「先遣観測3、制圧2、搬出2。計7名。制圧の主力は——岡山側の協力者ひとりで足ります」
伊達は『岡山側の協力者』と、名指しは避けた。画面の向こうで、東京の誰かがそわそわ動いたのが見える。
『ネームド相手に一人だと。——その『協力者』の氏名の開示を』
東京支所広報戦略室長の如月が口を挟む。角ばったメガネが光っている。
「現場保全の都合上、匿名です」
伊達は微塵も揺れない。如月は肩をすくめ、笑顔だけ整えた。
『そうですか。ではこちらから。情報公開がなされる以上、今回の討伐は全国注視の案件です。透明性と確実性が必要だ。匿名の者になど任せられません。そこで、東京支所から制圧班を派遣しましょう』
室内が一瞬静まる。御手洗が視線だけで伊達をうかがう。伊達は変わらず無表情だ。
『
名前に聞き覚えがない者はいない。
探索者兼アイドルで売り出している青年を中心とするギルドだ。
「制圧も広報も、うちのオペで足ります」
伊達はあっさり突っぱねた。
如月は用意していた紙を画面越しに掲げる。
『国会答弁が絡みます。内々に確認しましたが、内閣府からも『国民への説明責任』で要請が出るでしょう。現場の危険は理解するが、今回は引けない。大槻監理官、ご判断を』
全視線が中央の画面に集まる。大槻は、短く息を吸い、言葉を選ぶように口を開いた。
『伊達、その協力者というのは、今回の救難依頼を達成した者か?』
「はい」
『分かった。——十宮和輝の同行を認める。ただし条件を付ける。
一、生配信は禁止。撮影素材は帰還後、審査が済むまで封印。
二、指揮系統は岡山支所。
三、現場での優先順位は岡山側が上位。
両名とも、これでどうだ』
『……異存ありません』
条件を脳裏で推敲した如月は頷いた。伊達も、ほんの数秒だけ黙り、首を縦に振る。
「了解しました。同行は認めます。ただし、現場で危険と判断したら、強制退避させます」
『当然だ。これ以上の犠牲はいらん』
モニターの中の如月は勝ち誇った顔を抑えきれていない。
その隣で、自信を漲らせる若い男性が会釈した。茶髪にライトが反射する。きれいな顔立ちで、テレビで見る通りの笑みだ。
『十宮和輝です。呼び方は『カズキ』でも『トミー』でもお好きなように』
滑らかな声だった。礼は丁寧だが、言葉の端に余裕と傲慢さがある。
治安維持部の逆瀬川が、小声で「現場、荒れるな」と漏らしたのを冴葉は聞いた。
「機材リストを前日までに提出してください。持参したいものがあれば、そのリストもお願いします」
なぜ一ギルドの探索者が、堂々とADA内部の重要会議にしゃしゃり出られているのか。その疑念を黙殺し、冴葉が淡々と告げる。
十宮は笑顔のまま親指を立てた。
『了解。プロだから、その辺は抜かりないよ。……それと一つ。そっちの主力の方——匿名の方ね。お会いできるのを楽しみにしてるよ』
言い方は柔らかいのに、挑発めいた光が混じる。己の方が上だと、絶対的な自信が見て取れた。
だが、伊達は静かに受け流す。
「岡山ダンジョンへのアタックは?」
「ないよ。でも、大丈夫。新宿では32階層まで潜ってる」
「新宿ですか。ちなみに20階層までの到達所要時間は?」
「そうだね。マップが分かっているのを前提に、急げば二日、かな」
どやっと自信満々な表情を見せる橘だったが、岡山支所の面々は寒いリアクションしかできなかった。
なぜなら、浩之は数時間もかからず19階層まで到達してみせたのだ。
しかも、岡山ダンジョンの方が難易度が高い。それを目の当たりにしているメンバーからすれば、仕方のない反応だった。
だが、実際に二日で20階層まで潜れるのは、一般的に見て、なかなか実力がある証拠でもある。
「分かりました。では、決行は3月31日としましょう。三十日からダンジョンに潜り、一泊で現地着を目指します」
「一泊で? 無理してない?」
「大丈夫です。あなたがついてこられるなら、ですが」
「……へぇ」
十宮が剣呑な笑みを浮かべる。だが、伊達はそれに構わず、ペンを置いた。「質問」と視線で促そうとした時。手が上がる前に、如月がまた滑り込んだ。
『一点だけ。国民は『英雄』を見たいのです。岡山側の協力者の映像、後処理で顔を伏せる前提で——』
「——不要です」
伊達の返しは速く、硬い。
「原則、協力者の撮影は禁止。映ったとしても、姿に限らず声も加工する。それが条件です」
如月は目を細めたが、大槻の身体がすっと揺れるのを見て、あっさり引いた。
『承知しました』
会議は解散の空気へ向かう。
回線が落ち、東京の顔が消えた瞬間、室内の温度が一度下がったみたいに感じた。最後に十宮が冴葉を口説こうとしたからだ。
「……すみません」
冴葉がぼそりと漏らす。
「お前は悪くない。気にするな」
伊達は短く言い切った。
「やりづらくはなったが、やることは変わらん。各々がベストを尽くせ」
冴葉が立ち上がり、配布資料を束ねる。ふと、躊躇いが混じった声で付け足した。
「岡山側の協力者——柴田さんには、こちらから正式に要請を出します。……ですが、来てもらえるでしょうか」
「来る」
伊達は断言した。
自分の『直感』が、何度も命を拾ってきたことを思い出す。今回も、同じだ。
「来て、やるべきことをやって、帰る。アレはそういう男だ」
冴葉は小さくうなずき、背筋を伸ばした。
「準備に入ります」
それぞれの『準備』が、静かに動き出した。
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