第55話 遭遇戦

 前哨基地の中には資材を運ぶ用の四輪台車が数台置かれていた。途中で拾ってきたソレよりは丈夫そうで、大人が五人程度なら余裕をもって乗れそうだ。


 台車の中に詰め込まれていた王獣の牙メンバー三人を移す。意識はまだ戻っていないようだが、まぁ別にいいか。俺を殺そうとしてきたんだから、そこまで気を配る必要はないだろう。


「八木さん、松本さん。今から出口まで一気に行こうと思います」


 四輪台車を牽きながら戻ると、松本の応急処置は終わっていた。松本の顔色は悪いままだが、表情は多少和らいだように感じる。


「あ、ああ。分かった。お手柔らかに」

「……すみません、よろしくお願いします」


 二人にも台車に乗ってもらい、十八層への階段を上がる。台車で階段を越えるのは面倒くさかったので、台車を抱えてジャンプで上がる。乗ってる人達は振動が大変だったかもしれないが、仕方ない。


 階段を上りきり、ハンドルを押し出す。前輪がコトンと敷石の段差を越え、回廊の風が頬を抜けた。


 十八層は、断層の上に自然の橋がいくつも渡されている殺風景な階層だった。左右は段々畑みたいな礫斜面。ところどころに黒光りする玄武岩の角柱が立っていて、そこにぶつかった風が渦をつくる。遠くでひゅうと鳴る。砂埃が舞い上がり、視界の端が薄く白んだ。


「……助かった。本当に」


 台車の中で八木がぽつりと言った。


「まだ帰り道があります。油断しないでいきましょう」


 八木の言葉はフラグだったのか。いくつかの気配が近づいてくるのが分かった。三つ、すぐに五つ、八つと増えた。


「探索者?」

『いえ、現在一般探索者の19階層への立ち入りは禁止しています——王獣の牙ギルドの可能性がありますので気をつけてください』

「面倒くさいタイミングですね……」


 カン、と乾いた音が足元で弾けた。台車の前輪に石でできた蛇のようなものが絡みついて、ガガッと引かれた。


 砂利と岩の破片が鎖の形に固まったものが、台車の車軸に巻き付き、引き倒そうとする。ハンドルを押し込みつつ、脚で鎖を蹴る。蹴った瞬間に粉に戻る。ただの砂利だ。


 次の瞬間、進行方向に石の壁が生えた。スライスしたコンクリートみたいな薄い壁だ。高さは胸くらい、厚みは手の幅ほど。それが俺たちを崖下に押し出すように迫ってくる。


「しっかり掴まっててください!」

「了解っ!」


 俺は台車のハンドルを掴んだまま一歩だけ助走をつけ、跳躍。台車ごと壁を跳び越えた。


 その瞬間、先端が尖った岩の棒が突き出された。最早、槍と言った方が正しい。切っ先は鋭く、空気が唸る。

 俺は軽く身体を捻り、二本指で受け止めた。指先に鉛みたいな粘る重さを感じるが、それだけだ。少し力を込めると岩の槍が粉々に砕け散った。


「止めるのかよ、それ」


 攻撃してきた男が、目をすがめた。


 狭い桟道の先、黒いフードポンチョの連中がライトを伏せ気味に近づいてきた。

 先頭の男は背が高い。スリムな体に、動きやすい合成繊維のジャケット。顔の半分を黒いマスクで覆っていて、左右を金と黒で分けるセンターパートでキめている。


 二十代後半か三十手前くらいだろうか。目は笑っていないのに口の端だけが上がっていて、妙に軽い印象があった。


 その男が、わざとらしく肩をすくめた。


「名乗りはいる?」

「……いらない。けど、言いたいなら聞いてあげてもいい」


 にやり、と笑い、石の棒を生み出し、床をトントンと二度叩く。こいつ、土系の魔法スキルを持っている。


「氷上 蓮士ひかみ れんじ。【王獣の牙】ギルドの幹部っつーか、ココ担当な。レンジって呼んでくれていいよ」

「いや、呼ばないから」


 そりゃ残念と頭をボリボリと掻く。レンジの後ろにいる男達が、一歩前に出ようとしレンジが手を挙げストップをかける。


「俺ら、回収に来ただけなの。“うちの子”と“うちの荷”、返してくれない?」


 うちの子ってのは、伸びている三人だと思うけど、荷ってのは意味分からない。


「荷物は何も持ってない。これから帰らないといけないから、道を空けてくれると助かるんだけど?」

「それがダメなんだわ。こっちにも都合がある。ってか、アレ取ってきてねぇの?」

「アレ?」

「うーん、知らないのも可哀想だな。——あの白い苔、見たろ?」


 俺の背後で、八木が小さく息を呑んだ。白い苔……。伊達さんが『過魔素苔ハイマナ・モス』と呼んでいたやつか。


過魔素苔ハイマナ・モス——俺らは『泡苔』って呼んでるやつだ。乾かして擦れば、世界が明るくなるし、煮て絞って飲めば、百人力。夢のお薬ってわけだ」

「……麻薬かドーピングだな」

「言い方よ。『サプリ』って呼んでくれ。探索者筋にも、軍にも、裏の商売人にも、求めるお得意様がいっぱいいる。ここはその畑なんだよな」


 王獣の牙が、ダンジョンの一画を私的に管理してるって言ってたけど、ダンジョンを麻薬の産地にするとか根性あるな、こいつら。

 その栽培地がたまたま資源探査部にバレてトラブルになったってことか。


「泡苔は金になるからさ。加工とラインさえ作れば、街は勝手に中毒になる。価値は上がっていく。売人は笑う。俺たちはもっと笑う」


 棒の先で台車を指す。


「でも、面倒なのは証言。キミらが帰ると、俺らが損をする。分かる?」

「まぁ、なんとなく」

「そっ。だから、これだけ丁寧に教えてあげたのは所謂、冥土の土産ってやつ」


 後ろの連中が笑う。笑い方にクセがあった。目が据わってるのが何人かいる。襲ってきた三人組と同じ感じだ。ヤってるな。


「ってことで、ごめんけど飛び降りて死んでくれる? じゃないと俺がやらなきゃいけないじゃん」

「逆にあんたらが家に帰るってのはどうかな?」

「はは。ま、そう言うよね」


 レンジが肩を落として笑った。棒の先がわずかに下がる。次の瞬間、床の砂利がざわっと動き、鎖の形にまとまって台車へ伸びた。


「掴まっててください!」


 俺は台車を抱え上げ、前に出る。伸びてきた岩と砂の鎖を蹴り飛ばす。その衝撃で、鎖はただの砂利に戻って、ばらばらと落ちた。


 レンジの棒がわずかに鳴る。重心が前——来る。


 抱えていた台車を後ろ手に置いた瞬間、槍みたいな直突きが迫ってきた。空気が吠える。俺は半歩だけ斜め前に踏み、二本指で穂先を弾き逸らす。指先に鉛みたいな重さ。でも止まる。切っ先は俺の脇を抜け、床に火花。


「これも止めるのかよ」

「余裕で」


 返事より早く、左右から三人。目が据わって、白い泡が口端に乾いている。泡苔とかいうドーピング使用者だ。ナイフ、鉄パイプ、チェーン。各々が武器を振り上げながら、まとめて来る。


 俺は近い方から処理する。


 ひとり目。手首を払って肘を折り、首元に軽く一撃入れ、押して寝かせる。

 ふたり目。チェーンを踏んで動きを止め、膝で鳩尾を突く。

 みっつ目。刃を持つ手首をつまんで捻り、関節を外す。ついでに膝裏を砕き無力化。


 全員非殺傷ではあるが、戦闘継続は不可能なレベルのダメージは与える。探索者なら、骨折くらいじゃ死なない。……はずだ。


 レンジが壁を生やす。胸の高さの薄い石板がすうっと立ち上がり、俺と台車、ついでに倒れている仲間ごと崖側へ押し出そうとする。


「おいしょっ!」


 気の抜けたかけ声とともに繰り出した蹴りで、壁は粉砕。ばらばらと砂になって落ちた。


「おいおい、化け物かよ」


 レンジの声は軽い。だが目は笑ってない。岩の棒を持つ手に力が入ったのが分かった。


 棒が消えるみたいな速さで来る。薙ぎ、突き、払う。重い、軽い、軽い、重い。棒の芯の位置を切り替ええているのか、リズムを乱してくる。素人でも分かる高度な棒術だ。普通なら絡め取られる技術だ。


 でも、俺は普通じゃない。


 重い打ち込みは身体の角度をずらし紙一重で避ける。軽いやつは指で摘んで止める。止まった瞬間、ほんの少しひねる。軽い手応えと一緒に岩の棒が崩れ落ちる。すぐに再生させ攻撃を繰り出してくるが、流れは一緒だ。


 レンジが舌打ち。棒尻で床をトンと叩いた。とたんに足下で砂利が絡む。鎖が俺の足首に巻き付く。

 蹴る。砕ける。粉になる。


「冗談だろ? キミ、まだ本気出してないよね?」

「まぁ、全然」

「……そっか。しゃーないな。使いたくないけど、キミら帰したら俺が殺されるからさ。あーダル」


 レンジが少し距離を取る。胸元からカプセルケースを取り出し、青と赤のカプセルを飲み込んだ。瞳孔が大きく開き、呼吸が深くなる。


「これね。特別バージョン。普通のは理性トんじゃうんだけど、そこを対策したやつね。能力向上も比べものにならないのよね」


 ——来る。

 棒が消えたように見える速度で襲ってくる。足場に薄い壁を連続で出して、棒の踏み替えを早めているようだ。


 俺は床を滑るみたいな浅いステップで横へ。レンジの突きが紙一重で外れる。返す薙ぎに左手の甲を軽く当て、滑らせて力だけを逃がす。


 空いた胴に掌底をひとつ。音と衝撃が響く。意識を刈り取る程の重さはあったはずだが、レンジは弾き飛ばされながらも姿勢を戻し、再度距離を取った。


「今のは効いた——ッ!?」


 薬で痛みに鈍くなっているのか、表情からはダメージを感じさせない。軽口を叩こうとするが、ぐらりと身体が揺れる。しっかりダメージは入っていたようだ。


 瞬時に土の壁で己を隠そうとするレンジ。

 三メートルは超える高さの壁が一瞬でできるが、俺にとっては縁石みたいなものだ。


 跳躍。

 壁の角を踏み台にして前へ。レンジの懐に落ちる。驚きの表情を浮かべるが、腕を振るい岩棒を突き出してくる。


 それをしゃがみながらくぐり抜け、レンジの腹に拳を打ち込む。自分で作った土壁をぶち壊しながら吹っ飛んだ。


「ぐぅッ」


 それでも意識を飛ばさない。これ、難しすぎる。生死不問なら一瞬なんだけど、さすがに人を殺すことには、まだ覚悟ができていない。手加減せざるを得ないけど、薬が気絶を許さないので大変だ。


「やめろっ!」


 八木の声が響く。振り返れば台車にしがみつく八木の姿。松本が青い顔のまま、片手でベルトを押さえていた。

 残っていた王獣の牙の連中が、どやどやと台車に取りつく。


「ったく!」


 俺は二歩で距離を詰め、台車に手をかけた連中を薙ぐ。台車を掴み、そこを中心に脚で払った。突風のような風圧が生まれ、四、五人吹っ飛んだ。


 視界の端に台車の中でうずくまる松本に向かってナイフを振り下ろそうとする男が映る。台車を弾き上げ、その余波でよろめいた男達を地面に打ち付けた。


 背中——。


 振り向きざま、棒の突端が鼻先に来ていた。柄をつまんで止める。至近距離で、レンジの眉がぴくりと動く。俺は胸ぐらを掴む。引き、回して、背負い気味に落とす。


 レンジが呼気を吐く。苦い音。その中には血が混じっていた。


「その強さ、反則だろ」

「自分でもそう思うわ」


 倒れた姿勢から、棒を突き出してきた。最初と比べて精細を欠いたその攻撃は、簡単に避けれる。全身全霊の不意打ちだったのか、それを放った後は両手をばたんと放り投げた。


「——はは。とんでもないヤツを敵に回したね、これ」


 レンジが笑った。自嘲でもなく、皮肉でもない。感情は少ないが、『面白い』と思っている笑いだ。


 それに応えず、拳を打ち下ろす。手加減はしたが、重い衝撃が手に来た。レンジは白目を剥いていた。勝負ありだ。


「——ふぅ」


 やっと一息つく。周りを見れば死屍累々とした光景になっていた。台車の周りには十人ほどの男達が倒れ呻いている。周囲に気配は感じないので、とりあえず一安心か。


「……すごいな、きみは」


 八木が台車の中から、呆然とした声で呟いた。それに苦笑いで応える。


 さて、こいつらを全員台車に積めるんだろうか。戦闘よりも大変そうな後始末に、こっそりとため息をついた。

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