第54話 過魔素苔
棚田のような階段状になった岩の傾斜に、水が流れていた。その奥に、下段へ下ってける亀裂がある。
覗き込めば、二十メートルちょっと下に岩場の広場が見えた。慣れとは怖いもので、これくらいの高さなら全然余裕で飛べるな、と思ってしまうようになってしまった。
ただ、足下が水で滑るかもしれないので、飛び降りた後、着地直前で壁となっている岩を蹴り、落下速度を緩めて着地。アニメの世界の中の動きが普通にできてしまう自分が怖いぜ。
下段は湿り気が増していた。何か薬品の甘い匂いがした。匂いの元を辿れば、右手に白い苔の塊がある。普通の苔じゃない。膨らんだ石けんの泡みたいに、ところどころ銀色に光っていた。
「これは?」
『——おそらく、
『危険物質です。触れずに退避してください』
「了解」
明らかに健康には悪そうだもんな。回収してくれと言われなくて良かった。まぁ言われても丁重にお断りさせてもらうけど。
「……こっち、だ」
そのとき、岩場の奥で影が動いた。
慌てて奥をのぞき込むと、煤だらけの顔と目が合った。血と汚れで片目を細めた若い男だ。制服の刺繍には「松本」とある。
上半身は自力で出せるが、腰から下が透明な糸に絡め取られていた。ゼラチン質の帯が何本も巻きつき、岩に固定されている。触手は岩と癒着しているようだ。締め付けが強く、血流が悪い。
「救助に来ました。大丈夫ですか?」
「足が、じんじん……痺れて……これ、多分、触手の破片……毒だ……」
触手はねっとりしていて触りたくない。でもこれを取らない限り救助はできないし、この人もどんどんヤバくなりそうだ。
「少し熱いのを使います。動かないでください」
「た、頼む」
生み出した細く小さな光を熱する。光魔法の応用だ。
カッターみたいに切ることを目的としない。焙る感じだ。ゼラチンの帯が熱で千切れていくことを狙う。
——じゅっ。
甘い匂いを出して、帯が弾けて解けた。皮膚に触れないよう注意しながら、何本も焼き切る。最後の一本を外したところで、松本の身体がゆっくりと崩れ落ちる。倒れる前に支えた。
「立てますか?」
「……っ、ああ、いける」
「台車が近くにあります。そこまで——」
——鐘が鳴った。
今度は、はっきりと。お腹に響く、低く長い鐘の一打。天井の水が陰り、影が大きく回る。青白い筋。ぴり、と髪が逆立つ。
「い、イヤだ……」
松本の悲鳴のような声が合図となったのか、天井の水面がボコンとへこみ、大きな塊がぬっと顔を出す。
次いでいくつもの触手が青白い光の筋を残しながら、弾けるように飛び出てくる。こちらを認識しているのかしていないのか。手当たり次第に周囲の岩に叩きつけていく。
「……視覚はないのか?」
ぽつりと言葉が漏れる。それが聞こえたとは思えないが、数本の触手が俺たちを目掛けるように叩きつけられてきた。
「ひっ」
隣で短く悲鳴が漏れる。松本を地面に下ろした時には、寸前まで迫っていた触手。それを打ち返すように、脚で蹴り上げた。バチンと破裂音が響き、ぬめっとした水が飛び散る。触手が爆散したからだ。
「GYOOOOOOOOON!!」
丸太で鐘を殴ったような音が天空に鳴り響く。サンダー・ベルの悲鳴だ。
驚きか怒りか恐怖か痛みか。どんな感情を抱いたかは分からないが、サンダー・ベルは俺を『敵』と認識したんだろう。周囲の触手が一気に迫ってくる。
それを全て蹴り飛ばす。
破裂音が鳴り響く度に、触手が破裂していく。雷を纏っているからか、絶縁ブーツを履いているにも関わらず、ちょっと脚がピリピリする。
「OOOOOOOOOOO!!」
自慢の触手がことごとく弾き消されたためか、鈍い咆哮を残してサンダー・ベルは天空の水の中に潜り去って行った。追いかけて倒すことも考えたけど、まずは救助が先か。松本の毒の具合も気になるし。
「今です。松本さん、肩を」
「は、はい!」
なぜか丁寧な返事を返された。
松本を背負う形で、岩陰から抜ける。ぐっと腰を落としてジャンプ。大の大人を抱えていても関係ない。軽々と二十メートルほど上にジャンプして、元の位置に戻る。
「う、嘘だろ……」
背中で松本が呆然とした声を出していた。
そのまま前哨基地まで一直線に戻る。
「ま、松本っ!?」
基地の前で八木が待っていた。慌てて駆け寄ってきて、松本に寄り添う。
「大丈夫です。ただ、毒に罹っているようです」
「毒!? 早く戻らないと!」
『柴田さん、ありがとうございます。こちらで解毒剤は準備していますので——』
「了解です。全員連れてすぐに戻ります」
『感謝します。ご武運を』
八木が松本に応急処置を施すというので、必要な物品を渡す。その間に、前哨基地から使えそうなモノを物色するとしようか。
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