第53話 19階層

『リンク良好。最短降層ルートを出します』

「お願いします」


 視界の隅に、薄い矢印が流れる。五層までは突破済みなので、最速で突破する。


 さすがに人命がかかっているというので、出し惜しみはなしで行くことにした。俺のステータスの高さがバレたところで、既にランク1であることがバレている以上関係ないと思ったからだ。


 ステータスを弄れたり、ドロップを確定させたりと、そっち側はバレると面倒くさそうだから隠すけどね。


 ものの数分で六層に至る階段まで辿り着く。イルミネーターからの音声が一切なくなってしまっているが、大丈夫だろうか。


「このまま進んでも大丈夫ですか?」

『えっ、あっ、はい! そのままお願いします』


 冴葉さんの慌てたような声が返ってくる。向こうで何かあったんだろうか。ただ、今は気にしていても仕方ないので、俺は俺のできることをするだけだ。


 6階層は、風の峡谷だった。転落注意の看板が恐怖を煽る。実際に落ちたら二度と戻って来られなさそうだった。


 7階層は、幻想的な光が灯る森林。だと思ったら、光っているのはキノコらしい。毒が舞ってきそうで怖い。


 8階層は、柱状節理——マグマが冷えて固まる時に生まれるアレだ——の段丘。所々で磁場が発生しているそうだが、イルミネーターがあるから問題なかった。


 9階層は、乾いた塩の平原。ウユニ湖みたいに幻想的だったが、服が汚れた。あと風に紛れて塩が飛ぶので、常時しょっぱさを感じる。


 10階層は、沈んだ聖堂だった。半分は沈んでしまっている厳かな聖堂に、ここの主である石のガーゴイルが待ち構えていた。


 ここまで戦闘は一切避けてきたが、どうやら階層の主は倒さないと次に進めないようだった。ドロップ確定を全てオフにして、ガーゴイルを守るゴーレムごと瞬殺。

 本当はドロップアイテムも気になるが、さすがにカメラ越しに見られている中、確定ドロップを見せる勇気はなかった。


 11階層からも浮島があったり、荒野があったり、原生林があったり、雪と氷の大地があったり、火山があったり、砂漠があったりとバラエティに富んだ階層をくぐり抜け、二時間もかからず19階層に到達した。


 小説にすれば十行程度の展開で終わらしてしまうスピード感。

 読者からはクレームが出るだろう。


 俺だってもっと感動を味わいながら、ダンジョン探索を楽しみたかった。

 だから、今回のはノーカンとすることにした。桜と一緒に行く時を、初めての探索としよう。そうしよう。


 そんなことを考えながら19階層への階段を降りきる。


 第一歩で分かった。

 天井が“湖”だ。


 分厚い水が空一面に貼り付いて、ゆるやかに波打っている。反射した光が揺らぎ、床に淡い光を落としていた。


 綺麗で、幻想的な光景に圧倒される。ますます桜と一緒に来たかったという想いが強くなる。


 階段横に設置されたADAの前哨基地の簡易シャッターは開いていた。誰かが慌てて出ていった形跡やストレッチャーの跡が斜めについている。


 ダンジョンの階段の周囲数百メートルは、安全区域セーフティエリアになっているらしい。

 魔物が忌避する何かがあるのか、基本的にその区域には入ってこない。

 もちろん例外はあるようだが、ADAはその例外のリスクよりも実利を取ることにした。


 それが前哨基地だ。

 基地と言っても、誰でも使用できる休憩所といった方が良いかもしれないレベルだが、要所要所に設置していっているそうだ。


 場所によっては、屋台を出す猛者もいる。ここに来るまでに何回か基地を素通りしてきたが、結構利用されているようだった。


 この基地には休憩所以外にも大事な要素があって、それが魔波増強器ブースターの設置場所となることだ。


 魔波増強器ブースターの詳しい仕組みは分からないけど、要はダンジョン内でも通信機器が使えるようになるというトンデモ機械らしい。


 これのお陰でイルミネーターが使えたり、インフルエンサー達がライブ配信を行えたりする。


『信じられません……』

「え?」

『ここまでどんなに早くても数日はかかります。

 それを——いえ、申し訳ありません。では、前哨から南東2400、資探が設定したラインに乗ってください。都度、青いテープでマーキングがあるはずです』

「了解です」


 目の前に半透明の矢印が浮かぶ。

 矢印に誘導されながら進むと、細い岩棚が見えてきた。左手は深い割れ目になっていて、割れ目の先は漆黒の闇だ。右側は天井から落ちる滝となっていて、音が激しい。


『そのまま直進、200先で右折してください。狭い桟道に入ります。転落に注意を』


 青いテープが岩に巻かれていた。

 付近の壁に、白いチョークで矢印がついている。手書きの雑な字で「段差注意」とあった。誰が書いたか分からないけど、こういう助け合いって良いよね。


 曲がり角の先、黒く焼けた円盤状の跡がいくつも重なっていた。溶けてガラス化した岩。漂うオゾン臭——雷の後か?


 そこに転がる金属片。膝をついて拾い上げると、ヘルメットライトの残骸だった。レンズが割れ、ベルトが千切れている。


『ここで交戦記録。王獣の牙のタグもログに残ってます』

「怪我人は?」

『映像では不明。そこから岩陰による死角が多くなります。注意してください』


 注意しながら少し歩くと、踊り場の影から気配を感じた。二、三人か。注意すれば荒い呼吸音も聞こえる。


「救助に来ました。手が見えるように出てきてください」


 資源探査部の人か王獣の牙メンバーか分からないので、警戒気味に声をかける。でも、返事はない。代わりに、かすかな吸い込む音。息を止める音だ。


 ……面倒だな。


 銀色の光。的確に顔を狙ってきたソレを、顔を背けて避ける。

 投げナイフだ。後ろの岩壁に当たり、かんと甲高い音が響く。


 続けて、男が二人飛び出してくる。目が据わっていた。鼻息が荒く口の端には白い泡がついている。完全にイっちゃってる顔つきだ。


「落ち着いてください。助けに——」

「うるせぇッ!」


 男が振り下ろしてきた鉄棒が唸るなか、俺は一歩懐に入る。

 速度は抑え気味に肩口をずらし、棒をいなして腕ごと返す。軽くねじるだけで、肘が外れかけて男が崩れた。


 もう一人が吠える。

 白い閃光を、目の前に置く。


 ——瞬光しゅんこう。光魔法として作り上げた、隙を作る魔法だ。隔絶したステータス差を考え、非殺傷で相手を制圧するために作成した。


 目潰しには十分すぎる、なんなら卒倒するくらいの光が小さく爆ぜる。

 男は一瞬、視線を滑らせ——その隙に手首を取る。


 即座に背後に回り込み、腕を極める。そのまま、預かってきた結束バンドで拘束した。転がし、脚も縛り付ける。まさかこんな縛りプレイをする日が来るとは思わなかった。


「質問です。ADAのスタッフを見てませんか?」

「し、知らねえって!」


 目が泳いでいる。隠したり誤魔化したり、という感じではない。どちらかというと正常な思考ができていない感じだ。まともな証言は取れそうにないな。


 背後から、微かに砂を踏む音。

 振り向きざま、軽く肘で顎を跳ね上げる。男が崩れた。

 持っていたナイフが地面に落ち、乾いた音を立てる。


 意識を失っているが、しっかり呼吸はしてそうなので命に別状はなさそうだ。骨は折れてそうだけど、殺人未遂の代償としては安い物だろう。


 残りの男を含め、結束バンドで拘束。まさかこんな自警団みたいなことをすることになるとは。荒い息で罵詈雑言をぶつけてくる男達を見て、げんなりした。


 そのとき——。


「……こっち、だ」


 擦れ気味の小さな声が聞こえた。岩の割れ目の向こう側だ。

 俺はしゃがみこみ、ライトを最低照度にして差し込む。細い隙間があった。人ひとり、横になれば通れる幅だ。


「資源探査部ですか?」

「……ああ。動けない」

『——タグ反応一致。保全班・八木です』

「そっちに行きます。上は岩に囲まれてますか?」

「いいや、水の天井が見えるが?」


 割れ目のある岩は、おそらく十数メートルの高さまで直角の壁となっている。

 まぁ、行けるか。腰を落としてからのジャンプで、一瞬で岩の頂上に到達。


「おわっ!?」


 そのまま八木と呼ばれた要救助者の側に跳び降りると、びっくりさせてしまった。


 割れたヘルメットの下から頬まで血が流れている、二十代半ばの男だった。制服の胸ポケットに「八木」と刺繍されている。右足の角度がよろしくなさそうだ。折れているのかもしれない。


「大丈夫……じゃなさそうですね。負傷箇所は?」

「右足……捻ってたところに、落石で……」

「応急処置しますね」


 冴葉の指示に従いながら、圧迫帯と固定具で止血する。ある程度の救急セットは伊達から預かってきていた。


「痛みは?」

「正直……けっこうキツい」

「これ飲んでください。痛み止めのゼリーらしいです」


 スティックゼリーを渡し、ゆっくり飲ませる。俺のポーションもあるが、それを使うほどではなさそうだ。できれば緊急事態以外では使いたくないから助かった。


「もう一人は?」

「……松本は上を見張ってて。落ちて、その、どっかに——」


 ——鳴った。

 上空から、低く、重く、腹に響く音だ。


 鐘を、どこか遠くで布越しに鳴らしたみたいな、曖昧な重低音。

 空気が、震える。天井の湖の光が、かすかに滲んだ。


「き、きたっ!? ヤツだっ!!」


 八木の声に応えるように、光が消え、かわりに影が地面を這った。天井の水が、巨大な円を描いてへこむ。青白い光の筋が奔る。


 ——ズン、と空気が叩かれた。


 俺の張ったプロテクト——光の壁に衝撃が走る。

 当たったのは巨大な触手だった。水しぶきと紫電が弾け、ゆっくりと触手が天井の水に戻っていく。ゼラチン状の糸が何本か床に落ち消えた。


『リンク復旧。電界異常継続、雷に注意を』

「了解です。——八木さん、行けますか……いや、行きます!」

「……あっ、ああ」


 抱え上げ、来たときと同じようにジャンプで岩を乗り越える。拘束した王獣の牙の三人は白目をむいて横たわっていた。音か雷にやられたらしい。生きてはいる。そいつらも重ねるように抱え上げ、踊り場を抜け、桟道へ。


 天井の湖が、また波打つ。うっすらと、青白い光が水の中で薄昏く輝く。

 そこに大きな影。ぐるり、と巨大な輪郭が回る。


 鐘のような胴体。糸のような、でも実際には巨大な触手が、数え切れないほどうねっている。まるで巨大なクラゲだ。


 ——サンダー・ベル。


 姿が見えたのは一瞬で、次の瞬間には空の水中に戻っていった。

 残ったのは、焼けた匂いだけだった。


『前哨基地までのルート出ます。右手壁沿いに一台台車あり』

「使います!」


 重さ的には大丈夫だけど、大人四人を抱えながらの移動はバランスが悪い。とりあえず四人を降ろし、台車を取りに行く。


 錆の少ない四輪の台車だった。王獣の牙メンバー三人を放り投げ、悲鳴を上げる奴らの上に八木をそっと乗せ、ラチェットベルトで軽く固定する。


 前哨基地までダッシュで戻り、基地の中に台車を投げるように入れる。


「もう一人の反応は?」

『薄い……ですが、あります。範囲は水棚の真下。ここから北に700』

「了解」


『待ってください! 戻るのは危険です。アレは我々の想定を超える怪物です。帰還を!』

「大丈夫です。行きます」


 冴葉ではなく、伊達が割り込んできた。でも——確かに巨大で気持ち悪そうだったけど、それだけだ。アレよりヤバそうなヤツとはもう出会っている。


『……分かりました。最大限の警戒を』

「あの……っ!」


 台車から這い出してきた八木が、俺の腕を一回だけ握り「松本を——お願いします」と言った。


 頷く。答えはそれだけでいい。

 俺は踵を返し、19階層に戻った。

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