第51話 ネームド・モンスター

 ADA岡山支所はガラスの箱みたいなオシャレな建物だ。今日はいつもと違い、正面受付で【空飛ぶ大福】ギルドの者です、と名乗る。


 ちょっと恥ずかしい名前だったかもしれない。

 桜が言うのは可愛いが、オッサンの俺が言うのはちょっと違う気がする。まぁ可愛い名前だから変える気はないけどな。


 事前に連絡が通っていたのか、「こちらへ」と関係者用のゲートを開けてくれ、エレベータまで案内してくれる。


「お待ちしておりました。こちらへどうぞ」


 エレベーターを降りると、白雪さんが出迎えてくれた。そのまま会議室に案内される。

 最近、ここの会議室によく来ている気がする。まさか、こんなことになるとは一ヶ月前まで思ってもみなかったな。


 会議室に入ると、知らない顔がいくつかあった。ブラインドが降りていて薄暗いからか、どの顔も暗く見える。


「来てくれて助かります」


 伊達が立ち上がる。ADA岡山支所の部長と聞いているが、実質この支所を取り仕切っているそうだ。俺が知る限り、できる男という言葉がよく似合う男ランキング上位にランクインしている。


「依頼と聞きましたが」


 伊達の正面に案内され、席に着く。ふかふかの椅子は座り心地が良かった。


「ええ。まずは紹介を」

「失礼。ADA岡山支所、資源探査部保全課長の御手洗みたらいだ。よろしく頼む」

「資源探査部?」


 伊達の目配せを受け、立ち上がって名乗った男の肩書きは、資源探査部。

 初めて聞く名称だったが、どうやらADAに設置されている各部門の一つで、ダンジョン内の資源や環境を調査しているらしい。


 ADAの中でも実戦をこなす実力者達が集っているらしい。スキルを使った犯罪やテロに対抗するバリバリの武闘派集団であるADAの治安維持部隊と同格のようだ。


 そんな実力者達が——。


「資源探査部の保全班六名のうち、生還三、重傷一、行方不明二。これが現状だ」


 御手洗が悔しげに告げる。


「冴葉、経緯を」

「はい」


 伊達の横に座っていたスーツ姿の美女が立ち上がる。冴葉と呼ばれた女性は、何回か顔を見たことがあった。確か伊達の秘書官だったはず。


 背筋がすっと通っていて『凜』という言葉がよく似合う女性だ。黒髪は耳の後ろでまとめて、低い位置で結んだローポニーにしている。


 余計な後れ毛が出ないように整えてあって、黒いシュシュがオシャレだった。顔立ちは派手じゃないのに、華がある女性だ。彼女は一歩前へ出て、自然な声量で口を開いた。


「失礼します。資源探査部との時系列です。現場地形の簡易図はスクリーンに投影します」


 冴葉の目線を受け、白雪さんがタブレットをミラーリングする。壁のモニターに、十九層の簡易地形図が映った。そのタイミングで、テーブルには資料が入ったタブレットが配られる。


 地図上にはいくつかの青と赤の点や線がついていた。それが何かを疑問に思う前に、地図の要所要所がズームアップされ、その場所の映像が映る。


 岩棚、段差、細い桟道。その上空に——水面、いや水の天井だから水天か。空全面に、湖が貼り付いているみたいだ。


 その先には何かしらの光源があるのか、光が反射でキラキラと輝いている。いくつかは光の筋として、地上に降り注いでいた。水族館のスゴい版かよ、という貧相なボキャブラリーでの感想しか出ない圧倒的な光景だった。


「ADAは【水空みずぞら】と命名しています。

 水と光が揃っているということで、19階層は資源調査の対象となっていました。今回の資探——資源探査部の調査ラインはこのルートです」


 冴葉の指が、地図上の青い線をなぞる。地図の端の方で、青い線と赤い点がぶつかり、線が途切れていた。その先は黒く塗りつぶされて『不明』と表示されていた。


「この赤い点は?」

「——【王獣の牙】ギルド、です」


 王獣の牙……あの、ナンパ軍団が所属していたギルドだ。まさか、このタイミングでその名前を聞くとは思わなかった。


「なんでそのギルドが?」

「端的にいますと、今回の事案の重要対象となるからです。

 昨夜1953時、資探が【王獣の牙】——以下、ギルドと呼称します——ギルドが19階層内【水棚】付近で私的に区域を独占しているのを発見。

 ギルドメンバーと接触し、事情聴取を試みるも突如攻撃を受け、応戦。

 同2003時、正体不明の超大型魔物が来襲。資探、ギルド共に被害尋常となり、撤退を開始しました」


 そこでスクリーンの映像が切り替わる。ヘルメットカメラの切り出し映像のようだ。

 歪んだ画角の中に、唾を撒き散らしながら叫ぶ若者の姿がある。

 血走った目で迫ってくる男を落ち着かせようとするのが、主観視点からでも分かった。


 幾度かのやり取りの後、突如目の目の男が悲鳴を上げるように叫びながら、武器を抜いた。

 釘バットのような形状だが、釘部分がより太く長かった。


 周りのギルドメンバーも、目の前の男と同じように、狂乱的に武器を構え襲ってきた。

 おそらく資探の誰かが「応戦許可!」と叫ぶのと同時、カメラの主も武器を構えたことが、映像のブレ方から読み取れる。


 ギルドの連中は下っ端のようで、人数では圧倒していたが徐々に制圧されそうになっていた。資探メンバーの方が戦いに慣れている感じだ。


『何だあれ?』


 誰が言ったのか分からないが、その声に反応するようにカメラが上を向く。この撮影者が上を向いたからだ。


 空の湖面に“影”が走る。大きさの比較はできないが、かなり巨大な影だ。カメラの音声がザザッと潰れて、影がブレた。次のフレームで誰かが「耳がっ!」と叫んだ瞬間——画面が暗くなった。


「ここから先は、生還者に聞きましょう」


 伊達が椅子の向きを変えた。その先には青白い顔があった。左腕に三角巾。至る所に怪我をしているのが分かる、悲壮な姿をした男が顔を上げた。


「保全班の早瀬です……あの、すみません、上手く言えるか不安ですが」


 早瀬は深く息を吸ってから、話し始めた。


「俺たち先行隊が王獣の牙の連中と鉢合わせた時点で、引き返せばよかったんですけど……『ここから先は使ってるんで』って言われて。

 こっちも調査ルートなんで通行権はある、そもそも不法独占は禁止だって返したら、むこうの下っ端がキレちゃって」


「そこで怪物が?」

「はい。天井の水が、どぱっと、こっちを向きました。水が向くって変ですけど……とにかく、影が落ちてきて、すぐに大地震のように揺れて。落ちてきた方を見たら、巨大な怪物がいて……松本が下敷きになってて……」


「どんなヤツだったんですか?」

「分からない……巨大な鐘のようなでかいヤツです……青白い雷が奔って……それで何人かやられました……」


「鐘……」

「たぶん。

 で、王獣の牙のほうが何人か太い鞭みたいなものに巻かれて、天井まで持っていかれました。ずっと上のほうで、水の塊が、ぐるっと巻いて……見えた気はするんですけど、正直、はっきりしないです」


 早瀬の手が、膝の上で震えていた。


「追いついてきた班長が撤退を指示して……でも仲間が二人、動けなくなってたのに、置いてきました……置いていくしかなかったんです。上から何かが落ちる音が、いつ振ってくるか……怖くて……すみません」

「謝ることありません。貴方たちが帰還したことで対処が可能となります」


 冴葉が言うと、早瀬は小さく頭を下げた。


「状況はそんなところです。

 我々と【王獣の牙】の衝突が引き金になったのかは分からない。

 だが突如として未知の大型魔物が来襲したことは確かです。

 水空の主——固有名は【サンダー・ベル】。新たな固有名をもつ魔物ネームドモンスターです」

「サンダー・ベル」


 ダンジョンで生まれたモノは、基本的に名前が付与されている。

 ダンジョンの神碑オベリスクに触れたことがあれば、アーティファクトやスキルオーブは対象に焦点を当てることで、名前が脳裏に浮かび上がってくる。


 そして、ダンジョンで生まれるモノはアーティファクトだけではない。魔物もそうだ。


 魔物と対峙すれば、同じように魔物の名前が理解できる。

 ただ、基本的に名前と言っても種別名が出てくるだけで、個体ひとつひとつの名前ではない。そもそも魔物に名前は与えられていないからだ。


 だが、特殊な魔物は存在する。

 多くの人に共通の名前で周知された個体にはその名前が付与されることがあるし、生まれた瞬間から固有の名前をもった魔物もいる。


 そいつらを【固有名をもつ魔物ネームドモンスター】と言うそうで、とにかくやっかいなことが多いそうだ。

 今回のも、その一つらしい。


「サンダー・ベルによって、資源探査部保全第二班は壊滅状態となりました」

「壊滅状態……」

「ええ。保全班の八木、松本。どちらも二十代男性。ビーコンは本日0832時までは反応がありましたが、今は沈黙しています」


 伊達が視線をこちらに寄越す。


「——救出を依頼したい。柴田さん、頼めますか?」

「……なぜ僕に——【空飛ぶ大福】に依頼しようと」


 こう見えて……いや見た目通り、俺も桜も探索者としてはぺーぺーのぺーだ。

 能力的な実力はあるかもしれないけど、実践的な経験値は圧倒的に足りていないと思う。俺より適任はいると思うんだ。


「……冴葉以外、退室し待機しろ」


 俺の質問にしばし逡巡した伊達は、部下達に命令を出す。誰一人疑問を挟むことなく部屋を出て行き、残ったのは俺と伊達と冴葉だけだった。


「柴田さん、これは内密にしていただきたいのですが」

「……はい」


 雰囲気がぴりつく。伊達の真剣な眼差しに、思わず座っている背筋が伸びた。


「私の恩恵ギフトは【適者生存】。与えられたスキルは【直感】。正しく未来を選び取る選択を、直感として選び得ることができる力です」

「直感……」

「はい。これまで幾度も死の危機を乗り越え、重大な決断を誤りなくこなせたのも、この力があるからです。

 そして、私の直感は、あなたを指名した。あなたがベストであると、私は信じています」


 直感で信じます、と言われてもピンとこない。でも、伊達にそこまで言ってもらえるのは悪い気がしなかった。


「……そのサンダー・ベルって、ドラゴンより強いですか?」

「は? ドラゴン? いや、どちらも直接見たことがあるわけではないですが。映像越しの私の直感でいいのなら、圧倒的にドラゴンです」

「分かりました——」


 未知の怪物のいるところに、自分から突っ込んでいく。命の危険はあるだろうし、何が起こるか分からない。


 一ヶ月前の俺だったら、絶対に断っていた話だ。でも、今は違う。今の俺は、神龍と呼ばれる最強の龍より強いんだ。


 それに、この力を得たときに決めた。自分に溺れないように、できるときは誰かのために力を使おうと。大いなる力には、大いなる責任が伴うんだ。


「行きます」

「……ありがとうございます」


 力強く頷く。伊達と冴葉が深く頭を下げてきた。

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