第48話 スタート

 その日は桜は家族で晩餐。俺一人で家に戻る。どっちの家に帰るか迷うところだけど、新居に帰ることにした。そこでの生活に慣れていかないといけないからな。


 桜の引っ越しも、ADAの『身元秘匿パック』を使用することにした。白雪さん経由で連絡すると、明日でも行けますとのことらしい。俺たちに対するVIP待遇が怖い。


 ということで、明けて次の日。午前十時に再び桜の家を訪れた。既に家の前には白い無印トラックが停まっていて、積み込みを始めていた。


「ひろくん!」

「お待たせ。どんな感じ?」

「うん、あと少しで終わりそう」


 作業員がテキパキと段ボール箱を運んでいる。結構数が多そうだけど、昨日一日で片付けたんだろうか。スゴいな。


 大福が玄関と門の間を忙しく往復して、全員の顔を順番に確認していた。セキュリティ担当犬と思わせて、あれは構ってくれる人を探しているな。


「忘れ物はない?」


 椿さんが玄関で最後の確認をする。


「うん、大丈夫。フライパンも入れた」

「フライパン?」

「ふふふ。私の必殺かつ丼を作る最終兵器だよ。ひろくんの胃袋はこれで落とす」

「物騒な言い方やめて?」


 月遙さんは玄関柱にもたれて、腕を組んでこちらを見る。表情は固いが、こちらを見て頷いた。


 手短に最終確認を終えると、トラックが発進する。俺の車に桜が乗り込み、助手席のドアが軽い音を立てて閉まる。窓の外で大福が「わふっ」と短く吠えた。


「行ってきます」


 桜が両親へ深く礼。


「行ってらっしゃい。月に一回は顔を見せなさい」


 月遙さんが『条件その三』を復唱し、桜は「了解」と笑う。

 椿さんは俺に向き直り、小声で釘を刺してくる。


「責任は取ってくださいね」

「はい。任せてください」


 ハザードを二回たき、出発。バックミラーに小さくなる二人と一匹が映る。桜が少し涙を零していたが、気づかないふりをした。


 ◇


 拠点に着くと、引っ越し業者は既に到着していた。アプリからシャッターを開くと、地下のローディングベイに降りていく。昨日今日なので勝手は知っているとのことで、荷物を倉庫に積み込んでくれるそうだ。


「改めて——ただいま」

「はい、おかえり」


 二重扉を抜けると、新築の木の匂いがする。桜はすぐ靴を脱いで、スリッパに足を滑らせた。このスリッパも桜が選んだモノらしい。桜は可愛い犬のキャラが縫い付けられたスリッパで、俺のは紺色の無地のスリッパだった。


「トークン、登録しようか」

「うん」


 白雪さんから受け取っていたもう一つのトークンを、玄関脇のパネルにかざす。ピッと電子音が鳴り、『顔のスキャンをしてください』とアナウンスが流れる。


「……真正面からは、ちょっと恥ずかしいなぁ」


 カメラの前で真顔になった桜を、横でこらえきれず笑ってしまう。もう、と怒られるがそれもまた可愛い。角度をつけ何度かスキャンすると、画面に桜の顔写真と「セキュリティレベル:ADMIN:登録完了」と表示された。


「搬入完了しました」


 そのまま二人でローディングベイに入ると、現場責任者が短く声をかけてきた。倉庫を見れば十数個の段ボールや可愛らしいタンスなどが整然と置かれていた。プロの仕事だ。


 電子署名でサインをすると、一礼して帰って行く。


「じゃ、開封式!」

「どうする? 俺のインベントリで運ぼうか?」

「……段ボールごと、お願いします」


 キッチンに鍋やフライパン、調味料が並ぶ。食器棚には様々なお皿が収納されていた。これも桜とコーディネーターが選んだものだ。


 というか、ここ数日の桜って、とんでもなく忙しかったのではないだろうか。インテリアの選択に教習所、ギルドの定款、それに引っ越し準備。これは特別ボーナスを支給しなければならない。


 リビングでは、桜のクッションと膝掛けがソファに鎮座していた。大きめなゴールデンレトリバーの人形も置いてある。名前は【あんころもち】というらしい。大福の反対を名前にしたんだな。


 三階のプライベートルームに行く。

 俺の隣の部屋の扉の前に付箋が貼ってある。昨日俺が貼ったやつだ。


『さくらの部屋』

「……ふふ」


 桜が付箋をはがさず、そのままドアに近づくと電子音がピッと鳴り、静かにドアが開く。


 部屋は俺のと同じはずなのに、なぜかオシャレに見える。デスクにラップトップ、勉強用の無地ノートが整えられ置かれてある。鞄や帽子、犬の人形などが部屋に彩りを与えていた。ベッドサイドには小さな写真立てがあった。桜家が勢揃いしている海の写真。


「この前の温泉旅行で撮ったやつ」


 書斎の本棚には、意外にも少女マンガや小説などが並ぶ。端っこの方に、申し訳なさそうに教習所の教材が置かれてあった。空いている部分には、大学に入学した後、教科書類が並ぶんだろう。クローゼットにはフォーマル一式がかけられている。


「大学の入学式は、これ着るんだ。——来る?」

「いや、さすがに両親と行こうよ」

「ふふ。だよね。でも、一緒に写真を撮らせてあげよう」

「ははー。光栄でございます」


 二階に戻り、リビングでお茶休憩、今回は買ってきていたペットボトルだ。

 桜が急に真面目な顔になった。


「——ひろくん。連れてきてくれて、ありがとう」

「こっちの台詞だよ。来てくれて、ありがとう」


 お互いに言って照れる。何だよこの甘酸っぱいカップルは。オッサンのやることではないが、仕方ないよね。


「じゃ、入居記念に、お昼作るね!」

「いきなり?」

「ひろくんの好きな、かつ丼! 我の力を見せてしんぜよう」

「必殺のやつですね」


 マジで必殺だった。上手すぎて、言葉が出なかった。 

 食後、片付けまで一気に終わらせて、二人で玄関へ向かい、一度外に出る。


「トークン、最終確認して——」


 桜が一歩進み、姿勢を正す。ドアの鍵がトークンに反応して開く。

 息を吸って、まっすぐ俺を見る。


「——ただいま」


 俺も同じように、姿勢を正す。


「おかえり」


 たぶんこの家は、こうやって少しずつ変わっていくんだろう。


「午後はADAにギルドカードと銘板、受け取り行こう」

「はーい、私、運転手やる」

「まだ仮免だろ? もう少し我慢しなさい」

「えー、仕方ないなぁ」


 笑いながら、二重扉をくぐる。

 外は秋晴れ。屋上の温室越しに入る光が、薄く床に格子を落とした。

 【空飛ぶ大福】、ここから本当のスタートだ。

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