第47話 引っ越し

 三日後、午前九時ちょうど。


 家の前に、社名のない白いトラックが一台、音もなく停まった。運転手も作業員も同じ無地キャップに無地マスクで表情もあまり分からない。


「ADAの『身元秘匿パック』です。お任せください」


 現場責任者が指示を出すと、作業員達がテキパキと積み込みを始める。

 もともと俺の荷物が少なかったこともあり、段ボール数個とスーツケースを載せて走り去っていった。


 俺もいろいろと後始末をしてから、新居に向かって出発する。

 拠点となる新居に到着したときには、既にトラックは到着して待っていた。


 アプリからシャッターを開くと、ローディングベイのラインが白く点灯した。トラックはそれに誘導されるように地下へ入っていく。俺は駐車場に車を停め、正面玄関に回る。


 キーを解除するトークンや物理キーは、事前に白雪さんから受け取っていた。マスターキーと管理アカウントの移行手続きは既に完了している。

 白雪さん、めっちゃ頑張ったみたいだった。きっとボーナスのためなんだろうな。


 ちなみにトークンは桜用のも受け取っている。その桜は現在自宅にいる。ずっと両親を説得しているようだが、父親からなかなか色の良い返事が貰えないようだ。電話越しに憤慨していた。でも、お父さんの判断はすごくよく分かる。


 二重扉を開け、中に入る。内覧の時とは異なり、センスの良い落ち着いた絨毯や観葉植物、おしゃれなライトなどが設置されていた。


 桜とコーディネーターの合作らしい。他の部屋も見ていきたいが、引っ越し業者を待たせているので、奥の扉から外用のスリッパに履き替え、ローディングベイに入る。サンダルでも買おうかな。


 倉庫の方へ搬入は既に完了していたようで、現場責任者の男がタブレットを持って待っていた。完了承諾書に電子サインすると、一礼してトラックに乗り込み去って行く。プロの仕事を見た気がした。


 倉庫に入ると段ボールとスーツケースが丁寧に纏められ置かれていた。それぞれ中身をインベントリに入れていく。適当なところに並べる作業は、追々していこう。


 二階に上がると、生活できる環境はしっかりとできていた。


 桜とコーディネーターが相談して決めたというインテリアは、シンプル寄りで温かい。オーク材の無垢テーブル、グレーのファブリックソファ、壁は白のままだけど、一面だけ淡いスモークブルー。観葉植物が部屋に緑を与えてくれていて、照明はダウンライトと間接光の二段構え。主張はしないのに、座る場所がちゃんと決まってる感じだ。


 大型テレビ、冷蔵庫、レンジやトースター、それに空気清浄機など家電もしっかり揃っている。お金は気にせずに良い物をと伝えていたので、どれも最新版かつ高性能なやつだ。キッチン用品は色も統一されていて、オシャレですらある。


「ただいま」


 リビングを見渡しながら、声に出してみる。自分の家になった実感が、やっと少し湧いた。


「照明、リビング・リラックス」


 何もない空間に声をかけると、ホームデバイスが反応し、天井の光が一段柔らかくなる。


「カフェプレイリストを再生」


 ジャズが小さく流れ、キッチン横のスマートディスプレイに曲名が表示された。


「よし、やるか!」


 ここに一人で来たのは初めてだった。だからか、静かな寂しさを感じる。俺の隣に桜がいるという状況が、既に俺の中で当たり前になっていたようだ。


 そんな寂しさを吹き飛ばすように、檄を入れる。

 まずは、荷解きでもするか。


 三階は俺と桜のプライベートルームやゲストルームなどがある。鍵は顔認証かトークンでいけるらしい。試しに扉の前に立つと、ピッと短い電子音が鳴り、音もなくドアが開く。


 うーん近未来だ。というか、あまりに全自動だと身体が鈍りそうだ。


 俺のプライベートルーム——ドアに付箋で『ひろくんの部屋』と桜の文字があったから分かった——も、しっかりと準備が整えられていた。


 落ち着いた色で統一された部屋は、高級ホテルのようでちょっと落ち着かない。まぁ、いずれ慣れていくだろう。


 荷解き、と言っていいか分からない作業——目的の位置でインベントリから取り出すだけの作業——を半分くらい終えたところで、スマホが震える。


『いま大丈夫? 家に来てほしいです。お父さんとお母さんが話したいって』


 桜からの連絡だった。文末の絵文字がやけに控えめだ。これは……家族会議への証人喚問なんだろうか。


「了解。すぐ行く」


 と返し、部屋を出る。なんだかんだ、呼ばれると嬉しいものなのだ。


 ◇


 柾木家の玄関を開ける前から、低い唸りに近い嬉しそうな音が聞こえた。出迎えはゴールデンレトリバーの大福だった。扉が開くと鼻先でずいっと割り込んできて、俺の手に顔を押しつけてくる。毛がふわふわしてる。幸せだ。


「ひろくん、いらっしゃい」


 玄関まで出迎えてくれたエプロン姿のお母さん——椿さんが笑う。なぜか、この人も俺のことを『ひろくん』と呼ぶことがある。桜がそれをイヤがっているようだが、椿さんは面白半分で時々やってくる。きっと桜をからかいたいんだろう。


「お邪魔します。大福、こんにちは」

「わふ!」


 大福はイギリス系のゴールデンレトリバーだから、毛色が白い。そんな白いもふもふに案内されるようにリビングに通されると、お父さん——月遙さんと桜がすでに着席して待っていた。


 月遙さんはスーツではないのに、空気は会議室のような緊迫している。テーブルには急須と湯呑みが四つ。どうやら俺の分も準備してくれたみたいだ。緊張感とほうじ茶の香りが同居している。


「いつも娘がお世話になっています」

「いえ、こちらこそ」


 形式的な一往復のあと、桜の横、月遙さんの正面に座る。椿さんは遅れて月遙さんの横に座る。お茶請けを準備していたようだ。


 桜が両手を膝に置く。息を整えてから、はっきり言った。


「お父さん、お母さん。私、ひろくんの作ったギルド【空飛ぶ大福】に、正式に入ります。それで……新しい拠点で、ひろくんと一緒に暮らしたい。許可、ください」


 直球。お父さんの眉がぴくり。お母さんは、ふふ、と笑って頷く。


「私は賛成。柴田くんが私たちを助けてくれた時点で、点数は満点だからね。……ただし」


 お母さんが湯呑みを置く。表情は笑顔でも、その時だけは真剣な眼差しだった。


「責任は取ってくださいね」


 何の責任ですか、なんて聞けない。あれやこれ全てひっくるめての『責任』なんだろう。男として答えは決まっている。


「はい。任せてください」

「任しました」


 そこで、お父さんが咳払い。まだ早いとばかりにわざとらしい咳払いだ。視線がまっすぐこちらに刺さる。


「ギルドを創設されたとのことで」

「ええ。先日認可が下りまして、無事にギルドとしてやっていけることになりました」


 昨日連絡があった。本登録も無事終え、後はギルドカードと銘板を取りに行くだけだ。それは桜と一緒に行こうと思って、ストップしている。昨日は桜が運転免許の教習所に行っていたからだ。


「そうですか。それはおめでとうございます。娘はご迷惑をおかけしていないですか?」

「いえ。桜さんにはいろいろなところで助けてもらっています」

「それは良かった」


 月遙さんが湯呑みを置く。軽い音が大きく響いた。どうやら、この後の本題に入るためのワンクッションの質問だったようだ。


「——きみの想いをまだ聞いていない」

「……俺の、想い」

「娘が『したい』と言うから、娘の言う通りに、で済ませるつもりはない。きみはどうしたい? 桜任せにしていないか?」


 ぐうの音も出ないほどの、図星だった。

 桜の『やる気』に甘えてたかもしれない。桜がしたいから、桜が望んでいるから、に乗っかっていただけかもしれない。俺の口で、言ってない。


「……ご指摘の通りです。桜の提案に乗る形で、俺の言葉が足りませんでした」


 一度、深呼吸。大福がテーブル下で俺の足先を鼻でツンと押す。いけ、って背中を押してくれた気がした。


「俺は、桜さんと同じギルドでやっていきたいです。メンバーとして頼りたい。理由は二つ。

 ひとつは安全のため。一緒にいることが何より安心できます。守るにも、動くにも、同じ場所にいれば間違いはありません。

 もうひとつは、『相棒』として信頼してるから。判断も、覚悟も、俺の背中を押す言葉も、桜さんは持ってます。だから『同居』は、仕事上の必然でもあるし、俺の希望でもあります」

「……仕事の話は分かった。では、きみの感情は?」


 真正面。逃げ道なし。覚悟を決める。


「桜さんのことは、好きです」


 桜が小さく息を呑むのが分かった。


「桜さんも望んでくれるなら、しっかり責任は取ります。でも、まだ桜さんは若い。だからゆっくりと同じ時間を歩みたいと思います」


 椿さんが目を細めて微笑む。


「うん、そういうのが一番安心するね」

「もう一つ」


 俺は続ける。


「桜の将来を狭めるつもりはありません。大学に行くなら全力で支えます。探索と両立する仕組みは作ります。疲れていたら休ませます。……守るだけじゃなくて、未来を広げたいです」


 桜が横で、こくん、と頷いた。


「私も、ひろくんを支える。危ない時は止めるし、迷ったら相談する。一緒に頑張るのが、大事だと思うから」


 月遙さんは、少しだけ目を伏せ、湯呑みを回す。ほうじ茶の香りがふわりと散った。

 大福が「わふ」と一声鳴き、空気をやわらげる。


「最後に、もう一つだけ」


 俺は言葉を選ぶ。


「『預けてもらう』自覚は、持ち続けます。信頼を裏切らないように。……以上です」


 短い沈黙。時計の秒針がいくつか進んだところで、月遙さんは息を整え、うなずいた。


「——分かりました」


 椿さんがにっこり笑って、テーブルの下で月遙さんの膝を小さく小突く。


「素直じゃないんだから」


 月遙さんはわざとらしく咳払いをして、表情を引き締め直す。


「条件は三つ。ひとつ、桜は大学に進学すること。二足の草鞋だ。逃げるな」

「うん」

「ふたつ、桜はもちろん。柴田さん、あなたも無理をしないでください」

「了解です」

「みっつ、月に一回は顔を見せに来ること。お母さんに心配かけないようにしなさい」

「優しいなぁ、お父さん。でも、本音は『お母さん』じゃなくて『お父さん』でしょ」


 椿さんが小声で笑うと、お父さんはむすっとそっぽを向く。耳が赤くなっていた。


「で、だ。どんなところなんだ? 桜が住む家は」


 俺はタブレットを取り出し、拠点の資料を開く。


「実際に見ていただく方が良いと思うので、またお越しください。とりあえず拠点のセキュリティについてです」


 セキュリティ設備について、写真を交えながら説明する。


「……忍者屋敷か」


 月遙さんの感想は、奇しくも俺と一緒だった。


「居住は三階で、部屋は別です。もちろん鍵も。桜さんにはビーコンを持ってもらいます。長押し三秒でこちらとADAに通知されます。県内であれば僕なら数分、近場なら数秒で現地に行けます」

「なんだかスゴそうだけど、家賃とか大丈夫?」


 圧倒されたように、椿さんが聞いてくる。むしろ、ドン引きされているのか。


「既に購入済みですので、その辺りは大丈夫です」

「購入……済み? マンションを? 全部?」

「はい。周囲の空き地も含めて、ウチのギルドのものになっています」

「……ちなみに、おいくらくらい?」

「そうですね……建物に30億、土地に2億くらいでしょうか」

「ふぁぁっ!?」 


 月遙さんがお茶を吹き出しながら奇声を上げた。


「ごほっ! し、失礼……そ、そんなに稼げるのか? 探索者は……」

「ひろくんが特別なんだよ」


 桜が誇らしげに言うから、てへへと頭をかく。


「ちなみに桜さんにも給与として報酬が出てくることになります」


 お父さんが腕を組み、しばらく黙る。


「……しばらくの間は、その報酬は凍結できませんか?」

「凍結、ですか?」

「まだ桜は働いたことがありません。労働の対価として、報酬を得る。しっかりとその辺りを学んでから、お金を使えるようになってほしい」


 確かに、言わんとすることは正論だ。対価の過多は置いておいて、自分で働いて稼ぐという義務を飛ばしてしまっては、桜のためにならない。


「分かってるよ、お父さん。ちゃんと自分で働いて得た分だけ使うようにする」


 俺が何か言う前に、桜が自分自身で言葉にしていた。

 お母さんがくすっと笑う。


「……この子、柴田さんに助けられてから、ちゃんと強くなったの。怖い時に怖いって言えるようになったし、嬉しい時に嬉しいって爆発する。だから——信じて、預けます。娘は娘で、やることはやらせますけどね」

「ありがたく、お預かりします」


 月遙さんが大きく息を吸って、吐く。


「……よろしくお願いします」


 短い言葉に万感の想いがこもっているのが分かった。これが父親というやつなんだろう。


「全力で、守ります」


 大福が「わふ」と間のいい相槌を打った。緊張が笑いに変わったところで、月遙さんの表情もやっと少し緩んだ。

 最後にもう一押し、という顔でお母さんが言う。


「じゃあ、引越しの準備しちゃおうか。桜が使ってる調理用具も持って行きなさい。男は胃袋で掴むのよ」

「うんっ!」

「……覚悟はいいか、桜」

「うん。ありがとう、お父さん」


 桜が立ち上がって、軽く抱きつく。お父さんは目を閉じて一拍置いてから、ぽん、と背中を叩いた。

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