第45話 ギルドの名前
「ギルドの創設ですか?」
白雪さんが意外そうな顔をして、聞き返してきた。
「はい。申請の流れを教えて貰えればと思いまして」
「承知しました。ADA経由で申請できますのご安心を。でも、どうしてギルドを?」
「色々と理由はあるんですが、これから先この子と一緒にやっていくなら、ギルドの方が都合が良いかと思いまして」
「今回みたいに大金が動くから、個人よりギルドの方が節税になるって聞きました。合ってますか?」
「ああ、なるほど。とても良い視点です。桜さん、すごく勉強されてますね」
もじもじしてる桜に、白雪さんが柔らかく頷く。褒められて、桜の耳がほんのり赤くなった。
「税は専門の方に最終判断を預ける前提で——一般論として。個人で受け取った場合は、所得がそのまま個人に入ります。ギルドという“器”で受ければ、必要経費を組織でまとめ、分配できます」
「必要経費って、例えば?」
「装備の購入、消耗品、遠征の交通・宿泊、訓練場や施設の利用、保険料、通信、事務費等々。『共同の探索活動のために必要』であれば、範囲はかなり広いです。
さらに、ギルドで受けた報酬を“給与”や“分配”としてメンバーに渡せます。実態に沿った名目が必要ですが、危険手当や成果報奨、役務の対価として整理できますので、柴田さんのご希望に添うのではないでしょうか」
すぐに察してくれたようだ。俺個人でやっていると、今回のように得たお金は桜に分配することができない。渡そうとすれば贈与税とかややこしい問題がついてくるし、そんな税金を払うのはもったいな過ぎる。
「えっと、こちらですね」
タブレットをスッと回してくれる。コミカルなキャラクターが『ギルドをつくろう』という看板をもっていた。下にスクロールしていくと、まずは必須事項の欄がある。
「これは?」
「ADA《うち》が作成した探索者向けギルド開設の手引き、です。探索者の方々の中には小難しいのを嫌う方もいらっしゃいますので。サル——誰にでも分かるマニュアルを作成したんです」
猿でも分かるって言いかけたよね?
「な、なるほど」
「まずはギルド情報です」
白雪さんは指で項目をなぞりながら、上から順にかみ砕いていく。
「代表者、ギルド名、主たる拠点の住所、連絡先。ここまでが基本情報ですね。加えて——構成員リスト、報酬分配の取り決め、会計責任者、決算月、振込口座、電子署名。それと、反社会的勢力でないことの誓約と、監査に関する同意ですね」
「結構あるなぁ」
「でも、テンプレに沿って埋めるだけっぽいよ」
項目の多さに辟易していると、桜が苦笑いでフォローしてくれる。
「ふふ。頼りになるメンバーですね。次に、定款の作成です。雛形がありますので、後でお渡しします」
「私に任せてね」
桜がどんと胸を張る。なんて頼りになる子……!
「後は、出資金の支払いと、登記申請書類の作成で完了です。オンラインでも申請はできますが、不備があるとやり直しになるのでお気をつけください」
書類関係は難しそうだけど、思ったよりは簡単にいきそうだな。
「ギルド名、代表はもうお決まりですか?」
白雪さんが慣れた手つきでたタブレットを数度タップすると、申請フォーム画面になる。トップには「ギルド新規登録」の文字。
「代表はひろくん、でいいよね?」
「まぁ年長者として大役を担おうではないか」
「ギルド名は……どうする?」
それについては全く考えていなかったな。何がいいんだろう? 俺の渾名をもじった名前にしようか。いや、それだとメンバーが可哀想か。
「うーん……俺と桜にちなんだ名前がいいかなぁ」
「ひろくん……じゃあ、お互いに入れたいキーワードを言ってみる?」
入れたいキーワードねぇ。二人の共通点……と言えるかどうかは微妙だけど、名付けるならアレを使いたいなぁ。
「いいよ。じゃあ、せーので」
「空飛ぶ」
「大福」
桜の『空飛ぶ』は俺の
「空飛ぶ、大福ですか?」
白雪さんの声を聞くと、案外スッと胸に入ってきた。悪くないかもしれない。
「俺は良いと思う。桜は?」
「うん! ばっちりじゃないかな」
「……分かりました。聞き慣れないギルド名ですが、お二人には分かる何かがあるんですね」
確かに、ギルド名って格好良いやつが多いよな。七雄を調べてみたけど、影狼とか
「万一変更するのであれば、正式な申請までに修正してくださいね」
「分かりました」
「次は、主たる拠点、ですね。柴田さんのご自宅にしますか?」
「いや、ちょっと引っ越そうかと思ってます」
「引っ越す?」
桜が驚いた声をあげる。
「ほら、ウチの周りにスパイの影があるって話だったろ? 大事な家に万一のことがあったらイヤだからさ。セキュリティがバッチリの事務所兼自宅みたいなものがあれば良いかなって」
襲撃とかで家が破壊されるのはイヤだもの。この一ヶ月、少し前の俺では予想もできない出来事が立て続けに起こっている。今後も何が起こってもおかしくはない。備えはしておくべきだと思うのだ。
都合良くお金の心配はないからな。妥協せずに選びたい。
「……」
「分かりました。それでは、新居が決まってからの申請にされますか?」
「あ、はい。とりあえず今日は決められるところだけ決めたいと思います」
桜が無言で何かを考えていたが、白雪さんの質問で聞くタイミングを逃してしまった。
「連絡先は、ADAの専用転送番号でも構いません。外部に個人番号を晒さずに済みます」
「それ、ぜひお願いします」
白雪さんがすぐに一つ番号を生成して、申請フォーラムに入力してくれた。
「分配規程はどうします? 雛形から『代表:業務執行・戦術指揮』『副代表:総務・安全管理・会計責任』の項目を残して——成果配分を代表70副代表30とすることで如何でしょう。後で案件ごとに『
「50対50で良いですよ」
「ちょ、ちょっとひろくん! それは駄目だよ。私そこまでの成果出せないし!」
成果が全てじゃないと思うんだよな。そもそもいくらでも稼げるわけだし、桜がいるからこそ俺も頑張ろうというモチベーションになる。だからイーブンで良いと思うんだけど。
という俺の思いは、逆に重荷になるかもしれない、という白雪さんからのアドバイスもあり、結局最初の70対30に落ち着いた。それでも桜は貰いすぎだよ……と呻いていたが、副代表の仕事として我慢していただきたい。
「ボーナスも出せるみたいだぞ。やったね、桜」
「やったね、じゃないよ。ちゃんと働くから……」
頭を抱え始めた桜。ちょっと申し訳ない気持ちが出てきた。すまん。
「桜さんが、常識的な感性をお持ちのようで良かったです。最後に、同意関係ですね。監査・反社・情報管理の三点にチェックを入れて、電子署名を。——これで仮登録が出ます」
白雪さんが送信。画面に“仮登録票”がすぐに現れ、QRコードがぴょこんと出る。このQRコードで、本登録に繋げることができるそうだ。定款、拠点を確定させたら本登録をすれば良いらしい。
「注意点を二つだけ。ひとつは『ギルドの経費=何でもOK』ではないことです。もうひとつは『分配は実態に沿う』こと。名だけの構成員に流すのはNGです。監査でチェックが入るのでお気をつけください」
「了解です」
ズルはできないということだ。まぁする気もないけど。
「お金関係は細かいので、税理士に相談をされた方がいいかもしれません」
「税理士……」
「ご希望あれば、ADAの連携窓口をご紹介できます。探索者向けに明るい事務所のリストがありまして」
「ぜひ、よろしくお願いします」
負担軽減は大事だ。俺のギルドはまったりホワイトでやっていきたい。
「あと、銀行口座です。ギルド名義の口座の開設は、特にご希望がなければADAの口座使用をお勧めします。探索者カードと紐付けられるので、申請も楽ですし、ギルド員への分配も分配規定に基づき自動で行えます」
「俺はそれでいいけど、桜も大丈夫」
「うん」
「承知しました。それでは手続きを進めておきますね」
やっぱりギルドなり会社なりをつくるのって体力がいるんだなぁ。世の起業家の皆様って本当にスゴいと改めて実感した。
「ひろくん、拠点を探さないといけないね」
「そうだなぁ。不動産巡りでもするか」
「もし良ければ、ウチも協賛している探索者やギルド向けの住宅を紹介しましょうか?」
「なんだって」
「やはり防犯を意識される探索者は多いので。セキュリティに力を入れた物件は需要が高いんです。一軒家タイプもマンションタイプもありますよ」
どうやらADAは四次元ポケットをもつ青狸のような存在らしい。必要な物をしっかりと準備してくれているではないか。
「ぜひぜひ。お願いします」
「承知しました。実は柴田さんにぴったりのオススメ物件があるんですよ」
「オススメ物件……だと……」
「ちょっとお高いんですが、柴田さんなら大丈夫です。これから内覧に行きましょう! 絶対気に入りますよ!」
なんだか圧がスゴい。
「……訳あり物件じゃないですよね?」
「違います!」
白雪さんが両手を振って否定するが、ため息を一つ吐く。
「実は……ちょっとウチが調子に乗ってしまってやり過ぎてしまった物件なんです。新築で装備もセキュリティも充実。ただ、ちょっと郊外なのと、金額とニーズが一致しないという致命的な弱点がありまして……」
話を聞けば、やり過ぎた物件というのは、住居とギルド事務所を一体化した“マンション型の一軒家”だそうだ。郊外にあるとは言え、幹線道路が繋がっているので、岡山ダンジョンまではそこまでかからない。外観は高級低層マンション風で地上三階地下一階、屋上付きで装備も充実。ただ、この装備を充実させたことで金額が跳ね上がったらしい。
上位の探索者達は高給取りだが、その辺りのレベルになると基本的にギルドに所属している。そしてそのギルドは低層マンションでは事足りない規模になっているので、低層マンションは選択肢から外れてしまう。そんなの作る前から分かるんじゃないかと思うけど、何か事情があったのかもしれない。
「まぁ、それなら別に大丈夫かな」
むしろ、超小規模ギルドの俺たちからすれば良い条件といえる。
「うん。私も良いと思う」
「ちなみに金額は?」
「……30億程、ですかね」
三階建てのマンションに30億は、確かに高すぎるな。でも、買えないほどではないと思ってしまう自分が怖い。
「高いけど……安い?」
桜も同じような状態に陥ってしまっているようだ。
「ですよね! お手頃だと思いますよ!」
「お手頃ではないですけど……とりあえず内覧行きましょうか!」
「さすが柴田さん!」
必要以上にヨイショしてくる白雪さんに、ジト目を送る。
「……それで、この物件売ったらどれくらいボーナスつくんですか?」
「ボボボボーナスだなんて! ほほほ!」
これは確実に貰えるな。白雪さんのわざとらしい高笑いを聞きながら、俺と桜は苦笑いで見つめ合った。
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