第41話 アメリカとの取引
明けて翌日。オークションの落札者との受け渡しの日だ。
落札されたのが昨日の深夜。入金と受け渡しが今日というハードスケジュール。落札者が日本人なら大丈夫だろうけど、海外の人はたまったものじゃないだろう。という話を桜にしたが、落札した人達レベルならプライベートジェットや政府機があるだろうから、大丈夫なんだそうだ。すごい世界だ。
ADAに到着すると、そのまま白雪に案内されることになった。通路の窓の向こうはよく晴れていて、遠くの屋根の輪郭がくっきりしている。青が濃い。今日は、いい取引日和だと思う。案内されるまま4階にある会議室に入った。
「ようこそ」
先に来ていた伊達が立ち上がる。きちっとスーツを着込み、相変わらずのエリートサラリーマンっぷりだ。
正面には大きな窓。ドアと窓の間に、白い正方形のテーブルが置かれ、それぞれの辺には3つずつ椅子が配置されていた。
窓側の席に案内された俺たちは、二人並んで座る。それぞれの目の前にはタブレットモニターが置いてある。
俺の方には、ADAアカウントに紐付けられた銀行口座が表示されていた。ちなみに預金額は千円。ひもじいな。桜の方のモニターは、いくつかのウインドウが開かれている。桜はそれを一瞥し、白雪さんに大丈夫ですと頷いた。
「早速ですが、オーブはお持ちに?」
俺から見て右側の辺に伊達さんは座っており、その隣に白雪さんが座る。
「はい。こちらです」
大きめのトートバッグの中から、可愛いキャラクターが描かれたミント色の化粧ポーチを二つ取り出す。角に小さなリボン、内側はふかふかの仕切り付き。
昨日、オーブを持ち運ぶ用のケースを準備し忘れていた俺に、桜が「衝撃吸収はコスメが最強」と出してきたやつだ。これで良いのかと思ったが、まぁ気にするものでもないかと即採用にしてしまった。
場に全くそぐわないブツを見ても、伊達さんは「ありがとうございます」と無表情に言い、白雪さんは目じりだけで笑った。
なお、入れ物系はふざけていても、服装はしっかりとカジュアルビジネスで決めてきている。桜もちゃんとジャケットにスーツスカートだ。
「それでは、早速始めましょう。最初はアメリカ合衆国ダンジョン局の方です」
白雪さんが告げると、ドアが開いた。
短く切った金髪の女性が入ってきた。足取りが軽い。灰青の瞳が一瞬で室内を見渡し、すぐに柔らかい笑顔へ切り替わる。
ネイビーのパンツスーツに白いシルクのブラウス。長い足には黒のローヒール。左襟に直径一センチほどのラペルピン。
社章のようになっているが、あれがDDAの紋章なのかな。腕には細身の黒いベルトの時計をつけ、薄型タブレットとスタイラスを持っている。エリートウーマンの匂いがぷんぷんするぜ。
後ろには屈強そうな黒服サングラスの男が二人。よく映画で出てくるSPのような佇まいだ。
白雪さんの案内で、ドアのすぐ側——俺から見て正面の席に腰掛ける。男達は無言で彼女の後ろに立ったままだ。
「米合衆国ダンジョン局のサマンサ・リードです。本日はお招き感謝します」
発音はきれいな日本語だった。英語ができないから助かるわ。予想通り、後ろの男達は自己紹介もない。気にしては駄目なんだろう。
「柴田 浩之です。こちらは柾木 桜。俺のパーティの一員です」
「よろしくお願いします!」
桜が会釈した瞬間、サマンサの目がふっと丸くなる。
「まぁ……なんて可憐なお嬢さん。失礼、少し驚きました。『どんなサムライがこれほどのオーブを手にしたのか』と思って来たのですが、こんな可愛いサムライがいたとは」
「さ、サムライ……?」
桜が小さく固まる。俺は笑って肩をすくめた。
「侍は心の在り方ですから」
「なるほど。さすがニッポン。奥深いです。では——Short & Clear。お願いします」
白雪さんが頷く。
「では、まずは落札者確認を。探索者カードをお願いします」
サマンサが胸ポケットからカードを取り出し、白雪さんが準備した端末にタッチする。ピッと小さな電子音が鳴り、桜のモニターにサマンサの顔写真や氏名など簡単なプロフィールが表示された。
「……確認しました。続いて電子暗号キーを」
後ろに控えていた黒服の一人が、小型の金属ケースを取り出しサマンサに渡す。そのケースからゴツめのUSBメモリーっぽい機器を取り出し白雪さんに渡す。
白雪さんが端末を操作すると、”SIGN / TIMESTAMP = OK”みたいな緑の文字列がパラパラと桜のモニターに映り、小さな電子音がコロンと鳴る。白雪さんが伊達さんに向かって頷いた。自身の端末に目を落としていた伊達さんも、軽く頷き返す。
「よろしいでしょうか?」
「はい。ひろくん、オーブをお願い」
白雪さんに確認されると桜が頷く。事前にこの辺の役割分担は決めていた。桜の能力は多岐に渡るので、事前に説明を受けて入ればこれくらい余裕でこなしてくれる。
俺はミント色のファスナーを静かに開け、伊達さん達に渡す。ふかふかの緩衝材からスキルオーブが輝いて見える。
「確認します」
伊達さんが化粧ポーチを目の前に置く——エリートサラリーマンの前に可愛いキャラクターの化粧ポーチという図に申し訳なさを感じた。もっとまともなケースの方が良かったな——と、しばらくオーブを見つめ、頷いた。そのまま隣の白雪に渡し、同じように見つめると彼女も頷いた。
「確かに。ADAはこの二つのスキルオーブを、【光魔法】、【物理耐性】と認定します」
「ワオ。本物、というわけね。じゃあ、オーダーは?」
「……どちらも★《シングル》です」
伊達さんの応えに、アメリカダンジョン局の面々がざわめく。さすがに黒服達も無言ではいられなかったようだ。
「それでは、入金をお願いします」
そんなざわめきを無視し、伊達さんが決済ウインドウを立ち上げる。サマンサは自前のタブレットを二度タップすると、俺のモニターに二つの数字が表示された。
¥105,742,000,000 と ¥791,000,000。
モニターの左側に表示されたこの数字が、モニター中央で手数料等で引かれ、残りがモニター右側の俺の口座情報の中に移される。静かなチャイムが鳴った。
「入金確認しました」
白雪さんの声。同時に俺の端末に"COMPLETE"と中央に表示が出る。桜が親指を立てた。たった数秒の出来事。でも、これで一千億ゲット。全くもって現実感が沸かないな。
伊達さんが目線を俺に向けてきたので、頷き返す。スキルオーブを入れた化粧ポーチ二つが、丁寧にサマンサの前に置かれた。
「……本物ね。確認しました」
サマンサはポーチを後ろの黒服に一つずつ預け、椅子に戻ってから、灰青の瞳で俺たちを見た。
「ここから、少しだけ探りを入れても?」
「どうぞ。答えられる範囲なら、になりますが」
正直、あんまり応える気はないけど、大金をくれたお客様だ。多少のサービスは必要じゃないかと、俺の日本人魂がささやいた。
「ミスターシバタ、もしくは小さなサムライ、サクラ。あなたたちはオーブを作り出せるの?」
「……は?」
予想外の質問に、思わず変な声が出た。
「オーブって、スキルオーブをってことですか?」
「そう。
「いや、ちょっと数学は苦手で」
「ふふ。誤魔化すのはサムライの美学ではないのでは?」
いや、誤魔化すも何も本当に分からないんですけどね。
「——答えは"限りなくゼロ"です。だからみんな疑ってる。あなたたちはオーブを作れるんじゃないかって」
「そんなことはできないですよ、さすがに」
「じゃあ、どんなことならできるのかしら?」
「うーん……ダンジョンに潜って、頑張ってモンスターを倒して、頑張って★《シングル》のレアなオーブを集めるくらいです」
「……なるほど。さすがランクワン、ですね。どれ程の深層まで潜ればそれが可能になるの?」
やっぱり、もう【位】のことはバレてるんだよなぁ。
「俺たちはまだ5階層です。証明はできませんけど」
「……まぁいいわ。じゃあ、次の質問。他のスキルオーブ、あるいはアーティファクトも持っていますか?」
「ノーコメントで」
「嘘はつかないのですね。そういう姿勢、好きよ」
「光栄です。では、質疑応答は以上と言うことで——」
好きって言葉に反応しすぎですよ、桜さん。男女の好きって意味じゃないから安心しなさい。
「待って。最後の質問。指定のスキルオーブを★《シングル》で入手は可能?」
「指定の? それはなんとも……」
「つまり可能性はあるということですね」
俺の答えに満足気に頷くサマンサ。さすがに一般ピーポーの俺が、百戦錬磨の専門家に敵うわけはない。
「……可能性だけは、誰にでもありますよ」
だから、俺のセリフは酷く負け惜しみ感満載になってしまった。くそう。
「ふふっ、ごめんなさい。DDAはもちろん、私個人としてもあなた達とは仲良くしたいと思っています。あなた方が望む距離で付き合いましょう」
「そうであれば、助かります」
俺が言うと、彼女は立ち上がって丁寧に会釈した。
「可憐なサムライ、ランクワンの素顔、そしてミント色のケース。今日は印象に残るものが多かったです」
「それはどうも」
椅子を静かに戻し、サマンサは男達を引き連れ出口に向かう。
「このあと、イタリアとも交渉ですね。彼らには気をつけて。色々と
「了解です」
ドアが閉まる。張り詰めいていた空気が、やっと弛緩した気がした。
「こんな感じのをあと3回もするんだね……」
桜がげっそりとした声で苦笑いを浮かべた。
「次からは質問に全部ノーコメントでいこう」
「できれば防衛省の時には優しさを見せていただければありがたいのですが……」
白雪さんが申し訳なさそうに言う。まぁ、防衛省とADAはツーカーの仲って言うからなあ。
「……善処します」
まだまだ先は長そうだった。
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