第39話 王獣の牙
虹色の【門】をくぐった瞬間、視界が白く弾けた。足もとが硬いタイルに変わる。
空調の効いた白いロビー。
「ふぅ……現実の匂いだ」
ダンジョン内と現実では感じる空気が違う。大きく息をつくと、横で桜がぱっと笑った。
「ひろくん、戻れたね! 初探索、大成功!」
「ああ。初日にしては上出来も上出来だったね」
「楽しかった! 草原も綺麗だったし、魔法もうまく出せたし!」
手をかざし、小さな水の塊をくるくると回転させる桜。さっきまでの出来事が夢ではないかと確認したいんだろう。
「あっ、桜、駄目だぞ。現実世界でスキルの使用は原則禁止らしい」
「ごめん!」
慌てて魔法をキャンセルするが、その流れは流暢だ。既に魔法の扱い方をマスターしつつある。
「……大丈夫かな?」
「まぁ、誰かに害を及ばなさなければ大丈夫だろ。そもそも本人の意思関係無しに常時発動してしまうスキルもあるわけだしな」
所謂パッシブスキルというやつだ。俺が持っているスキルオーブの中にあるものだと【物理耐性】とか【回復促進】とかがそれにあたる。
それらを取り締まれるかというと、ほぼ困難だ。
だからADAや警察は、『公共の福祉に反するスキルの使用禁止』という限定的な法整備しかできていない。ただ建前上は、現実世界でのスキルは原則禁止としているので、それを敢えて破る必要はないだろう。
桜が着替えのついでにシャワーを浴びるというので、俺も初めてシャワー室を利用してみることにした。これまでの探索は短時間かつほぼ汗もかかずだったので、シャワーを浴びる必要性がなかったのだ。
短くはない時間、更衣室の近くにある休憩室で桜を待つ。何ともなく通り過ぎる探索者達を見ていると、夕方だというのに、これから探索に出かけようとする人達も結構いた。
夜のダンジョンは視界が悪くなりそうだけど、その時間にしか出ないモンスターやアーティファクトでもあるのかもしれない。
「ごめん、ひろくん。待った?」
「いや、全然。俺もさっき出てきたとこだよ」
デートの待ち合わせみたいだな、と思いながら答える。これで正直に『結構待った』と言える男になるべきか、ならない方が良いのか。永遠の謎だ。
しっかりとドライヤーで髪を乾かして出てきていたが、さっきまでと違う雰囲気だ。お風呂上がりの女の子って特別な雰囲気があるよな。と変態チックなことを考えながらカウンターに近づく。
カウンターの奥にいた白雪が、こちらに気づいて歩み寄ってきた。いつもの涼やかな笑顔だ。
「おかえりなさい。初ダンジョン、どうでしたか?」
「すっごく綺麗でした! 草原があって、小川もあって……魔物もいたけど、全部倒せました!」
「それは頼もしいですね。楽しかった、ですか?」
「はいっ!」
白雪が穏やかに目を細める。分かるぞ、白雪さん。純粋に喜ぶ桜って可愛いよね。
「そう言ってもらえるのが一番です。……怪我もありませんね?」
「大丈夫ですっ!」
桜が元気よく答える。そのとき、俺はふと思い出して口を開く。
「ひとつ、報告が」
「はい?」
「5階層の帰還途中で、迷惑行為に遭遇しました。【王獣の牙】と名乗る連中です」
白雪の表情が一瞬だけ固まる。タブレットを操作し、画面を見下ろす。
「……遭遇してしまいましたか」
「有名なんですか?」
桜が首をかしげると、白雪は小さくため息をつき頷いた。ここだけの話ですよ、と小声になる。
「はい。ADAとしても、要注意ギルドに指定しています。
登録上は正規ギルドですが、実態は荒くれ者や元犯罪者の集まり。探索より他者からの横取りを得意とする、いわば探索者の半グレ集団ですね」
「やっぱり……そんな感じでした」
桜が唇を尖らせる。
「なんかね、すっごく感じ悪かったんです。いきなり声かけてきて、ひろくんが止めなかったら絶対絡まれてた」
白雪が視線を俺に向ける。
「……交戦は?」
「してませんよ。向こうが勝手に手を出そうとして、引いていきました」
「……殺してないですよね?」
「当たり前です! 俺をなんだと思ってるんですか?」
「ほほほ。冗談です、冗談。まぁ、彼らからすれば命があったのは奇跡だと、気づいていればいいんですけどね」
白雪さんが軽く息をつきながらとんでもないことを言う。俺はどこの大魔王だよ。俺のジト目に気づいたのか、ごほんとわざとらしく咳をして、慌てたように言葉を繋ぐ。
「お、【王獣の牙】は、岡山支部でも監視対象です。代表は
そのランキングに表示されるのは上位一万人。いつからか、その一万人を
「
「倶蓮牙産業グループって聞いたことはありませんか? 関西では名の知れた地方財閥なんですけど、アーティファクトを使用した装備——魔導具の製造や探索者支援を手掛ける企業をいくつも傘下に持っている、関西には強い影響力のある名家ですね」
なんだかドラマの悪役で出てきそうな企業だな。それにしても魔導具かぁ……。
魔導具——簡単に言うと、ダンジョン由来の力を使って動く道具だ。
大きく二つの種類があって、ひとつは、ダンジョンからそのまま出てくるアイテム、要はアーティファクトだな。
もうひとつは、人の手で組んだ機械や装備に、魔石を仕込んで動かすタイプ。倶蓮牙産業グループが関わっているのは、主に後者の部材と加工だろう。
で、その魔石。
モンスターが落とす宝玉で、誰でも拾えるって代物ではないようだ。ある程度強い相手じゃないとドロップしないから、五階層のゴブリンくらいにならないと出てこない。
そういえば、今回魔石を取り忘れてたな。
ゴブリンの落とす魔石はサイズが小さいので、ドロップした魔石を探すのが大変らしい。それでも魔導具の動力としては使えるようなので、生計を立てる程度には稼げるそうだ。
魔石の中身は言ってみれば環境負荷のない膨大なエネルギーだ。
次世代エネルギーとは桁違いの出力と効率性があり、現代の社会インフラは、もうこれ抜きでは回りにくい。発電や装置の駆動に使うと取り回しがいいし、何よりモンスター相手に特効が出る。
理由は単純で、相手もこっちも魔力でできている部分があるからだ。同じ要素で殴ると、通りがいい。だから、魔石を使って作られた道具は、対モンスターの効きが目に見えて違う。
たとえば、刃に魔石由来の触媒を通してやれば、硬い外殻にもめり込むし、盾に魔導回路を入れて魔石を液体化させ流せば、衝撃が一段和らぐ。ただの鉄やプラスチックで無理やりやるより、ずっと強い。
そんな魔導具は魔石を使うこともあって、とにかく高い。だが、探索者達はこぞって購入する。ダンジョン探索が効率的に進むからだ。
そうするとモンスターのドロップ品やアーティファクトを入手しやすくなり儲かる。儲かれば、より高度な装備に手を出し、魔導具を扱う企業は儲かる。そうして力をつけていったのが倶蓮牙家ということだろう。
そんな面倒くさそうなところと関わりたくない。
「極力避けるようにします」
俺が頷くと、白雪さんは少し柔らかい笑みを見せた。
「それにしても、あなたたちは本当に目立ちますね。ダンジョンデビューしてすぐに超レアなスキルオーブを入手。ダンジョンではギルドトラブル。空前絶後の落札価格になりそうなオークションの出品者——まるで、物語の主役のようです」
「そんな柄じゃありませんよ」
「ふふ……どうでしょう」
意味深な微笑みを浮かべ、白雪さんがタブレットを閉じる。
「契約通り、明後日、ADAJ岡山支所六階でオーブの引き渡しを行います。部長の伊達と私が立ち会いますので、詳細はその場で」
「わかりました」
「それと、【王獣の牙】の件は上にも報告しておきます。ただ……彼らはしつこいので。注意してくださいね」
桜が小さく肩をすくめた。
「なんだかもう、ダンジョンより人の方が怖いって感じですね」
「それは真理ですよ」
白雪さんの口調は軽いが、どこか本気だった。
受付を離れたあと、桜がぼそっと言った。
「……ねぇひろくん、白雪さんって優しいけど、ちょっと怖いところがあるね」
「まぁ賢い人間は、大抵どこか怖いもんだからね」
「……ひろくんも?」
「俺は賢くないからなぁ」
「謙遜は美徳じゃないんだよー」
そんな会話をしながら支所を出る。
既に夕日は沈みかけ、夜の帳が落ちかけていた。
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