第38話 ナンパ
そこから、何回かゴブリンとの戦闘を繰り返しながら、5階層の探索を続けた。残念ながらというかやっぱりというか、アーティファクトが入った宝箱の出現はなかった。
ダンジョン内で拾えるアーティファクトの入手法は二種類ある。モンスターからのドロップと、ダンジョンが生み出す宝箱からの入手だ。
宝箱がどこにどのタイミングで出現するかは全く不明なようで、ランダムに出現するのではないかと言われている。
浅い階層でもごく稀にではあるが出現することはあるので、5階層でも可能性はゼロではない。ただ、傾向として中身は下層に行くほどレア度や効果が高いモノが出やすいようだ。5階層くらいでは、出てもタワシとかモンスターの糞とか、全く役に立たないものがほとんどだろう。
でも、宝箱ってロマンがあると思う。ガチャというロマンだ。
小川の水面に夕陽が映り始めた頃、6階層へ続く階段を見つけることができた。
どうやらダンジョン内にも時間の経過があるようで、周囲は夕焼けに染まっていた。腕時計を見ると時間は既に17時前。現実世界の時間とリンクしているのかもしれない。
「ねぇ、ひろくん。今日って、もう帰る感じ?」
「ああ。初日としては十分じゃないかな」
「ふふ、楽しかったなぁ……怖かったけど」
「それでいいと思うよ。怖さを忘れた探索者は、長生きできないからね」
「ふふっ、説得力あるね!」
探索者歴一ヶ月のおっさんが偉そうに知ったかぶるというギャグをかましているのに、普通に受け取られてしまった。
そんな他愛のない会話をしながら、出口を目指して来た道を戻る。一直線に戻れば、そこまで時間はかからないはずだ。
けれど、畦道を歩いている途中――不意に、前方の草むらがざわめいた。
「……誰かいる」
「え?」
俺が立ち止まると、桜もすぐに動きを止める。
次の瞬間、草をかき分けて三人の男が現れた。全員、軽装の革鎧に鉄の肩当てというポピュラーな装備をした探索者達だ。
だが、その顔つきが普通じゃない。
金や青に染めた髪を逆立てたり、剃り込みを入れていたりと、バラエティ豊かな髪型。動物かよと突っ込みたくなる、顔中にリングピアス。腕や胸元にダサい入れ墨。目つきは獣みたいに鋭く、軽薄だ。ぱっと見で分かる半グレやヤンキーと呼ばれる人種だ。
三人組のリーダー格と思しき男は、左頬に傷があり、笑うたびにそこがひくついた。
「おいおい、なんだぁ? こんなとこでデートか?」
にやりと口角を上げる。
三人が揃って鎧のどこかに赤い牙の紋章を付けている。どこかのギルドに所属しているのか。
そういえば、悪評だけは聞いたことがある。
ADA監視網の抜け道を使って、他の探索者の成果を横取りする。いわゆる半グレ集団が集まっているギルドがある、と。
こいつらがそうなのかは分からないけど、こんな時は関わらず避けるに限る。
「……目を合わせるな。無視して行くぞ」
「う、うん……」
桜の声が小さくなる。けれど、すでに遅かった。
「お、かわいいじゃん」
「新顔か? ソロじゃなさそうだな」
「女子高生? あんたみたいな子が、こんなとこで何してんの?」
桜が一瞬びくっとして、俺の袖をつまむ。
男たちは気さくな感じではあるが、視線が完全に桜だけを見ている。それも獲物を狙うような目つきだ。
「よかったら今度一緒に潜らね? ウチのギルド、女枠がまだ空いてんだよ」
「え、私……」
「戦闘は苦手でも大丈夫。うちの代表、面倒見いいし」
左頬に傷のある男が朗らかに言う。笑顔の裏に、妙な馴れ馴れしさが混じっていた。
俺は軽く息を吐く。
「やめとけ。こいつは俺の相棒だ」
男たちは視線を俺に動かすが、明らかに鼻で笑った。
「相棒? ははっ、オッサンがリーダーか? ずいぶん頼りなさそうじゃねぇか。無理してしゃしゃり出てくんなよ」
「お父さんデスカー? 娘さんをボクに下さーい、ってか!」
「まぁ、オッサンは引っ込んでろ。君、名前なんていうの?」
桜が怒ったように眉を寄せたが、俺は軽く手を上げて制した。
「……悪いが、俺たちはもう帰る。どいてくれないか」
「ぷっ! 強がるねぇ、オッサン」
リーダー格の男が、頬の傷をひくつかせながら、肩を鳴らして一歩踏み出す。
空気が変わった。
桜が息を呑む。その気配を感じた瞬間、男の拳が振るわれた。
何か格闘技をしていたのか、無駄のない速さだ――けど、はっきりと見える。
俺は首を傾けただけで避けた。拳が空を切り、男のバランスが崩れる。その胸元に、そっと指先を当てる。男はたたらを踏んだように後ずさった。それでも転ばなかったのは、探索者だけあるのか。
「この先は喧嘩じゃ済まなくなる。やめとけ」
静かな声で諭すように言う。けれど、殺気というか怒りがわずかに漏れた。
周囲の空気が震え、男の背筋が硬直する。目が恐怖に染まるのが分かった。
あの一瞬で、こいつは悟ったんだろう。
この相手は触れちゃいけない、と。
だが、それを認めるにはプライドが邪魔をしたのか、それとも仲間の前だから強がるしかできなかったのか。さらに突っかかってこようとする。
「や、止めとけ。相手がわりぃ。ヤって負けたら代表に殺されんぞ」
しかし、それを止めたのは後ろに控えていたナンパ仲間だった。大柄な坊主男が、リーダー格の肩を押さえていた。
「……チッ」
リーダー格の男は舌打ちをして一歩下がる。
「俺たち【王獣の牙】は屈辱を忘れねぇ……夜道には気をつけるんだな」
捨て台詞を吐いて、背を向けた。
「ふん、今日はこの辺で勘弁してやらぁ。いいか、お前にビビったわけじゃねぇ。俺たちはギルドの任務があるから行かなきゃいけねぇだけだ。ザケたこと言ったら殺すぞ!」
「……」
取り巻きの二人も続く。捨て台詞が長すぎだ。総じてダサい。
しかし【王獣の牙】ねぇ……また、面倒くさそうな奴らに目を付けられてしまった。これだから半グレヤンキーは嫌いだ。
草を踏む足音が遠ざかり、風だけが残った。
「……大丈夫?」
桜が小さく頷く。
「もー……びっくりした。あれが探索者流のナンパ……?」
「まぁ、探索者のごく一部の界隈のコミュニケーション方法なのかもな」
「ぜんぜん嬉しくないよ」
「正しい感想だ」
桜は眉を寄せながらも、どこか照れくさそうに笑った。
「でも、ひろくんの“こいつは俺の相棒”って、格好よかったかも」
「……そりゃどうも」
「ふふっ、照れてる」
「照れてないわ!」
「照れてる〜」
「……桜、ヤンキーよりタチ悪いな」
「えっへん」
風が吹き抜ける。
夕陽の中、桜の髪が金色に透けて、笑顔がまぶしい。
――こうして笑ってるなら、それでいい。
今日のところは、それで十分だ。
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