第35話 潜在能力値

「やってみてほしい!」

「えっ、でも、変更するには触れないといけないけど、いいの?」


 さすがに年頃の女の子を触るのは抵抗があるぞ。どこから見てもセクハラ案件だ。


「さわるって……どこを……ちょっとまだそれは早いというか……でもひろくんが望むなら、仕方ないというか……」


 さっと腕で胸を隠しながら顔を赤くする桜。もじもじしているが、それは早とちり過ぎる。 


そこじゃないわ! 手とか肩とか、どこでも大丈夫だから!」

「そ、そう……? えへへ……もう、仕方ないなぁ、はい」

「……」


 差し出された小さな手を軽く握る。視界の端に表示させていたステータスに変化が出る。各項目にプラスマイナスのアイコンが表示されていた。


  -------------


 【氏名】 柾木 桜

 【位】  46,841,395

 【恩恵】 碧翠の癒手アクア・エイル

 【天稟】 ★★★★★

 【スキル】水魔法


 潜在能力値タレント・ポテンシャル 42.195

 

 生命力 46 / 46

 精神力 16 / 63

 筋力 (-)12(+)

 体力 (-)17(+)

 器用 (-)19(+)

 敏捷 (-)15(+)

 知力 (-)32(+)

 魔力 (-)47(+)


  -------------


「まずは確実に必要になると思う魔力を一つだけあげてみようか?」

「うん」


 魔法を使うなら、魔力は必須だろう。さっきの楽しそうな姿を見ていると魔力は多い方が良さそうだ。


 魔力の数値を一つ増やして、48にする。問題なくできたが、一つ新しい変化があった。潜在能力値タレント・ポテンシャルが42.195から41.195に減少している。魔力を元に戻してみると潜在能力値も元に戻った。これは、そういうことか?


 桜に状況を説明し、やりたいことを伝えると快諾してくれた。


 それに甘え、魔力の数値を一つ減らしてみると、潜在能力値が43.195に増えた。これは完全にアレだ。ゲームとかであるキャラクター作成画面だ。獲得している能力値を分配し、各パラメータを再設定する、アレだ。


 UIは古くさいが、やってることは凄まじい。自由自在ではないとはいえ、その人のこれまでの経験を覆すことすら出来る、まさに神の所業だった。


 俺自身の能力を変更したときとは自由自在にパラメータの設定が出来たけど、他人には別の効果になるとはとは思わなかった。そんな俺の逡巡する気配に、桜が怪訝な顔をした。


「大丈夫、ひろくん?」

「うん、ああ、大丈夫。ちょっと説明が必要だな、と思って。ちなみに潜在能力値タレント・ポテンシャルって聞いたことある?」


 ひとりで考えていても仕方がない。自分の考えを纏めるのにも良い機会だし、桜に説明してみることにした。


「えっと……聞いたことはないけど……経験値、みたいなもの?」

「うん。桜がこれまでの行動や活動……歩んできた人生の中で積んだ“成長の種”みたいなものだと思う」


 ネットで調べても出てこなかった【潜在能力値タレント・ポテンシャル】という単語。桜ですら知らないんだから、多分知れ渡っていない知識なんだろう。俺も【全てはあなたの心のなかにある】スキルがなければ知らなかったはずだ。


「成長の種?」

「もっと端的に言えば努力の貯金だな」

「貯金?」

「ああ。ヒトは何かしらの行動をすると、自然に“経験値”を得る。歩いたり、勉強したり、戦ったり——全部、少しずつ成長につながってる」


 ヒトは日々の行動を通して経験値——という言葉が正しいかどうかは分からないけど、まあそんなものを得ている。これはダンジョンとか関係無しに当たり前の話だ。練習すれば上手になるし、勉強すればテストで良い点が取れる。経験の積み重ねがあるからだ。それを数値と表すなら、経験値という言葉が適切だと思う。


「その経験値が一定量溜まると、対応する能力が上がる。筋トレすれば筋力、勉強すれば知力、って感じだね」

「うん、なんとなくわかる」

「でも、成長に必要な分を超えて余った分――それが、潜在能力値として蓄えられる。身体が使い切れなかった努力みたいなものかな」


 経験値は一定量が溜まると自動的に各能力——筋力・体力・魔力などへ変換され、能力が上昇する。ただ、上昇に必要な値を超えた“余剰分”は、潜在能力値として蓄積される。


「使い切れなかった努力……それは消えちゃうものなの?」

「いや、消えることはないよ。そのまま身体の中に眠っていることが多いんだけど、何か……強い感情とか特別な出来事があったときみたいなきっかけで、能力に割り振られることがある。危ない場面で体力が上がったり、集中してるときに技術が研ぎ澄まされたり。自分ではコントロールできないけどね」


 つまり、成長の種だ。いつ花開くかは分からないけど、いつかは能力開花として綺麗に咲くかもしれない。


 スポーツ選手でもクリエイターでもどの分野の中でも「覚醒」する人がいる。例えば、野球選手。突然ボールが止まって見えるようになり、成績を急向上させることがある。これはそれまでのトレーニングで貯め、そして活かせられなかった潜在能力値が、何かのきっかけでパラメータに振り分けられたから、と考えてもおかしくはない。


「ふむふむ……なるほど」

「俺のスキル——全てはあなたの心のなかにあるは、本来自分の意思では動かせないこの潜在能力値を、自由に割り振ることができる」

「え、それってすごくない? 努力が完全に報われるってことだよね?」

「うん。でもそれだけじゃなくて、既に能力のパラメータに振られているものを潜在能力値に戻すことも出来るんだ」

「えっ、そんなこともできるの?」


 ドヤ顔で頷く。


「ああ。ふり直しも出来そうだから、好きなように割り振っても大丈夫だと思う。多分……きっと……」

「いきなり自信がなくなってるよ?」


 突然語尾が弱くなったことに、桜が苦笑いだ。


「いや、この力って前例がないだろ? どこまで信じて、どこまで使っていいか、正直先のことが分からないから、不安と言えば不安なんだよな」

「大丈夫だよ」


 繋がっている手の上に、桜がそっともう一方の手を載せてきた。


「大丈夫?」

「だって、ダンジョンそのものが前例がないんだよ? どうなるかなんて誰にも分からないよ」

「それはそうだけど……」

「分からないことを恐れて、今できることができなくなるのはイヤ。もしかしら後悔するかもしれないけど、しなかったら確実に後悔すると思う」


 握られた手に、力がこもった。


「それに私は信じてるよ。ひろくんが、間違ったことをする人じゃないって」


 その言葉に、胸の奥が少し熱くなった。

 こんなふうに言われたら、もう逃げられないじゃないか。


「……桜は、ほんとずるいな」

「えへへ。褒め言葉として受け取っとくね」


 俺は小さくため息をつき、改めて桜のステータスに目を向ける。


「……じゃあ、少しだけ、やってみるか伸ばしたいステータスはある?」

「えっと、何がいいんだろう?」


 そういえば、どんなパラメータがあるのかも言っていなかったな。生命力や精神力は変更できないので、それ以外の項目を伝える。一応解析で分かる範囲でパラメータの説明もしておく。まぁほぼ項目名通りなのでイメージはしやすい。


「どうなりたいか、で伸ばしていくものを決めれば良いと思うよ」

「どうなりたいか、かぁ」


 まぁいきなり未来予想図を決めるのは難しいだろうなぁ。ここは一つ助け船を出そうか。


「ちなみに、トップランカーの水瀬さんはバランス型だったけど、魔力と俊敏が秀でていたよ」


 この前すれ違った時に、こっそり解析していた情報を伝える。ステータスを表示させるだけなら、接触しなくても可能だ。


「えっ、あっ、なんで?」

「いや、なんでって、水瀬っていう人に憧れてるんだろ? 参考にしてもいいんじゃないかな?」

「う、うん……じゃあ、それでお願いしてもいいかな?」


 恥ずかしそうに頷く桜。

 憧れの人を真似るのは悪くないと思うんだよな。俺も草野球でプロの選手を真似ることはよくあったし。


「了解」


 ステータスを操作する度に、光のラインが流れ、桜の身体を淡く包み込んだ。


  -------------


 【氏名】 柾木 桜

 【位】  39,987,251

 【恩恵】 碧翠の癒手アクア・エイル

 【天稟】 ★★★★★

 【スキル】水魔法


 潜在能力値 2.195

 

 生命力 46 / 61

 精神力 23 / 69

 筋力 (-)17(+)

 体力 (-)22(+)

 器用 (-)24(+)

 敏捷 (-)25(+)

 知力 (-)37(+)

 魔力 (-)52(+)


  -------------


 魔力と俊敏を多めに、全体的に割り振った。


「……うん、すごい。なんだか身体が軽くなった」

「違和感は?」

「ないよ。むしろ、力が流れてる感じ」


 どうやら、問題ないようだな。正直、ドキドキしていたけど一安心だ。


「えへへ」


 立ち上がってひとしきり身体の動きを確認していた桜が、こっちに笑顔を向けてきた。


「どうした?」

「ありがとう、ひろくん。なんか……一緒に強くなってる感じ、するね」

「……そうだ、な。一緒に強くなっていこう」

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