第34話 癒し手
装備の袋を抱えた桜が、足取り軽くエレベーターに乗り込む。さすがにフル装備の姿のままロビーに戻るのは恥ずかしかったようだ。
その後ろ姿を見ながら、俺と白雪さんは思わず揃って苦笑した。
「……完全にテンション上がってるなぁ」
「可愛らしくて良いじゃないですか。末の妹を思い出します」
白雪さんには妹がいるらしい。
と、俺たちの温かい保護者目線に気づいたのか、さくらが振り返って頬を膨らませる。
「だって、初めてだよ? ずっと行ってみたかったんだもん! わくわくするなって方が無理だよ!」
「そうだな。でも、俺はちょっと不安だぞ。お母さん達にもダンジョン入ること言ってないだろ?」
桜はいたずらを企んだ子どものように、にこっと笑う。
「ひろくんが一緒なら大丈夫でしょ?」
「それが一番信用ならないんだよね」
培ったものではなく、降って湧いた力だからな。なかなか俺の力すげー!って実感が持てないんだよね。まぁ、使えるモノは使う主義だから、遠慮なく活用させてもらうけど。
「ふふっ! 大丈夫! ひろくんを信じてる私を信じて!」
「なんだそれ」
俺の肩を叩きながら、どこかで聞いたフレーズをドヤ顔で放つ桜。これはテンションMAX過ぎるな。可愛いけど。
そんなやりとりをしているうちに、エレベーターは静かに一階へ到着した。
そのまま受付に向かい、白雪さんにダンジョンへ入る手続きをしてもらう。ここでも桜はウキウキだった。
ゲートをくぐり、桜は更衣室で先ほど購入した装備に着替える。俺は普段着——桜が講習を受けている間にダンジョンに入るかもしれないと思って、動きやすい服装ではあったが——のままだ。
短い廊下を抜けると真っ白い部屋に出た。部屋の中心には虹色の【門】がある。ダンジョンへと続く扉だ。
桜が小さく息をのんだ。
「……これが、ダンジョンの入口?」
「うん。この【門】をくぐれば、ダンジョンに入れるんだ」
その言葉を証明するように、俺たちを追い抜かし数名のグループが【門】をくぐり消えていった。
「なんか……すごいね」
桜が小声で言う。
「人が普通に出入りしてるのに、向こうは別世界なんだ」
「本当になぁ……おじさんにはこの時代の変化はついて行けないわ」
俺もその光の揺らめきを見ながら呟いた。
何度見ても慣れない。
「――じゃあ、行こうか」
「うんっ!」
【門】の前に立つと、目の前の空気がふわりと波打った気がする。
エアコンか、他の何かか。冷たい風が吹き抜けて、桜の髪が揺れた。
「……行きます」
そう呟いて、桜が一歩を踏み出した。【門】に桜の姿が吸い込まれ、消えた。
俺も続いてゲートをくぐる。瞬間、視界が白く弾け――足元の感触が変わる。見渡せば、もう見慣れた灰色の岩壁に囲まれた小部屋にいた。広さは十畳ほど。天井近くに浮かぶ淡い光球が、部屋全体をやわらかく照らしている。
どのダンジョンに入っても、必ず最初はこうした小部屋が存在しているそうだ。
部屋の中央には、子どもの背丈ほどの細長い石柱が鎮座している。脊柱の上部には黒光りするガラス板のようなものが嵌め込まれていた。
「あれが……
「うん。まずはあれに触れてみようか。そしたらD《ダンジョン》カードと
「分かった」
桜は静かに呟いて、
光が桜の全身を包み、目が開けていられないほど眩しくなる。初めて外側からこの光景を見たわけだが、不安になるくらいの強い光だ。
大丈夫かと、俺が思わず手を伸ばした瞬間、部屋の光がふっと落ちた。
静寂。
桜は胸のあたりを押さえて、小さく息を整えていた。顔色は悪くない。むしろ、穏やかだ。
「……ひろくん」
「……桜、大丈夫か?」
「うん……なんか、胸の奥があったかいの」
桜がゆっくりこちらを向き——俺たちの間に免許証サイズのカードが突然現れた。重力を無視して、ゆっくりと桜の手の上に落ちる。
「えっ! これ……」
「Dカードだな。名前とか
「でも、この前ひろくんのを見せてもらったよ?」
この前っていうのは……多分、卒業式の日のことだよな。確かに見せびらかした気がする。
「ああ、あれは……そう。桜だから見せただけ。特別だ」
「特別……じゃあ、私のも見て」
そう言ってカードを差し出してくる。このDカードは不思議物体だ。念じれば現れ、もういいやと思えば勝手に消える。通常は本人にしか触れず、内容を見ることができなくなっているが、他者に見せようと思えば、カードは物質化し渡すことも見せることもできるようになる。
「お、おう。ありがとう」
恩着せがましく言ってしまったのが悪かったのか。特別という言葉が琴線に触れたのか。嬉しそうに差し出してきたカードを、つい受け取ってしまう。まぁ、せっかくだから、見させて貰おうかな。他人のDカードを見るなんて、そうそうない体験だろうし。
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【氏名】 柾木 桜
【位】 46,841,395
【恩恵】 碧翠の
【天稟】 ★★★★★
【スキル】水魔法
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「天才じゃん!」
思わず突っ込んでしまった。
まさかの【位】が一億未満。俺なんて31億番台だったぞ。それに天稟の★が5つもある。平均が3つに満たないらしいので、こっちも超優秀と言える。さらには
しかもスキルは
「えへへ。これでひろくんの役に立てるかな?」
「うっ、泣ける」
健気な桜の発言に、俺の汚れきった心がダメージを受けてしまう。
「んっ、ごほん。碧翠の
「えっとね。多分……できる」
桜の指先から、ほんの少し蒸気のような光が立ち上った。それが凝縮して、小さな雫になり――ふわりと浮かび上がる。
宙に浮いた雫は淡い光をまといながら、彼女の掌の上でゆらゆらと踊っていた。本物の“水”だ。
「わぁ……っ!」
「おおっー! 魔法!」
桜が両手を広げると、雫は彼女の動きに合わせてくるくる回る。滴がいくつも生まれ、大きな水のうねりとなる。
「すごい! 見て、ひろくん! 冷たいけど、あったかい!」
「矛盾してるけど……まあ、言いたいことはわかる」
はしゃぐ桜を見ていると、俺も初めて魔法を使った時を思い出す——と言っても、一ヶ月も経っていないんだけどね。
嬉しかったし、テンションがあがってしまうのもよく分かる。
「あっ」
突然、桜がふらつき倒れかける。慌てて抱き留めるが、腕の中の桜は苦悶の表情で頭を押さえている。
どうした——と問いかけようとして、記憶に引っかかりを覚えた。
「もしかして」
桜に解析を使い、ステータスを表示させる。
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【氏名】 柾木 桜
【位】 46,841,395
【恩恵】 碧翠の
【天稟】 ★★★★★
【スキル】水魔法
生命力 46 / 46
精神力 3 / 63
筋力 12
体力 17
器用 19
敏捷 15
知力 32
魔力 47
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思った通りだ。精神力が尽きかけている。
精神力。ゲームでいうMP《マジックポイント》だ。基本的にアクティブスキルは精神力を消費することで使用できる。一方でパッシブスキルには精神力を必要としないものも多いそうだ。
アクティブスキルとパッシブスキル。
最初聞いたときは何だそれと思ったものだ。
アクティブスキルは能動的に発動できるスキルを意味している。例えば魔法や魔術を使う、身体能力を向上させる、鍛冶をする、料理をするなど、自分の意思でスキルを発動させることで効果がでるものだな。基本的に効果時間が設定されているものが多いし、一度発動させた後には
一方で、パッシブスキルは自動的に発動し、永続的に効果が持続するスキルを言う。アクティブスキルほどの劇的な効果は期待できず、地味だったり大きな変化が見えなかったりするが、精神力を消費せず永続的な効果が期待できるメリットもある。
今回桜が使用したスキルは、水魔法。アクティブスキルに属する、使用の度に精神力を消費するタイプ。ということで、使いすぎて精神力が尽きかけたことにより、頭痛や目眩といった症状が出たようだ。初心者によくある失敗談のようで、講習でも注意されていた。まぁ、そんなことが吹っ飛ぶくらいスキルを使うという体験は特別なんだろう。
ちなみに俺の全てはあなたの心のなかにあるスキルは、アクティブスキルだが精神力は消費しないか、消費量が小さいっぽい。
「精神力がなくなりかけてるんだ。ちょっと休もう」
「……ううっ、ごめんね」
「謝るなって。俺も止められなかったんだし」
桜を小部屋の壁際に座らせて、回復を待つ。
精神力の回復には、基本的には時間経過が一番手頃な方法らしい。精神力を回復させるアーティファクトを使用したり、ご飯を食べたりといった方法もあるが、寝るのが一番簡単にでき効果的、というのが俗説だ。俺の解説くんによると、回復量は自身の魔力によって変わってくるので、魔力が高い桜ならすぐに回復するだろう。
事実、視界の隅に表示させたままにしていた桜のステータスを見れば、精神力の数値が徐々に回復している。
「……少し楽になってきたかも」
「桜は魔力が高いからな。回復も早いみたいだよ」
「魔力かぁ……なんだか不思議な感覚だね」
「慣れるまでは違和感があると思うよ。多分、
以前見た桜のステータスよりも、各パラメータは大きく伸びていた。おそらく
「そういえば、ひろくんのスキルでステータス? を変えることができるんだよね。私のステータスも変更できるの?」
「いや……どうだろう?」
これまでに試した感覚では、ステータスを変更する制限がいくつかある。
まずは、前提として対象に手を触れていないといけない。そして解析を通して対象のステータスを表示させておくことも必要だ。
さらにステータスで表示された全てのパラメータを変更できるわけではない。モノによって扱えるパラメータは異なっているようだ。
「やってみてほしい!」
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