第33話 憧れ
探索者として登録されるためには、講習の受講が必要だ。講習を受け、必要書類を作成し、審査を受け、問題なければADAから探索者カードが発行される。
俺の時は発行までに二、三日かかったはずだ。楽しみすぎて到着までがすごく待ち遠しかった気がする。
なんでそんなことを思い出しているのかというと、原因が目の前でにこにこしていた。
「柾木桜さん、ですね。すでに登録手続きは完了しています」
さっきまでキョドっていた白雪さんが、お澄まし笑顔でピカピカの探索者カードを差し出してきていた。「え?」と桜が目を丸くする。
「だって、まだ書類も——」
「大丈夫です。登録口座に関する書類だけ、後日提出をお願いしますね」
クレジットカードのような白いカードだ。角度によって虹色に反射する、おしゃれなデザイン。俺も持っている探索者カードと同じで間違いなかった。
「……早くないですか?」
思わず口から出ていた。このスピード感、官公庁とは思えない。というか、昨日の今日でカード発行ってどういうことだ。
そもそも、講習会を終えたのが数分前。白雪さんの案内で講習会会場へ到着し、桜と合流したところでコレだ。確実に講習を受ける前から準備されていた。
「ありがとうございます! すごい……これ、思ったより素敵です」
白雪さんは微笑んでいる。けど、その笑みの奥に、何か淡い緊張が混じっている気がする。
「……上の判断です。安心して活動なさってください」
こっそり白雪さんが教えてくれた。その"上"って言葉が気になるわ。こっちへの忖度なんだろうか。
「そこまでしてもらわなくても……」
「え? どうしたの、ひろくん?」
「いや、別に……感謝を伝えただけだよ」
桜はきょとんとしたまま首をかしげる。
その顔があまりにも無垢で、俺は結局それ以上突っ込めなかった。まぁ、大人の汚いやりとりなんて知らなくてもいいよね。
カードを手のひらの上で転がしながら、嬉しそうにしている桜を見やると目が合った。
「ねぇ、ひろくん」
「ん?」
「せっかくカード貰ったんだから、ダンジョン見に行ってもいいかな?」
出た。上目遣いでのお願い。あざとい行為も桜がするとなぜか自然に可愛いと思える動きになる。
その無邪気さ、プライスレス。俺じゃなきゃイチコロだね。
「いや、見に行くって……ダンジョンは危険なんだぞ。準備なく行くのはなぁ……」
「見るだけだよ? ちょっとだけ、無理はしないから!」
「“見るだけ”で済むと思えないんだよなぁ」
と、ホテルの前でカップルがやるようなやりとり(立場は逆だが)になってしまった。こう見えて桜は結構、
苦笑しながら、桜の格好を改めて見た。薄手のカーディガンに白いスカート。ダンジョンどころか、公園デートの方が似合う服装だ。
「まず格好がアウトだな。泥とか埃まみれになるぞ」
「え、そう?」
「そう。もうちょいこう……動きやすい服じゃないと、お母さんが悲しむぞ」
俺が肩をすくめたそのとき、白雪さんが苦笑いを携えながら控えめに手を挙げた。
「もしよければ、ADAの販売所をご利用ください」
「販売所?」
「はい。支所の二階に専用の装備売り場があります。初心者向けの軽装から、上級探索者モデルまで。女性用も揃ってますよ」
桜の目がぱっと輝いた。
「えっ、そういうのあるんですか!?」
「ええ。見学だけでも歓迎です」
白雪さんの穏やかな笑みは、どこか嬉しそうだった。
多分、俺たちがそこで購入すれば、紹介者として幾らかマージンを貰えるな、これは。
「……ま、見るだけなら、いいか」
俺がため息交じりに言うと、桜がにこっと笑って頷いた。
「やった!」
白雪さんが軽く会釈をして、奥のエレベーターを指さした。
「では、ご案内します。販売所は2階になります」
るんるんで白雪さんについていく桜の背中を追いかける。白いスカートが、ふわっと揺れる。その光景が、妙に印象に残った。
エレベーターの扉が開くと、そこは小さなショッピングモールみたいな空間だった。
壁一面に装備が並び、金属と布の匂いが混じったような独特の空気感。白い床にはADAのロゴが大きく描かれており、天井の照明が金属光沢を反射している。
どうやら向かって右手側が武器、左手側が防具やアクセサリー売り場となっているようだ。
武器のコーナーには、西洋風の剣や光るブレード、槍やハンマー、ライフルのような武器までが壁一面に飾られている。
防具やアクセサリーのコーナーには、布と金属の中間のような素材でできた軽装スーツ、マント、手袋、ブーツが所狭しと並んでいた。
その奥では、試着スペースの鏡に映る探索者たちが、動作確認をしながらスタッフにフィッティングを見てもらっていた。
これは見ていて飽きないな。
「わぁ……!」
桜が一歩踏み出すなり、子どものような声を上げた。
「すごい、ほんとにお店みたい!」
「うん、ここはお店だな」
「でも想像より本格的!」
言いたいことは分かるぞ。
白雪さんが軽やかに歩き出す。
「武器や防具はすべてADAの整備、監修品です。安全性、安定性ともに保証されていますので、初心者の方でも安心ですよ」
「ほんとに何でもあるんですね!」
桜は目を輝かせながら、展示棚を覗き込む。
その足がすぐに、ひとつのマネキンの前で止まった。
そのマネキンが着ていたのは、濃紺のショートジャケットに光沢のある防護布のスカート。
胸元には、水の紋章と刀を模したエンブレム。
「こちらは、“水瀬モデル”ですね」
白雪さんが流暢に説明する。
「人気の高い上級探索者仕様ですが、初心者向けに軽装版もありますよ」
桜は一瞬きょとんとして、頬を赤らめた。
「え、あ……す、すごいですね、これ……」
「知ってるの?」
俺が尋ねると、桜は両手を胸の前で組んだまま、ちらっとこっちを見た。
「……ちょっとだけ、憧れてる人なの。あの人みたいに、強くて綺麗で……でも優しい感じがして。いつかあんな風になれたらって」
照れてる桜が可愛すぎるんですが。
「じゃあ、買えばいいじゃん」
「えっ、でも高そうだよこれ!」
「いいんだよ。将来のギルド員への投資だ。俺が出すよ」
「ひろくん……! ありがとう!」
ぱっと桜の顔が明るくなった。
白雪さんが静かに微笑み、端末を操作して見積りを出す。
「では、こちらの軽装版一式と、防護マントを。体格に合わせて調整いたしますので、少々お待ちください」
端末に表示された価格に、思わず口元が引きつってしまうが……きっと大丈夫。だって近日中には百億に近いお金が手に入るんだもの。というか、未だに信じられないな。
まぁ、万一手に入らなくても、一度奢る宣言した後にやっぱ止めます、は大人の男として格好悪い。さすがにそんな姿を桜には見せられないよな。
「……すごいな。ほんとにいろいろ揃ってるんですね」
「ええ。ADAには、契約している専門技師がたくさんいますから。日々進化していますし、最新モデルも安定して入荷されるんです」
スタッフに案内されてフィッティングルームへと消えていった桜を待つ間、店内を物色してみる。
確かに多種多様な装備があるが……どれも高いなぁ。この振動式ブレードなんて二百万もするよ。買えないよ。
「こちらは中級者用装備ですね」
「中級でもこの値段するんですね……」
中級がどれほどのレベルかは分からないけど、脱初心者がこの値段のものを買えるようになるのか。ダンジョンドリーム凄まじいな。
と、一人で唸っていると、桜がフィッティングルームから出てくる。
「……お待たせ」
白い肌に映える深い青の上着。部分的にプロテクターが装備されている軽装スカート。防具のラインが控えめに光っている。腰のベルトには装備用のホルダーがあり、軽装でもきっちり探索者仕様だ。
さっきまでの私服姿とはまるで違う姿に、息を呑んだ。
「どう、似合う?」
少し恥ずかしそうに、裾をつまんで微笑んだ。
「……似合ってる。やばい」
本音が漏れた。
「もう、柴田さん! もっと褒める言葉を勉強してください!」
思わぬダメ出しがでるがそれはスルーだ。
桜は照れ笑いしながら、軽く回ってみせた。裾がふわっと揺れ、光が反射して、まるで女神様みたいだった。
白雪さんが満足そうに頷く。
「とてもお似合いです。――きっと、良いダンジョンデビューになりますよ」
きっと白雪さんは社交辞令的にその言葉を言ったんだと思う。でも。まさか、それが本当になるとは、このときの俺たちは、まだ分かっていなかった。
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