第32話 オークション

 最近、ほぼ毎日来ている気がするADA日本支部岡山支所。今日も今日とてやって来たわけだ。


 大河原の事件から一週間。

 無事に誕生日を迎え、探索者になる資格を得た桜が家族旅行から帰ってきた。事件後も日本一周温泉旅行を続けていた桜一家だったが、その後は何も問題なく旅路を終えたそうだ。


 というか、あんな事件があっても旅行を続けるのは強いな、と思っていたが、どうやら桜のお父さんの休み的に、このチャンスを逃すと次は当分先になりそうだという現実的な理由で旅を続けていたようだ。世知辛い世の中だ。


 何はともあれ、帰宅してきた次の日には、桜と一緒にADAに行くことになっていた。行動力が若い。


 桜は決死の覚悟を決めた顔つきで講習会へ——そんなに気張るモノではないんだけどな、と苦笑いで送り出し——俺は、待っている間にダンジョンにでも行こうかと考えていたが、受付で白雪さんに捕まってしまった。


 にこやかだが全く目が笑っていない、めちゃくちゃ圧を感じさせる笑顔で迫れると恐怖を感じる。


「柴田さん、ちょっとこちらへ」


 と、連れて行かれたのは4階にあった小さな会議室だった。

「あの……連れが講習会を受けているので、あまり時間が取れないんですが……」

「大丈夫です。とりあえずおかけになってください」


 全然大丈夫じゃなさそうな声で、座れと高級そうなソファに誘導される。


「少々お待ちください」


 そう言い残し、そそくさと部屋を出て行く白雪さん。

 取り残されたような感じになってしまい、正直手持ち無沙汰になってしまった。スマホで時間を潰そうかとも思ったが、こちらを伺う気配を感じているから落ち着かないな。


 白い壁とガラスのパーティションに囲まれた小さな会議室には、エアコンの音と時計の針の音だけが、空気を震わせていた。


「お待たせしました」


 静かにドアが開き、紺のスーツ、穏やかな笑みを浮かべた男が入ってきた。この前、大河原の事件の際に取調室にいた男だった。オーブの確認の際にも会っていた、確か名前は伊達さん。ADA岡山支所の責任者っぽい感じの人だ。その彼の背中には白雪さんがいた。


 伊達さんはテーブル越しに座り、静かに息を整えた。白雪さんは彼の隣に腰掛けた。


「お久しぶり——と言うほど間は開いていませんね。先日はオーブの出品ありがとうございました。ちょうどお話したいことがありまして。お手数をおかけして申し訳ありませんが、少しお時間を頂きたい」

「お話したいこと?」

「ええ。その前に、オークションの確認はされています?」

「はい。今朝も見てましたが、すごいですね。光魔法が90億円近くになっていてびっくりしました」


 ADAのオークションは、一度出品してしまえばネット上で様々な情報が確認できるようになっていた。自分のIDでログインすることで、現在の落札希望価格や落札希望者のIDも知ることができた。


 伊達さんに目配せを受けた白雪さんが、手元の端末を軽くタップする。

 テーブル上に、ADA公式オークションの画面が投影された。

 表示された数字を見て、思わず息を呑む。


 光魔法スキルオーブ / ★ / 10,702,467,000 JPY / US-P-VHKPB6XT

 光魔法スキルオーブ / ★ / 10,782,045,000 JPY / GB-C-S3D8HRZN

 光魔法スキルオーブ / ★ / 10,849,971,000 JPY / JP-G-96AF6ZAJ

 回復促進スキルオーブ / ★ / 202,467,000 JPY / RU-G-MJEBQ6FD

 物理耐性スキルオーブ / ★ / 396,293,000 JPY / GB-C-S3D8HRZN


「既に、光魔法の最高値は108億。3つ合わせれば300億を超える金額になっています。――出品五日間のうち、残りはあと二十四時間です。おそらく、より値は高騰するでしょう」

「なるほど……」


 その金額に驚くが、正直まだ現実感がない。それに金額が大きすぎるのも、実感として沸きづらくしている気がする。おかげでリアクションがすごく塩になってしまった。ここはもっと驚いた方が良かったのか。


「さすがですね。この金額では驚くに値しない、と」

「いや、驚いていますよ」


 マジで。

 というか、100億単位を見ると物理耐性や回復促進の億単位が安く見えてくるから恐ろしい。


「まぁ、スキルオーブ——それもスキルオーダーが少ないモノは高値がつきやすいですからね。予想はされていましたか」

「いやいや、本当に予想外で……」


 はははと乾いた笑いで応えるが、なんだか俺のことを誤解してそうで怖いな。


「それでですね。今回の本題は別にありまして」


 まぁネットで分かる情報を伝えるためだけに、わざわざ別室に呼び出すことはないよな。


「ADA本部からの照会が入っています。そして、米国ダンジョン局からも正式に。各国が、貴方を血眼で探しています」


 単刀直入に言われた。伊達さんという人物とそこまで付き合っているわけではないが、なんとなく分かってきたことがある。この人は基本実直なんだろう。必要であれば言を弄するが、必要なければシンプルを好むんだと思う。


「……それは、オーブを——それも★《シングル》を一気に複数出品したから、ですよね?」

「その通りです。業界は大騒ぎですよ。稀代の詐欺師から神の遣いまで、貴方を称する呼称を上げればきりがありませんね」


 詐欺師とは人聞きが悪いが……でも、逆の立場ならそう思っても仕方のないことをしている自覚はある。


「ADA管理の下オークションは実施されており、柴田さんの出品コードは一度限りのゲストIDを作成していますので、安全性は確保されています。ですが、落札後は直接対面での受け渡しが行われるため、身バレのリスクは跳ね上がります」

「そうですね。でも、それは覚悟した上で決断したつもりです」

「……それを予想されていて、なぜここまでの出品を?」


 そもそもは、光魔法一個の出品予定だったのだ。白雪さんにもソレしか見せていなかったから、追加で出したいモノがあると言ったときは、顎が外れそうなくらいドン引きする顔をしていた。


 5つものスキルオーブを出そうと思った理由、か。


 不要なスキルオーブをいつまでも持っていても仕方ないし、なにより大金がほしかったという欲があった。

 それは光魔法一個売るだけで十分叶うわけだったのに、なぜ多くのスキルを売ろうとしたのか。多く売れば売るほど目立つわけで、そのリスクを背負い込むメリットはどこにあるのか。


 伊達さんが疑問に思うのは、当然だろう。


「光魔法一つでも注目は集めますよね? 獲得方法を知ろうとしたり、得たお金を奪おうとするために非合法な手段を取ってくるヤツも出てくるかもしれない」

「その通りです」


 一つの出品なら、奇跡的な幸運をもった男、で片付けられる話かもしれない。

 でも、それでもきっと大きな騒ぎになるはずだ。初めての属性の原始魔法オリジン。それも★《シングル》。話題にならないはずがない。それで十分リスクは生まれてしまう。


 それに今後も同様にオーブは出品予定だ。俺の存在が狙われるのは時間の問題だと思う。


「だったら、★《シングル》のオーブを今後も入手できるかもしれない、という僕の可能性を敢えて伝えることで、ADA——あるいは日本は、僕に手を出されないように努力せざるを得ないと思ったんです」


 自国の利益をみすみす他国や非合法な連中に明け渡すことは、そうそうないはずだ。いくら日本が平和惚けの甘い国と言われていても、きっとその辺りの判断は適切にできるだろう……多分、きっと……おそらく。


 政府が無理でも、伊達さんをはじめとしたADAなら、少なくとも防ごうとはしてくれると思った。


「……貴方ほどの力があれば、政府の力を頼らなくても問題ないのでは?」

「買いかぶりすぎですよ。それにもし万一僕にそんな力があったとして、僕に仲間が出来たときを考えると一人では限界があると思うんです」

「仲間、ですか?」

「ええ。いずれは自分のギルドをつくろうと思っています。その時、僕以外のメンバーの安全確保の手段は多い方が良い」


 蛇の道は蛇というからな。各国の諜報機関がどのような存在か、俺には分からない。映画で観た世界が全てと信じるほど幼くはないし、未知ほど怖いものはないと知っている。だからこそ、日本の防諜能力を使おうと思った。


 確かに俺一人ならなんとでもできそうだ。でも、桜はどうだろう。俺が側にいるときなら良い。でも、四六時中一緒にいるわけではない。大河原の事件の時だってそうだった。


 そもそも桜と一緒にダンジョンに潜らない、ギルドもつくらないという選択肢もあると思う。それで安全かというとそうではないと思うんだ。


 既に大河原の事件で、俺と桜の距離が近いことは——少なくとも警察やADAには知られている。一人でも他人の中に知っている人がいれば、それが周知の事実になるのは時間の問題だと思う。


 つまり、桜が俺のアキレス腱になることは知れ渡っていると考えて行動する方が、リスクマネジメントになるんじゃないかということだ。


 ——桜。


 今ごろ講習会で探索者になるための講習を受けているはずだ。

 晴れた顔で探索者証を受け取って、笑う姿が目に浮かぶ。


 あの日――家族ごと命を狙われた少女。

 それでも、無事に帰ってきて、前を向こうとしている。

 その未来を壊すわけにはいかない。


 だから、先に俺が動く。

 一気に五つ。光魔法も、回復促進も、物理耐性も。


 ただの光魔法の一発じゃ、本気にならないかもしれない。でも五つ並べたら、世界は反応する。善くも悪くも世界は動く。


「……なるほど。上手く我々を使おうということですね」

「そんな大それたことは考えてないですよ」

「ですが、今は貴方の思惑通り進んでいる……もし政府が貴方を強制的にでも"保護"するつもりになっていたらどうされるのですか?」


 保護という名の拘束か。


「もちろん、万一を考えて別の保険はかけていますよ。さっき伊達さんも仰ってたじゃないですか。僕ほどの力があればなんとやら、ってね」


 ちょっとだけ"敵意"をぶつけてみる。

 ただそれだけで、空気が変わった。


 温度が一瞬で下がる。世界がざらりと軋む音を立てる感覚。

 視界の端で白雪さんの表情が凍り付くのが見えた。彼女の喉が小さく鳴った。息を吸うことさえ、ためらうように。


「だから、"保護"は不要です」


 意識的に、にっこりと微笑む。重く張り詰めた空気が、一気に緩んだのが分かった。

 伊達さんは姿勢を正し、少し乱れた呼吸を整えた。わずかに口角を上げる。


「……理解しました。言葉の選び方は、もう少し考えるべきでしたね。ご安心を。少なくとも我々は貴方の……いえ、全探索者の味方でありたいと願っています」

「それだと、心強いです」


 実際、保険をかけておくとか言ってるけど、まだまだ不十分だと思ってるんだよな。


 だから桜自身に、ある程度のリスクを切り抜けられるように強くなって貰いたい。

 俺の【ステータス】や【解析】などの能力を活用することは、桜の実力を伸ばすのに大きなアドバンテージがあると思う。


「……部長、そろそろ講習会の終了予定時刻となります」


 生気を取り戻した白雪さんが、伊達さんに耳打ちする。


「お時間を取ってしまい、申し訳ありませんでした」

「いえいえ、貴重なお話をありがとうございます。参考になりました」


 どうやら少なくともADAや日本政府は、俺に敵対する意思がないことは分かった。それだけで大収穫だ。


「何かあれば白雪を通して連絡をください」

「えっ?」


 立ち上がりながら伊達が笑顔で白雪さんの肩を叩いた。白雪さんはムンクの叫びのような顔をして、伊達さんを凝視していた。「聞いてねぇよ」という心の声がダダ漏れだ。


「ありがとうございます。白雪さん、今後もよろしくお願いしますね」

「え、ええ。まぁ、はい」


 めっちゃキョドりながらも笑顔で応えてくれる。そんなに怖がらなくても良いのに。ちょっと驚かしすぎてしまったか。


「今回のオークション、お前の担当の出品だ。ボーナス期待できるぞ」

「お任せください。全力でサポートいたします」


 伊達さんのぶっちゃけに、見事な変わり身を披露する白雪さん。そんな情報を外部の人の前で言って良いのか……。


 俄然張り切り始めた白雪さんの案内で、講習会が行われているホールまで連れて行ってもらう。

 その間俺の目は完全にジト目になっていたけど、それは仕方ないことだと思う。

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