第30話 ギルドをつくろう

 黒渡が去った後、氷の溶けたジュースに口をつける。ちょっと水っぽい気がする。せっかくの高級ミックスジュースだったのに。


 残念な気持ちを抱いていると、桜が口を開いた。


「……ねえ、ひろくん。さっきの話、本気だったの?」

「ん?」

「“自分でギルド作りたい”ってやつ。あれ、びっくりした」

「いや、あれは……その場の勢いというか、断る口実というか……」


 と言いながらも、自分の声が少しだけ揺れているのを感じた。勢いはあったが、嘘でもなかった。ギルド設立という未来が、すっと心に落ちてきている。


「でも、いいと思う!」


 桜が顔を上げた。笑っていたけど、その瞳はまっすぐだった。


「きっとひろくんのギルドって素敵なものになりそう」

「そうかなぁ?」

「私の直感だけどね」

「直感かよ」

「ふふっ。あと、ひろくんの性格?」

「性格?」

「人の面倒見ちゃうタイプ。困っている人は放っておけない。そういう人が作るギルドって、きっといいところになると思う」


 真っ直ぐ言われて、思わず言葉に詰まった。心の底からの信頼を携えた瞳で見られるのは、ちょっとくすぐったい気がする。


「でも、ギルドのことなんて全然知らないからさ。作るにしても当分先になるなぁ……」

「ふーん……」


 桜は腕を組み、少し考え込む。


「ひろくんの知ってるギルドってどんな感じ?」

「うーん……なんか探索者達が仲間作って一緒にダンジョン攻略する、仲良しサークルみたいな……もの?」

「ふふっ。言い方が微妙だけど、概ね間違いじゃないよ」


 カップを手に取りながら、桜が説明してくれる。


「ギルドってね、ダンジョンを攻略したり、そこで手に入る資源を効率的に集めたりする探索者たちの共同体なんだ」

「ふむ。要は、チームみたいな?」

「うん、でもチームっていうより“会社”に近いかな。

 ギルドに入ると、戦い方とか探索のコツを教えてもらえたり、装備を安定して仕入れられたり、訓練を受けられたりするの。

 逆にギルド側からしたら、探索者は戦力。戦う社員って感じだね」


「社員、かぁ。それで給料が払われるわけね」

「うん。何年か前から、ギルドは法人扱いになったんだ。ダンジョン法人ってやつ。だから、ちゃんとした営利事業として登録できるの。

 国に申請すれば法人コードも貰えるし、税金の面でも優遇されるらしいよ。

 いわゆる合同会社に近い形なんだって。社長も社員も探索者。すごいよね」

「……ほぇ~」


 思わずため息を漏らした。

 俺の世代では“ギルド”なんてゲームの中だけの存在だった。それが、今では現実の企業形態として成り立っている。

 そう考えると、不思議な世界になったものだ。


「でね、設立条件がまた面白いんだよ」

「条件?」

「うん。社員は最低一人でいいの。つまり、ひろくん一人でもギルドを作れる!」

「え、マジで?」

「マジマジ。資本金は1円でいいし、登記にちょっと費用はいるけどオンラインでできる。

 もちろん、登録したあとで他の探索者を“雇う”こともできるけど、最初はひとりでも大丈夫」

「一人ギルド、か……。なんか寂しくないか?」

「そこはこれから増やせばいいじゃん。ひろくんみたいな人がトップなら、きっと一緒にやりたいって人が集まるよ」


 桜がそう言って微笑む。

 その顔が、さっきまでの不安を全部溶かしていくようで、思わず視線を逸らした。


「私も……ひろくんのギルド入りたい」


 桜がストローをいじりながら小さくつぶやいた。さっきまでの真っ直ぐな眼差しと違い、少し自信なさげに瞳が揺れていた。


「ん? 当たり前だろ?」

「え?」

「そもそも最初のメンバーは桜に決まってるだろ。めっちゃ頼りにしてるんだからな」


 可愛い。真面目。できる。性格も良し。

 こんな天が二物も三物も与えたような人材、逃すわけがないじゃないか。


「う、うん! 任せて!」


 一瞬目をぱちくりさせた桜は、満面の笑みで頷いた。


「しかし、それにしても、よく知ってるな」

「ふふっ。私も探索者になろうとしてたから。経理とか税務関係のことまでしっかり勉強したんだ」

「それはすごいな……勉強頑張ったんだなぁ」


 俺はその辺が疎いから、正直助かる。


「でしょ? ということは、私が副代表ということか」

「いや、桜が代表でもいいよ」

「えー! それは駄目だよ。私代表って柄じゃないし、誰もついてこないよ! やっぱりダンジョン法人だから、代表にはある程度の力が求められるしさ」

「そうなん?」

「うん。七雄セブンスはもちろん、たくさんあるギルドのほとんどがそうだね。研究とか商売とか専門分野に特化したギルドは違うかもだけど、そこでもその分野のトップが代表になってるよ」

「なるほどなぁ……」

「大丈夫! ひろくんなら立派な代表になれるよ!」

「期待が重いぜ……」


 ふたりで笑った。

 それでも、その笑いの中にほんの少しだけ、現実味が混ざっていた。冗談半分に言った言葉が、今は不思議と軽くない。


 ――ギルド、作るのも悪くないかもしれない。


「まぁ、すぐすぐじゃないからさ。ゆっくり考えていこうか」

「うん、名前とかロゴとかも必要だしね」

「いろいろと決めること多そうだなぁ……ちょっとダンジョン行きながら、他のギルド見てみるわ」


 店員を呼び、飲み物のおかわりを注文する。

 日が暮れるまで、桜とギルドについての話で盛り上がった。

 その中で、確かに心の奥で小さな火が灯るのを感じていた。

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