第29話 影狼
桜一家が滞在先として宛がわれたホテルは、駅にほど近いところに位置するホテルだった。元々滞在していた旅館が襲撃に遭い半壊してしまったため、滞在客は別のホテルに退避を余儀なくされてしまったのだ。
「立派なホテルだなぁ……」
感想を漏らしながら正面玄関からホテルに入ると、シャレオツなホールが出迎えてくれた。
重厚な絨毯にキラキラのシャンデリアと、まさにホテルのロビーだ。ちょっと非現実を感じさせる雰囲気は、何歳になってもテンション上がる。
さて。桜からホテルに着いたら連絡がほしいと言われていたので、さっそく連絡しようか。桜のスマホは破壊されてしまっていたので、母親の椿さんにメッセージを送る。
「失礼。柴田様でしょうか」
「んえ?」
ロビーに備え付けられているソファに腰掛けスマホを操作していると、頭上から声がふってきた。予想外のタイミングで自分の名前を呼ばれたものだから、変な声での返答になってしまった。
見上げれば、一目で高級感が分かってしまう黒のスーツを着こなした優男が立っていた。全身をスーツで隠しているので分からないが、どちらかというと華奢な感じがする体躯だ。
しかし、スッと立つ佇まいから独特の雰囲気――ファンタジー的に言えばオーラのようなものを感じる。間違いなくデキる人間なんだろう。さっきまで話をしていた伊達さんと似たような感じだ。
表情は笑顔だが、黒縁眼鏡の奥にある眼は笑っていない。
「えっと……」
初対面で間違いないよな。一度会ったら忘れなさそうな存在感だけど……。
「初めまして。私、【影狼】ギルドの黒渡と申します」
慣れた手つきで名刺を差し出してくる。シンプルな名刺には【影狼】と【黒渡篤彦】という二単語だけが書かれてある。
ソミーや賛天堂といった大企業と同等以上の認知度を得た大手ギルド。その中でも特に有名なギルドがいくつかある。
その中の一つが、この男の所属する影狼ギルドだ。ダンジョンから一定の距離を取っていた俺でも知っているくらいの超有名ギルド。特に情報戦略に特化したギルドという話は聞いたことがる。
「黒渡、さんですか?」
「突然申し訳ありません。ぜひ柴田様に聞いていただきたい話がありまして」
ズイズイと迫ってくる黒渡という男。男に迫られても全然嬉しくないぞ。むしろ知らない人が急に近づいてくるから恐怖が勝つ。
「えっと? 話ですか?」
「ええ。こちらではなんですので、あちらの喫茶店でどうでしょう」
「どうでしょう、と言われても……ちょっと用件が分からないと」
見知らぬ男がグイグイと来たら、普通は相手にせずその場を離れるのが正解なんだと思う。今回も名刺を差し出してきたところで、本物かどうか分からない。
だが、俺は迷惑電話でもちゃんと話を聞いちゃうタイプだ。無視して去るのはちょっと難しかった。というかソファに座ってしまっている状態も良くなかった。立ち上がるスペースがない。
「あっ! ひろくん!」
正直困っていたところに、救いの女神の声が降りてきた。
「あっ、桜」
エレベーターから降りてきたんだろう。俺を見つけたからか満面の笑みで走り寄ってくる桜の姿が見えた。尻尾があれば凄い勢いで振り回してそうなくらい嬉しそうだ。まるでゴールデンレトリバーみたいで可愛い。ほっこりする。
しかしそんな桜の表情は、俺の置かれている状況をみて戸惑いの色に染まる。
ソファに座る俺。その前に覆い被さるように立つ華奢な美形。なんだかイヤンな感じだ。
「ひ、ひろくん……なにをしてるの……かな?」
「いや、これはだな!」
近くまで来た桜が恐る恐るといった感じで尋ねてくる。
「これは失礼。私、こういうものでして」
サッと振り向いた華奢男――黒渡は、胸元から取り出した名刺を桜にも渡していた。
「あ、ありがとうございます?」
勢いで受け取った桜は名刺に眼を落とし、ほへーと驚いていた。可愛い。
「影狼ギルドって、あの
「このような麗しのお嬢様にまで我がギルドの名が伝わっているとは恐悦至極に存じます。
本日はこちらの柴田様にお話がありまして参った次第です」
慇懃な礼を華麗に見せながら、黒渡がニヒルな笑みを浮かべた。
「えっと……
「あの、が何かは分からないけど、多分ひろくんが考えているので合ってると思うよ!
日本最王手のトップギルド7つを総称して
ドヤ顔で解説してくる桜。どうやら探索者になろうと考えてただけあって、ダンジョン界隈には詳しいようだ。
「では、あちらに席を確保しておりますので、どうぞよろしくお願いいたします」
どうやら喫茶店の席は既に確保済みらしい。
桜を横目で見れば、何を期待しているのかキラキラした眼差しになっている。どうやら、ここから逃げ出すわけにはいかないようだ。
「はぁ……分かりました。伺います。桜――この子も同席しても大丈夫ですか?」
「もちろんです。ありがとうございます」
黒渡が満面の笑みで手を広げる。相変わらず、この人、眼が笑ってないんだよなぁ……。
◇
夕方間近という時間帯もあってか、喫茶店の中は結構な賑わいを見せていた。
案内された席はそんな店内の奥側で、ガラス張りの壁から夕日に照らされた松江駅が見える。夕日が眩しいぜ。
「改めまして、私は影狼ギルドでリクルートを担当しております黒渡と申します」
席に着き、各々が好きな飲み物を注文したら、早速黒渡が切り出してきた。ちなみにこの喫茶店は黒渡の奢りのようだったので、高そうなフルーツジュースを注文してやった。ぐへへ。俺は奢ってくれる人に遠慮はしないタイプなのだ。
「リクルートですか?」
「ええ。国内外問わず有望な探索者、あるいは探索者候補にギルドへの勧誘をしております」
「なるほど。ひろくんの実力を見抜き、いち早く勧誘に来たというわけですね!
すごいね。あの探索者なら誰もが憧れる
「いやいや、俺の実力なんて。底辺の一探索者だよ、俺は」
桜がしたり顔で頷くが、否定しておく。確かに類い稀な恩恵やステータスはもっているが、実際の探索者達の実力を見たことはない。その人達と比較して自分がどうなのか分からない状況では、下手にハードルは上げたくなかった。
「何を仰いますか。ランク1《ワン》の柴田様が、塵芥の探索者なわけがありません」
「――っ」
その瞬間、黒渡の口調は今まで通りの軽い感じだったが、視線は獲物を狙うそれになっていた。俺じゃなきゃ見逃しちゃうね。
ランクワンに反応しかけた桜の手を軽く握る。ここは下手に反応しない方が良い。カマをかけてきているだけかもしれないのだ。
「誰か違う方とお間違えではないでしょうか? 同姓同名は多いですよ」
「ふふふ。侮らないでいただきたい。我が影狼は情報戦略においては他者の追随を許しません」
絶対的な自信を感じさせる口調。それが
「そう言われましても……」
「ふふふ。なかなか強情な方ですね、貴方は。ですがそれが良い。探索者にとって我が強いことは肝要ですからね」
「はぁ……そうなんですか」
きりっとした姿勢でカップに口をつけた黒渡は、少し間を開ける。いちいち絵になるような動きをかますな、こいつ。
「改めてお伝えしましょう。柴田様、貴方を我ら影狼ギルドへご招待したい。格別の待遇を期待してくださって結構です」
鞄からファイルを取り出し、一枚の紙がテーブルに置かれる。訝しげに黒渡を見やると、どうぞご覧くださいと手を差し出された。
「年収……いちおく!?」
桜が素っ頓狂な声をあげる。
雇用条件が書かれた紙には、年収や勤務形態、所属した場合のノルマや特典などが書かれてあった。先日まで平凡な公務員だった俺からすると、破格の待遇に見える。
――でもなぁ。
せっかくフリーになり、自分の責任で自由を謳歌できるようになったんだ。
校長の権力や同僚のワガママに振り回されたことは記憶に新しい。
もう、そんなどうでも良い他人に気を遣い、煩わしい人間関係に心労を重ねるなんてこりごりだ。
この世の中に本当の意味で「自由」に仕事ができる人はどれだけいるか分からないけど、俺もできる限りは自分が思うままストレスフリーで仕事をしていきたい。
しばらくは『上』の立場の人に気を遣う環境からは離れたい。
だから誰かが作ったギルドに入るという選択肢は今のところなかった。
トップの無茶な命令に従うのも嫌だし、多分俺の力を知れば同僚となる誰かしらの嫉妬や妬みに晒されるのも嫌だ。
というわけで。
「お断りします」
「えっ、なぜですか?」
どうやら否とは言われないと思っていたのか、驚いた表情をする黒渡。
それほどまでに
探索者なら誰もが憧れる存在、か。俺からしたら既に有名なものに入ってドヤるのは虎の威を借る狐みたいで嫌だなぁ。それなら自分で一からやってみたい。
――そうか。
断る言い訳にもなるな、それ。
「いえ、実はギルドは自分で作りたいという夢がありまして」
「!!」
「えっ!? そうだったの!?」
どちらかというと桜の食いつきの方が凄かった。
「ほう……ご自身でギルドを?」
黒渡は顎に指を添え、まるで面白いデータを発見した研究者のように微笑んだ。笑みは柔らかいが、眼だけはやはり笑っていない。
「ええ。まだ具体的な形はないですけどね」
「そうですか……。残念ですが、それはそれで楽しみですね。我々としても、優秀な探索者が新たな勢力を立ち上げるのは刺激になりますから」
――刺激、か。
黒渡の声色には称賛が混じっていたが、その裏に別の意味が潜んでいる気がした。
「ただし……」
そこで黒渡は一拍置く。
「“刺激”は時に敵意を呼び込みます。特にこの業界では、ね」
警告とも取れる言葉だったが、俺を脅す気配はない。むしろ淡々と事実を述べているような口調だ。
桜が横目で俺を見た。何か言いたげだが、今は黙っている。
「今回は残念でしたが」
黒渡はカップを置き、立ち上がった。
「今後、困ったことがあれば影狼を思い出していただければ。それでは」
名刺をもう一度軽く指で叩き、黒渡は颯爽と喫茶店を後にした。その姿は人影に紛れ、影のように消えていった。
――あいつ、会計せずに帰りやがった。
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