ギルド創設編

第28話 第一歩

「――というわけで、呪いの怪物をなんとか倒すことができたわけです」


 現在、俺は松江警察署内の一室で目つきの鋭いお兄さんと向かい合っていた。


 伊達と名乗ったその男は、エリートサラリーマンという呼び名がぴったりの、仕事が出来そうな渋いイケメンお兄さんだった。


 俺のバカ高い知力のお陰で、講習会で講師として前に立っていた男だと思い出すことができた。雰囲気的にはヤクザの若頭といっても違和感がなさそうだ。


 なぜかわざわざ岡山から事情聴取に来たらしい。


「なるほど」


 頷いた伊達が、さらさらとタブレットに何かしらメモを残している。

 まるで尋問だな。


 今いる場所がそう思わせるのかもしれない。


 ドラマで見るような小汚い取調室とは違い、小綺麗で清潔感があるものの、三方を鏡に囲まれた正方形の部屋だった。

 部屋の中央に質素なテーブルがあり、俺とエリサラがデスクチェアーに座り向かい合っている。


 俺から見て右側には鏡はなくこの部屋のドアがあった。そのドアには門番のように静かに立つ女性が一人いる。こちらも仕事が出来そうな秘書といった印象の美人さんだ。


 海外のアクション映画とかでよく見る取調室みたいだ。三方の鏡はやっぱりマジックミラーなのだろうか。


「あの……これって尋問ってやつですか?」


 ADAはダンジョン発生以来増加している異能による犯罪に対して、取り締まる権力をもっている。警察とは違った治安維持機関としての側面もあるので、尋問逮捕だけでなくそれ以外のアレコレも超法規的に認められているという噂だ。


 警察署内の部屋を使えるのも、ADAと警察が密接に繋がっているからなんだろう。


「ああ、申し訳ありません。誤解させてしまっていたようですね。

 柾木月遙氏はじめ柾木家の皆さんに事情は確認できておりますので、あくまでもその裏付けのための事情聴取です」


 にっこりと、完全に目が笑っていない微笑みを浮かべる伊達さん。


「では、何か罪になるとかそういうわけでは?」


 旅館を破壊したのは大河原だし、大河原の精神を破壊したのも俺ではない。だから犯罪行為は何一つ行っていないわけだが、こんな場所に連れてこられると不安になってしまう。


「大丈夫です。公衆の場での無許可によるスキル使用は本来であれば触法行為ですが、状況が状況ですので罪には当たりません」

「それは……良かったです」


 ダンジョンが誕生して以来、【恩恵】によるスキルを使ったファンタジー的な力をもつ人達が爆発的に出てきた。それらの力を異能と総称するそうだが、その異能は許可なく公共の場で使用してはならないと法整備されたのは当然の動きだった。


 まずはスポーツ界、さらには犯罪と、異能を持つ者持たざる者の差による社会の乱れに対応する必要があったわけだ。


 黎明期は本当に酷かった。オリンピックで100メートル走を3秒切るなど人外の記録が頻出したりしたからな。


「ただ――」

「はい?」

「柴田さんは探索者となりまだ一ヶ月も経っていないご様子。にも拘わらず初心者ニュービーらしからぬご活躍。その秘訣が気になりますね」


 表情は柔らかいがその視線は鋭く、こちらの隙を見逃さない意志の強さを感じる。


「いえいえ、私なんてそんな」

「ははは。どこの世界になって一月の探索者がAランクの異能を一撃で破壊できるというんです?」

「Aランク?」


「貴方が打ち倒した大河原。今はもう能力を万全に扱える状態ではないようですが、残されたダンジョン粒子から察するに彼が展開した異能の危険度ランクはAとADAは判断しています。

 ソレを相手に無傷でいとも簡単に倒す……正直私にも不可能でしょう」


 あれでAランクって……。正直ワンパンだったぞ。Aランクの立ち位置がまだあんまり理解できていないとは言え、それをワンパンで倒せるのは異常だよな、きっと。どうやら俺の力はステータスの通り常識外れ《アンノウン》らしい。


「ま、まぁ相性が良かったというか、偶然的なものですかね?」

「なるほど。偶然ですか。ははは。Aランク相手に偶然ね。面白い」


 何がツボに入ったのかは分からないが、喜んで貰えたなら何よりです。まぁ面白くて笑っているというよりは別の意味で笑っているんだろうけれども。


「そんな常識外れなこと初めて聞きました。ああ、常識外れと言えば――ランクワンはH.Shibataという名前だそうですが、偶然にも貴方と一緒の名前ですね」


 この場の空気がピンと張り詰める。

 じっと、こちらの真意を探るような目線に居心地の悪さを感じた。


 正直洗いざらい俺の状況とか力を話してもいいんだけど、わざわざ公開する必要性もない気がする。この人がどんな人か分からないため情報を伝えることのメリットデメリットが想像できない。


 まぁデメリットがあってもなんとか出来るとは思うが、国家権力と結びついている相手と敵対するのは、生活しづらくなりそうではある。


「――という疑惑が出ているようですが、私は正直どうでもいいんですよね」

「え?」


 一気に弛緩する雰囲気。伊達さんの視線から圧が消えた。


「貴方がランクワンであろうがなかろうが、大事なのは貴方の人間性。邪悪ならあらゆる手を用いて排除する方策を考えなければいけませんが、日本国の益になるのであればお好きにしてくださって結構。そもそも貴方を相手に勝てる道筋は皆無です」


 突然の告白に呆然としてしまう。

 その様子が面白かったのか、始めて伊達さんが本当の意味で笑みを浮かべた。


「ふふふ。正直私の【直感】は貴方を"善"と判断していますが、実際どうですか?」

「えっ? どう、なんでしょうか? ちょっと自分では判断つかないですが……」


 自分が善いか悪いかなんて判断は難しいと思うぞ。自分では善いつもりでも、それが他者にとっては悪のこともあるだろうし。数値による絶対的な評価が出来ない以上、それを評価することに意味はあるんだろうか。


「ええ、もちろんそうですね。不躾な質問申し訳ありませんでした」

「はぁ……」


 なぜか納得された。よく分からないが、納得してくれたのならまぁいっか。


「では、そろそろ本題に入ってもよろしいでしょうか?」

「え? 今までのが本題だったのでは?」

「いえいえ、あんなのは仕事上必要な事務手続きであって本題ではありません」

「はぁ……」

「【光魔法】、どうされるおつもりですか?」


 にっこりと、しかし狙った獲物を前に舌なめずりをする猛獣のような雰囲気だ。俺の方が圧倒的に強いはずなのに、なぜか気圧されてしまう。これが経験の差というやつか。


「ひ、光魔法ですか?」

「白雪から報告を受けています。何でも★《シングル》の【光魔法】――それも原始魔法オリジンのスキルオーブをお持ちだとか」


 おい白雪さん。情報ダダ漏れじゃないか。どうやら個人情報保護という概念はないようだ。


「ご安心を。この情報は私と白雪、そこの冴葉しか共有しておりません」


 伊達さんがドアの前に立っていた女性に目線を送る。つられてそちらに目をやると、冴葉と呼ばれた女性が軽く会釈してきた。慌てて会釈を返すが、慌てすぎてペコペコし過ぎてしまったかもしれない。


「ちなみに現物は今お持ちで?」

「いや、今は安全な場所に」


 本当は【インベントリ】に入れているけど、バカ正直にそれを言うつもりはない。アイテムボックス的な存在をドヤ顔で自慢しても良いが、それによって被る不利益の方がでかそうだ。


「ははは。リスクマネジメントは大切ですものね。で、そのスキルオーブ、どうされるおつもりですか?」


 最初の質問に戻ってきてしまった。


「いや、ちょっと扱いはまだ考え中ですが……」

「ご自分では使用されないので?」

「そ、そうですね。それも含めて考え中です」

「確かに二度と手に入らないかもしれないレアモノですものね。悩ましいところでしょう。ははは」

「そ、そうですね」


 『二度と』になぜか強いイントネーションを感じるが、すみません、既に【インベントリ】の中には33個は入ってます。


 というか、この人、俺が複数個持っているって知ってるんじゃないか。なんかそんな雰囲気を出してきている。


「もし販売するならオークションに出されるのでしょうが、販売をお考えならばADAに売却して頂けないでしょうか?」

「ADAに?」

「ええ。ADA《うち》はオークションの主催も行っておりますが、直接的な買い取りも行っておりますので」


 そういえば白雪さんも言っていたな。二階には買い取り部門があるが、引き取り額がオークションと比較すると低めになってしまうので、高価なものはあまり売られないと。


「……直接の売買とオークションでは金額差が大きいと噂で聞いているんですが?」

「ははは。さすがにご存じですか。何分ADA《ウチ》は営利企業ではないですからね。どうしても限界がありまして」

「世知辛いですねぇ」

「全くその通りで。かといって、ギルドへの売却はオススメしませんよ?」


 ギルド――。


 よくファンタジーな創作物で出てくるこの存在は、現実世界でも普通のものになっている。探索者やダンジョンに対しての公の機関がADA、私的な集まりがギルドといった立ち位置だろうか。


 元は中世ヨーロッパの同業者組合を表すものだったが、現代では探索者を中心とした共同体という意味合いが強い。実際に、歴史上のギルドとは異なり設立に政府の許可は必要なく――現在はギルドが認知されたことから設立には申請が必須となったが、その分税金等で多少の優遇措置が執られるようになった――誰でも自由に創設することができる。


 ダンジョン攻略に向けた情報共有や訓練の実施、仕事の斡旋だけでなく、若手の育成や相互扶助などを意義とするギルドだが、いつの頃からか有力なランカーを抱え込むことになっていった。


 実力のある探索者がいればダンジョン攻略は進みやすい。つまりは探索者の実力向上、そして各種のドロップアイテムの獲得。それらにより大手ギルドは莫大な富と名声を得ることになったわけだ。 


 結果、現在ではダンジョンドリームを追い求め沢山のギルドが設立されている。誰でも知る大手ギルドから弱小ギルドまで玉石混交だ。


「そうなんですか?」

「ええ。★《シングル》の原始魔法オリジンなんてレア中のレアを特定のギルドに売却してしまう。そのギルドに所属するのであれば良いんですが、フリーでそれをしてしまうと他のギルドが、ね」


 良い思いはしないだろうな。

 それに俺はギルドに所属するつもりなんて皆無だから、確かにその選択肢はない気がする。


「となると、公的機関への売却、もしくはオークションの利用がお勧めなわけです。

 とうことでウチのオークションに出してみませんか?」


 いつの間にかADAに売るかオークションに出すかの二択になっていた。

 まぁ、いずれは売却しなければならないものだから、ADAという信頼できる機関に託すのは悪手ではないと思う。そもそも、他に売る伝手があるわけではないし。


「……分かりました。では、オークションへの出品をお願いします」

「ほう……ありがたい話ですが、良いんですか? ご自分でお使いになるという選択肢もあると思いますが」

「ええ。過分なモノを持っていても仕方ないですしね」

「過分、ですか。なるほど。なかなかに謙虚な方ですね」


 何やら含んだ言い方だが、この手のヒト相手に腹芸では勝負にならない。だからこっちの動きはシンプルに限る。


「では、具体的な手続きについてはまた担当の方から説明させましょう」

「ありがとうございます。じゃあ、今日はこれで失礼しても?」

「ええ。お時間を取らせてしまい申し訳ありませんでした。

 この後は柾木家の方々と合流されるので?」


 伊達氏の質問に首肯する。桜たちへの聴取は既に終わっており、一足先に近場のホテルに戻されている。俺が終わるまで待つと言っていたそうだが、心身のケアもあるので先に戻るよう伝えてもらっていたのだ。


「では、ホテルまで部下に送らせましょう」

「いえいえ、そこまでしてもらわなくても……」

「お送りしている間にオークションへの出品手続きもできますので」


 にっこりとしているのに、なぜか獲物を狙う肉食獣のような雰囲気を感じる。よほどスキルオーブを逃がしたくないんだろうな。


「……ではよろしくお願いします」


 結局、本当に送迎の車内で手続きの書類を書かされてしまった。


 ブツは岡山に戻ってから一度確認のために見せなければいけないそうだが、それ以降はオークション当日に持参すればいいだけのようだ。


 なんやかんやと、ついにお金持ちへの一歩を踏み出してしまったようだった。

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