第27話 決着

 桜からのメッセージに記載されていた旅館に辿り着くと、異様な光景が広がっていた。


 旅館の大部分が、半球体の黒い膜に覆われていたのだ。まるで、ドームが旅館の内側から作られているような光景だが、明らかに人工的なものではないのが一目で分かる異質さだ。


 だが、道行く人は誰もそれを気にしていない。最初からあの形でしたよと自然に受け入れているような姿が、余計異様感を高めている。


 暗い膜に近づくと、その異質さがより顕著に分かった。

 膜は生き物の心臓が脈打つように揺れている、漆黒の膜だった。光の一切を吸収してしまいそうな深い闇があった。


 正直気乗りはしないが触れてみる。まるで巨大なゼリーを触ったように、触れた部分からぼよんとした感触が返ってきて、波紋が広がった。


 ――解析。


 -------------


 【呪膜】

 呪術による結界の一種。

 発術者の意思により結界内への出入りに制限を加えるとともに、発術者より低位の者への認識を阻害する。


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 結界って。またファンタジーなものが出てきたな。今までの生活では触れてこなかった存在が急に身近になってしまい、なんとも言えない気持ちになる。


 そんな気持ちは押し殺し、結界の【ステータス】を開き解除できるかどうかを確認すると、どうやら簡単にできそうだった。この便利機能ヤバすぎるだろうと、改めて実感する。これがマンガや小説なら盛り上がりなんて皆無の無双ストーリーにしかならないだろうな。


 そんなアホなことを考えながらも呪膜と呼ばれる結界を弄り、俺の通過を許可する。すると、光を吸収する闇のように黒かった膜が、半透明になり中の様子が一瞥でき――。


 壁のすぐ側で大きな破片と共に横たわる制服の女性。

 腕から血を流しながら倒れている制服の男性。

 光り輝く透明の壁に囲まれる桜の両親。


 袴姿の一つ目の蜥蜴の怪物。

 そして、痩せた不衛生そうな男と、そいつに迫られ恐怖と苦悶の表情を浮かべる桜。


 一瞬で状況を確認した時には、既に脚は地面を蹴っていた。


 誰が、桜を、襲おうと、してんだよ!


 自らの思考すら置き去りにする速度で、結界内を疾走。

 下卑た表情で桜に触れようとする男の腕をへし折り、手加減を加えながらも蹴り飛ばす。さすがに殺すのはどうかという冷静さと、桜に何してくれてんのという怒りの間で、よく咄嗟に手加減できたものだと自分を褒めたい。


「ひろ……くん……?」


 呆然と見上げてくる桜。恐怖に染まっていた瞳。だから安心できるように笑顔で頷く。


「待たせたな」


 こっからは、全部俺のターンだ。


 ◇


 さて、とりあえずの危機的事態は脱したと思われるので、改めて状況を確認しよう。


 桜のお母さん――椿さんの快気祝いということで、国内旅行をしていた桜一家。

 確か鹿児島の方から日本一周温泉の旅という、社畜時代だったら羨ましすぎるような旅路だったはずだ。


 その途中で立ち寄った、ここ島根県の温泉街。そこで羽を伸ばしていたところに、どうやってか居場所を掴んだ変態男――大河原がやってきたというところだ。


 何をとち狂ったか白昼堂々と旅館に襲撃をかけてきたことには驚きを隠せない。完全に犯罪行為の上、ダンジョンで得た異能力を使った犯罪は精鋭と名高いADAのテロ鎮圧特殊部隊が出張ってくる事案だったはずだ。


 異能のデパートとも揶揄されるADAに狙われたら、今後の平穏無事な生活なんて送れるはずもないだろうに、狂ってしまったのかとも思ったが、おそらくさっきの結界の効果が認識阻害とかあったので、その効果に自信があったんだろう。


 事実、旅館外では平和そのもので、襲撃があった事実は一切感じさせていなかった。術者の人間性は最悪でもあっても、どうやら結界そのものの力は確かなものらしい。


 でも、こういう状況って想定されてると思うんだよな。認識阻害があれば、アンチ認識阻害の能力があってもおかしくない。


 よくマンガや小説でも【感知】とか【察知】とかそういった認知系の力って出てくるからな。そういう能力をもった人間がADAに所属しているなんて、あるあるの展開だ。


 まぁそれはそれでどうでもいい。ADAが出てこようが来まいが、俺のやることは変わらないからだ。

 大河原を完膚なきまでにぶっ潰す。それだけだ。


「きしゃまあぁあ! また貴様がぁッ!! 僕と桜の邪魔をするのか!」


 土と血と誇りで汚れた顔の中、血走った目をギョロつかせ叫ぶ大河原。だが、その内容は意味不明だ。


「いや、邪魔って言われても?」

「五月蠅いうるさいウルサイぃぃぃぃっ!! 貴様が! 貴様がいなければ、僕達の愛は成就し幸せになれたと言うのにぃぃ! なぁれぇたぁのぉぉぉにぃぃっ――」


 血が吹き出す明らかに折れ曲がった手を気にする素振りもなく、大河原は頭を掻き毟ろうとしばがら叫び続けていた。有り得ない方向に折れ曲がった腕がぶらんぶらんと頭を擦っている。


 が、突然ラジオの電池が切れたかのように、ブツッと項垂れた。

 俯き、言葉にならない声をブツブツと漏らしながら涎を零す姿は、生きる気力を失った屍のようだ。

 なんだこのホラーは。


「カカカ。勘弁してやってくれ。コレは呪い還しで壊れておるんよ」


 ドン引いてしまっている俺たちの前に、袴姿の怪物がゆらりと立つ。まるで大河原を守るかのように立ち塞がった蜥蜴が老獪に嗤う。


「呪い還し?」

「ヌシが破壊した呪いがあったろう? 人を呪わば穴二つ。古来より呪いしくじれば己に還るが世の条理。

 還ってきた呪いに心を壊死されたこの男は、何の因果か自らの怨念に呪いを被せ呪力を高め儂を使役するに至ったわけよ」


「……お前は何なんだ?」

「儂か? 儂は儂よ。此奴が生み出した、此奴の願いを叶える呪いの獣。故にヌシらの敵」


 大河原から生み出された怪物は、後ろでブツブツと呟くように声を漏らすだけの大河原を寂し気に眺める。


「儂の力で仮初めの理性を与えたが、この期に及んでソレは不要。ヌシ相手に余分な力リソースは割けんからのぉ。

 儂の全力をもってヌシをたおす」


 じゃり、と大きく裾を広げ姿勢を落とす蜥蜴の怪物。右手が腰に差した太刀の柄頭をつつつとなぞる。膨大な魔力が、刀を中心に集まっていることが分かった。


「一応言っておくけど、俺はお前らを許すつもりはない。

 でも、それは殺したいわけじゃないから、しっかり罪を償うつもりなら戦う必要はないよ?」

「カカカ。興ざめなことを言うなわっぱよ。

 武士もののふにとって、このような機会逃せるわけなかろう?」


 こちらの提案を一笑にする蜥蜴。完全に戦闘モードだ。


「ひろくん、大丈夫?」

「任せとけ」


 不安気な桜に、力強く頷く。蜥蜴には悪いんだけど、俺が負ける要素は1ミクロンもない。


「――我が秘剣、とくと味わえ」


 なぜなら。


「拾の太刀、雲――」


 蜥蜴の神速とも言える踏み込み、そしてどういう原理か分からないけど四方八方から一部のズレもなく同時に迫る急所を的確に捉えた必殺の刀筋。


「――耀」


 ガギンと、金属が弾ける音が響くのと同時。蜥蜴がわざの名前を言い終え、刀を鞘に戻した。


「……見事也」


 その言葉を残し、崩れ落ちる蜥蜴。

 四方八方から一部のズレもなく同時に迫る急所を的確に捉えた必殺の刀筋。

 ただ、斬れなければ不殺。同時に迫ると言ってもナノ秒以下での時間差は生じてしまう。


 その差があれば【プロテクト】で防御力を高めた俺であれば全てを完全に防ぐことができる。そしてそれほどの必殺の技を放った後に、隙が出来てしまうのは必然だった。それを逃さず一撃を与えた結果が、これだ。


 倒れ込んだ蜥蜴が満足気な表情を浮かべ、粒子となって消えていく。


「大丈夫か、桜?」


 よほど怖かったのか、呆然と座り込んでいた桜の元に駆け寄る。

 ぱっと見、怪我はなさそうだったが、顔色は悪い。それでも危機が去ったのが分かったのか、俺を見上げる目は穏やかだった。


 桜にお守りとしてあげたネックレスが壊れているのは、【プロテクション】が役目を終えたからだろう。桜が無傷だったのはそれのお陰もあったのかもしれない。


 【ステータス】の権能は奥が深い。


 常に側にいるわけではない桜たちを守る方法は何かないかと考えていた時、思い浮かんだのが光魔法の【プロテクション】を俺が不在でも使えないかということだ。


 魔法や魔術の効果をアイテムに付与することができるのは調べてみて分かったが、それをするには【付与魔術】や【付与属性】などのスキルが必要だった。残念ながら俺はそれらのスキルを持っていないため、その方法は使えなかった。


 しかし、たまたま【ステータス】で俺の木刀を視たとき、新しい項目があるのに気づいた。


 -------------


 【木刀】

 剣術の鍛錬の際に使用する武器。木製のため耐久性はそこまで高くない。


 【ステータス】 

 ■■■ : ■■

 耐久力:(-)35(+) / (-)35(+)

 ■■■■:■

 

 【特殊効果】

 なし


 【付与効果】

 (+)


 -------------

 

 【ステータス】の中にブラックアウトしている項目はあったが、これは元々だ。俺の力が足りていないのか、何かしらの条件があるのか分からないが、全てが判明しているわけではないようだ。


 【特殊効果】欄はなしで弄ることはできなかったが、【付与効果】の欄に(+)がついているのに気づいた。そこに意識を向けると、俺の覚えている魔法がずらっと並んでいて、選択できるようだった。


 試しに【灯】を選んでみると、木刀が常に淡い光を放つようになってしまった。まるでライトセーバーだ。


 どうやら俺の覚えている――使えると言った方が正しいか――魔法なら、アイテムや道具に付与できるようだ。


 というわけで桜一家が常に持ち歩くものに【光魔法】の【プロテクション】を付与することで、いざという時の備えにすることができたわけだ。


 まさか本当に使うことになるとは思わなかったが、備えていて本当に良かった。


「ひろくん……ひろくんっ!!」


 状況の変化をようやく心が受け止め切れたのか、桜が飛びつくように抱きついてきた。

 最近よく抱きつかれている気がするが、役得ということでありがたく堪能させていただこう。


 おっと。


 そういえば桜の両親も【プロテクション】が発動していたんだった。この【プロテクション】、他者にかけると防御特化になるのか動けなくなるというデメリットもあるんだよね。今も桜のところ必死に行こうとしているが、【プロテクション】のせいで動けず困っていた。


「桜!」


 魔法が解けるとお父さんもお母さんも桜を抱きしめて涙をこぼしていた。


 俺はそっと彼らから距離を取り、涎を垂らしながらぶつぶつと声にならない声を上げている大河原のところにやってきた。俯いているのとボサボサの髪が顔を覆っているので分かりづらいが、目には意思の光がなかった。ただぼうっと佇む、寂しい男の姿だけがそこにあった。


 哀れとは思わない。

 こいつがしたことは絶対に許されることではないし、許すつもりもない。


 ただ、教訓にしようとは思う。

 己の力を己の欲に任せて使った者の末路として、俺はしっかりと心に留めておかないといけない。こいつの姿は、道を間違えた俺の姿になるのかもしれないのだ。


 涙をこぼしながら抱き合う桜一家の姿に心を温かくしながら、そう思った。




——あとがき


以上で、第1章【ダンジョンと最強と呪い編】完です。

明日からは第2章【ギルド創設編】開始予定です。

よろしくお願いします!

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