第26話 主人公【柾木家】

 月遙を支えるように身を寄せ合う椿と桜。その顔には未知に対する恐怖があった。

 自分たちの知っている大河原と姿は一緒でも、中身に異質さを感じる不気味な存在。


 ソレが濁った瞳をぎょろぎょろと忙しなく動かしながら、大きく両手を広げる。


「まずは、お義母さん。無事に健康になられたようで、おめでとうございます!」

「何を……何を言ってるの? あなたがしたんでしょう!?」

「ええ、僕の力です。

 ただ、僕も心苦しかった。愛する家族が苦しんでいるのを見て、ただ我慢するしかなかったんですから!

 でも仕方なかったんです。貴方たちが苦しみ、絶望し、救いを求めなければならなかったのです」


 本当に心苦しそうに胸を押さえる大河原。


「その時、僕が救いの手を差し伸べることで、貴方たちは僕に感謝と愛情をもつ。

 そうすれば桜さんの心は僕のものに。

 そうなるはずだったのに……!

 あいつ!

 あの気持ち悪い男!

 あいつが桜さんの側にすり寄り、僕の愛を奪っていった!!

 なんなんだよ、なんなななななななんなんだよっ!!

 気持ち悪い! 気持ち悪いッ!!

 僕の役割を勝手に奪って! 僕の桜さんを奪いやがって!!

 許されるか? こんな暴挙、許されて良いものか?

 許されるかあああああばばなばっばばばばあああばばばばあ!!」


 興奮した大河原が、唾液をまき散らしながら絶叫する。

 その姿に桜たちは言葉を失う。

 自分たちが苦しんだ理由が、そんな独りよがりで自己中心的で自分勝手なものだというのか。


「……許さない」

「ん? なんだい桜さん?」

「絶対に許さない!!

 お母さんを苦しめて、お父さんを傷つけて!

 私は、絶対にあなたを許さない!!」

「……なってないなぁ」


 一瞬で距離を詰めてきた大河原の手が、桜の首を掴む。


「っ!?」

「駄目だよぉ、桜さん。

 旦那様に向かってそんな口の利き方は良くない。

 これはしっかりと調教しないといけないなぁ」


 大河原が顔を近づけながら、ぎょろりと睨めつける。大きく見開かれた目に、ぎらつく瞳。その顔は爬虫類のようだった。


「離せ!!」

「桜!」


 月遙と椿が拘束を解こうと大河原に掴みかかるが、簡単にいなされ逆に振り払われてしまう。


「落ち着いてくださいお義父さんお義母さん。

 今は夫婦の話し合いの時間ですよ」

「誰が……夫婦だっ」

「ふふふ。素直になれないのも可愛いけどね。限度はあるよ。

 まぁ時間はいっぱいあるから、ゆっくり教えてあげようか」


 そこで気づく。

 ここまでの大騒ぎになっているのに、何も起こっていない。


 警察や消防のサイレンが聞こえるわけでもなく、宿のスタッフが救助に来るわけでもない。絶対的な静寂。不自然なほどに、周りから音が消えていた。


 在るのは、桜たち一家と大河原。蜥蜴の怪物。手の傷に苦しむ店長と壁の直撃を受けたスタッフだけだ。


「僕の力だよ。

 僕が許可した人しか、ここには入れない。”外”からは”中”を認識できない、それ故入ることなんて絶対に無理。

 警察とかADAとか、桜さんとの愛を邪魔するヤツは多いからね。どうしようか迷っていたけど、君のおかげだよ、桜さん」

「な、何を……」

「君があんなくそ野郎に色目を使うから、僕は苦しくて苦しくて。それを紛らわすためにダンジョンに潜って。気づいたら僕のスキルが進化していたんだよねぇ。

 だからこんなに堂々と君を迎えに来られた。

 ほら、愛の花束を受け取っておくれ」


 大河原は桜の首から手を離すと、咳き込む桜に抱えていた花束を突き出す。


「あっ」


 しかし、桜の手がその花束を振り払った。赤い花びらが、ゆっくりと舞い落ちる。


「なななななっ何を!?

 僕たちの大切な愛の証だぞ!!

 もっと丁寧に扱え!!」


 激昂した大河原が振りかぶった手が桜を打ち据え――なかった。

 がきん、と鈍い金属の弾く音が響く。

 大河原の手が、桜を取り囲む光の壁に弾かれた音だった。


「な、何だ、これ?」


 大河原が強く殴りつけるが、光の壁はびくともしない。上手くいかない現実に怒りが湧き出る。血走った目が左右を走れば、月遙と椿の身体を包むように光の壁が生まれていた。


「これ……ひろくんがくれたお守り?」


 桜の細い首にかかるネックレスの先端。透明だった小さな宝石のような石が、今は強く光り輝いていた。


 もしここに浩之がいれば、格好つけたポーズとともにこう呟いていただろう。

 ――【光魔法】プロテクション、と。


「ヒトツメェッ!! 壊せ!!」

「カカカ。仕方ないのぉ」


 それまで静寂を保っていた蜥蜴の怪物が、ゆたりと動く。


 手に持っていた打刀を腰の鞘に戻し、少し前屈みに構える。瞬間。姿が揺れ、腕が霞み、同時にガガガガガガと甲高い金属音が連続して鳴り響いた。

 十数秒ほどの絶え間ない連撃。最後に、チン、と鞘の鯉口が響く。


「カカカ。これは面白い」


 桜の周囲を囲む堅く輝く壁は健在だった。しかし、間近に迫る太刀筋を浴び続けることは、心身に多大なストレスを与えたようだ。桜の顔面は蒼白になり、目尻には涙が溜まっている。それでも毅然と目の前の敵を睨みつける姿は、見る者の心を震わせる気品さがあった。


「ならば本気で往かせてもらおう」


 こぉぉぉと深く息を吐き浅く吸う独特の呼吸。ヒトツメと呼ばれた蜥蜴の怪物は一度大きな目を閉じると、数拍の間を置きカッと目を見開いた。


「カァッ!!」


 一閃。

 刀の輪郭が纏う魔力と絡み紅く染まる。


 紅い光の線が波打つように幾何学模様を作り上げ、一つ線が増える度にガキィンとガラスを強く打ち付けるような甲高い音が響いた。

 まるで桜を取り囲む壁が悲鳴を上げているようだった。


「参の太刀、青海」


 陽炎のように揺らめいていた姿が止まり、再び、カチンと鯉口が鳴った。

 パリン、と甲高い音が響き、桜を取り囲んでいた光の壁がばらばらに砕け落ちる。桜の首元にあったネックレスの宝石も同様に散っていた。


「そ……んな……」

「カカカ。良き余興であった。我が十の秘剣が一つ。相も変わらぬ美しさよ」

「くぅはははははっ!

 良くやったヒトツメ!

 これで邪魔するヤツは消えた!

 桜さん……いや、桜! しっかりと教えてあげるよぉ。誰が君のご主人様か、をねぇ」

「カカカ。情緒のない男じゃのぉ」


 やれやれと首を振りながら一歩引さがる蜥蜴。やけに人間くさい動きが余計恐怖を煽る。


 そんな蜥蜴を尻目に、大河原の両手が華奢な桜の身体に迫った。


「桜ぁっ」


 月遙も楓も必死に光の壁を叩くが、びくともしない。どうやらこの光る壁は守る性質に特化するあまり、内側からの衝撃にも耐久性があるようだ。動くことができなくなっている。


 両親の必死な制止も、大河原にとっては自分を応援する歓声でしかなかった。無慈悲にも大河原の手が桜に触れ――


「ぎゃあああああああああああっ!」


 る寸前で。


 汚い悲鳴が上げながら、吹き飛ばされる。

 転げ回る大河原の両腕からは、赤い血が吹き出していた。見れば両腕の先端が有り得ない方向に折れ曲がっていた。


「……なん、だと?」


 それを、目を見開きながら眺める蜥蜴の怪物。

 震える身体を抱きかかえ、見上げた桜の視線の先には。


「ひろ……くん……」

「待たせたな」


 桜を守るように立つ、主人公――柴田浩之だった。

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