第24話 水瀬伊織

 ダンジョンから脱出し受付に戻ると、普段とは違った雰囲気があった。


 受付カウンターを中心に同心円状に人の輪ができ、あちこちから聞こえる囁き声が重なり大きなざわめきとなっていた。というか人の壁ができあがっていて、カウンターに行けない。


「アレがランクセブンの水瀬か」

「バカ、シバタとかいう謎のランクワンが出てきたから今は8位だ」

「どちらにしろトップランカーには違いねぇだろ」

「だな。俺らとはレベルが違うぜ」

「しかしキレイだよな。声かけてみようぜ」

「……あの華奢な身体でゴーレムを粉砕する力があるんだぜ? 言葉通りに木っ端みじんになりたいならお前だけで行けよ」

「マジかよ。見かけによらねぇな」

「でも何で岡山ダンジョンにDATのトップランカーが来るんだ? DATなら東京の夢の島ダンジョンに出張ってるはずだが?」

「ああ、メタルダンジョンね。何でだろうねぇ……岡山でも希少なアーティファクトが発見でもされたかね?」

「ダイスケさんからそんな話聞いたことねぇけどなぁ」

「まぁ水瀬伊織が出張ってくるってことは、何かしらあったんだろ?」

「しかもチームを引き連れてだもんな。見ろよあれ。【巨巌】に【雷槌】もいるぜ」

「でっけぇよなぁ。さすが自衛隊って感じ」


 云々かんぬん。


 ざわめきに耳を傾けてみれば、どうやら自衛隊所属であるDATのトップランカーがやって来ているようだ。人混みが邪魔で姿は見えないが、どうやら結構な有名人らしい。


 カッチョエエ二つ名までついてて……。二つ名って誰がつけているんだろうな。ソレを考える専門家とかいるのだろうか。


 まぁ俺には関係のない人達だし、特に興味もない。というかこの人混みが邪魔すぎて困る。


 そんなことを考えたのが悪かったのか、モーゼが海を割ったかのように、一段と大きいざわめきとともに人混みが割れた。


 できあがる花道。一番外側にいた俺は流れにしたがって脇によけるタイミングを見失ってしまって――ダンジョンゲートから出てきた俺とこれからダンジョンゲートへ向かうであろう彼女らと正面に向き合う形になってしまった。


 中央に小柄な女性が一人。彼女の両端にゴツい男性が二名。計三名の男女グループは、人の好奇の視線など慣れたものなのか全く気にする素振りを見せることなく、堂々と歩みを進めていた。


 服装こそ自衛隊の詰め襟制服で野暮ったいが、しとやかな佇まいと、凛とした気品を兼ね備えた女性だ。

 年は二十代中頃だろうか? 一纏めにした漆黒の長髪は絹のように滑らかに揺れている。艶やかな肌に映える深い藍色の瞳は、静けさの中にも確かな意志を秘め、相手を射抜くような力強さを持っていた。


 華奢な体躯ながら、その身には鍛え抜かれた力が宿ることが一目で分かる。今まで目にしてきた探索者とは一線を画していることが自然と理解できた。


 凛という言葉が似合う、まさに大和撫子を体現したかのような人だ。


 さらに女性の半歩後ろを歩く、大きなザックを背負ったゴツい男達。どちらも鍛え抜かれた身体が制服を盛り上げている。まさに、ザ・軍人を体で現しているようだ。というか日本人の体格じゃないけど、本当に日本人なんだろうか。


 ――なるほど。


 彼らのステータスを表示させてみると、他の探索者達とは大違いだった。特に女性のステータスは四千を超えるものもあり、レベルの違いが見て取れる。


 一般の探索者達は平均300前後、ベテランでも500を超えることが珍しいなかでの四千超えは、確かにトップランカーと言われるだけのことはあるんだろう。


 一方で俺のステータスどんだけヤバいのだろうかという苦笑いも生まれてくる。


「――失礼」

「あっと、すみません」


 おっと、ステータスに注目しすぎていて道を塞いだままだということを忘れていた。女性の両脇にいたどちらかの男性の渋く重い声にハッと我に返り、慌てて道を譲る。


「……特尉?」


 二人の男達が目の前を通り過ぎて――訝しげに後ろを振り返ってきた。女性が一歩も前に進んでいないことに気づいたからだ。女性の視線はどうやら俺にあったようで、そちらを見ると目が合ってしまった。


「?」

「貴方……いえ、何でもありません。失礼します」


 何かを言いかけ、躊躇した彼女は一礼して脇を通り抜けていった。微妙に表情が硬く青ざめているようだったが、体調が悪かったのだろうか。


「お疲れ様でした。柴田さん」


 先ほどの邂逅を訝しく思いながらもカウンターまで戻ってくると、白雪さんが出迎えてくれた。


「いやぁ、ナマの水瀬さん格好良いですよねぇ」

「水瀬さん?」


 ダンジョンからの帰還手続きを行いながらの雑談で、初めましての名前が出てきた。


「えっ!? 柴田さんご存じないんですか!? ランクセブン――今はランクエイトの水瀬伊織ですよ! 防衛省所属ながら【水魔法】の原始魔法オリジンと【抜刀術】を駆使することで日本が誇るトップランカーに駆け上がった女傑です!」


 ものすごい勢いで力説されても、ダンジョン関連の話題は避けていた俺からすれば「なるほど」って感じだ。でも、あの若さでそんなに強いとは凄いと素直に感心する。


「ランクエイトってのは、あのダンジョンのランキングのことですよね?」

「ええ。トップ層には二つ名が付いている方が多いですよ。海外では水瀬さんって名前より【水月鏡姫ウンディーネ】って二つ名の方が有名だったりしますし」

「はぁ……」


 それは恥ずかしすぎるのではないか。みんなよく耐えられるというか平気で口にできるよな。そういうのはファンタジーの中だけで十分だ。まぁ今の現実社会も十分ファンタジーになってしまってるけども。


「……そういえば最近新しいランクワンが出てきましたよね。謎のランクワン――偶然にも柴田さんと同じ名前なんですね?」

「へぇ、そうなんですね。偶然って怖いですよね。アハハハ」

「本当に。うふふ」


 互いにぎこちない笑いがむなしく響く。やだこの空気。というか、もしかしなくても疑われているのか。


 ADAへの登録時期とダンジョンランキングに名前が載る時期の一致、希少であるはずのスキルオーダーシングルのレアオーブをいきなり持ってくる。冷静に考えなくても、逆に疑わない方がおかしいレベルだな、確かに。


 まぁ、俺から積極的に開示する気はないので、相手がどう思うが気にしない。俺は我が道を往くのだ。わはは。


 ◇


「どうしたんですか、特尉?」


 およそ時速60km。ランクエイトのトップランカー水瀬を先頭に、【雷槌】と呼ばれた男――山中淳平と【巨巌】――辻勲つじ いさむがダンジョン内を駆けていた。


 彼らにとってこの速度は、長時間移動をするにあたりコストパフォーマンスの良い速度だった。戦闘や探索さえなければ一日中走り続けることができる。そんな彼らだからこそ、この速度でも走りながらの会話など朝飯前だった。


 ダンジョンは広く深い。ある程度の速度が出せなければ永遠に下層への攻略などは不可能だ。


 今回のダンジョンアタックはあくまで様子見ではあるが、それでも20層くらいまでは見ておきたいのでのんびりはしていられなかった。


「……いえ」


 山中の疑問の声に、一瞬考えるように躊躇した水瀬はかぶりを振った。


「あの青年が何か?」

「……彼から何か感じませんでしたか?」


 重ねて問うた辻の質問への答えは、抽象的な質問だった。それに戸惑うように大の男二人が視線を合わせる。


「……いえ、我々は特に」


 甲高い雄叫びと共に三人の横面から急襲してきたシャビーウルフを、一閃して片付けた水瀬が足を止めた。山中と辻も併せて足を止める。


「魔神って信じます?」


 唐突な質問に一瞬面食らうが、辻はすぐに水瀬の言いたいことに気づいた。


「魔神……魔法のランプですか」

「ああ、この世界は誰かが魔神に頼んだ世界とかいうトンデモ説のアレですね」


 この世界にダンジョンが誕生した理由は全く解明されていない。そのため様々な仮説が乱立している状況となっているが、その中でも有名なものがいくつかる。その一つが『魔法のランプ説』だ。


 アラジンがランプに封じられた魔神を呼び起こした童話を喩えたこの説は、ダンジョンの奥底に眠る魔神が誰かの願いを叶え世界にダンジョンを生み出したのではないかというものだ。


 普通なら魔神ってと一笑にされるものだが、魔法やモンスターのいる現実となった今、神や魔神といった高次元的な存在がいたとしてもおかしくはない。


「私はその説の真偽に興味はありません。でも、もし魔神が存在するとしたら……」

「……あの青年だと?」


 目が合った瞬間、感じたモノは言葉では表せなかったが、無理矢理にでも言葉にするなら『畏怖』だった。


 人を超越した存在感。練られ高められた眩いほどの純度の高い魔力。自分の存在が本当にちっぽけな屑のようなものだと現実を叩きつけられた。

 そして。この心のときめき・・・・


 ああ、遙か高みを間近に感じることができるとは。これほどの衝撃。これほどの愉悦。水瀬はまさに恋い焦がれる乙女のような心中になっていた。


 水瀬の悪癖――。強い存在に惹かれてしまうのは、彼女が抱く恩恵のせいでもあった。


「……自分には信じられません」


 山中が否定の言葉を出すが、水瀬は穏やかに微笑むだけだった。その表情に胸が高鳴る山中。それほど水瀬の醸し出す雰囲気は美しかった。


「構いません。これは私の勝手な想いですから。さて、時間を使いました。一気に7階層まで進み、そこで小休憩。1600時までに10階層へ到達します」

「うぇ!? 5時間でですか!? 岡山ダンジョンですよ、ここ?」

「【地図屋】ギルドからマップは確保しています。私たちならば余裕で到達できます」

「……相変わらずスパルタですな」

「しばらくは岡山ダンジョンここに集中します。早く慣れるように」


 山中と辻の不満を一蹴し、水瀬が動き始める。その顔は、恋する乙女のように輝いていた。

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