第21話 決意
真っ赤になった桜が、隣で縮こまって座っていた。
落ち着いたのか、自分のしてしまったことを考えて照れくさくなっているんだろう。両親の前で男に抱きつくなんて、多感な時期の女子高生には面映ゆいに違いない。
もちろん、俺も恥ずかしさと気まずさで一杯だ。
「うぉっほん」
空気を変えるためか、お父さんがわざとらしく大きな咳払いをする。
「柴田先生。先生にはどう感謝の気持ちを伝えれば良いのか。本当にありがとうございました」
「本当にありがとうございます」
夫婦揃って深く頭を下げてくる。ちなみにお母さんも片付けられたリビングの中、ソファに座っていた。
車いすは部屋の隅に置かれているが、いずれ倉庫に片付けるようだ。もう必要ないからな。本当に上手くいってよかった。
「いえいえ。こちらも勝手に動いてしまって、申し訳ありませんでした」
お母さんの手を断りなく握ったりしたしな。お父さんもそれを思い出したのか、またこめかみがぴくりと揺れた。不可抗力だったわけなので、怒らないでほしい。
「先生、さっきのアレは何だったですか?」
「アレは呪物……呪いをかけるモノの本体らしいよ。狒狒猿毛っていうんだって」
「それがあのお守りに入っていた?」
「うん。
……もし聞いたらダメな質問だったらすみません。あのお守り、どこから入手したもの何ですか?
入手方法によっては、また同じ呪いがくる可能性があります」
もし人為的に呪われた状況ということなら、今回で終わりとは限らない。
そもそも、この家の中にはいろいろな物がある中で、ピンポイントに桜が持ってこれたということは、何か心当たりがあったということだ。
「……あれは、知人から頂いたものなんです」
「知人、ですか?」
「ええ。私の元部下といいますか。先生はご存じかもしれませんが、私は病院を経営しておりまして。そこで働いていた医師だった男から頂いたものです」
お母さんの言葉を引き継いだお父さん。
「だった、というと?」
「1年ほど前……それこそ、妻の病状が出てきた頃だったか。突然探索者になると言って病院を辞めましてね。医学では妻を治せない。探索者となりアーティファクトで妻の病を治したいと言って聴かなくてね。
我々のために人生を狂わせたくないと、探索者になることを止めようとしたんだけど、どうしても意思は変わらなくて辞めてしまったんです」
「お母さんを心配して何度も様子を見に来て……その度にお土産っていろいろな物を持ってきてくれたんだけど……」
少し言いづらそうに、桜は言葉を探す。
「こんなこと言ったら駄目なのは分かってるんですけど……あの人、私を見る目がすごく気持ち悪くて……だからもらった物は使いたくなくて、でも捨てるのも悪いし……」
「娘の過剰な反応かと思っていたんですが……どうやら私たちの方が間違っていたようですね」
ごめんね、と桜に謝るお母さんに、わたわたする桜。
まぁ、桜からしても人の好意を踏みにじるような行為に罪悪感もあったんだろう。
「お母さんの様子を見て……あの人、確かに笑ったんだ。お母さん達からは見えないようにしてたけど、絶対に。
だから、先生が怪しい物はないかって言われたとき真っ先に思い出したの」
なるほどなぁ。それは確かに怪しいわな。何が目的か分からないけど、お母さんの病状が順調に進行していることを確認しに来ていたということか。
「となると、また訪ねてくるんじゃないですか?」
「そう、ですね。何食わぬ顔をして。妻の苦しみを嘲笑いに。そんな鬼畜なあいつを私は許せない……!!」
お父さんが握る拳に力を入れているのが分かった。
「……でも手は出さない方が良いと思います」
「先生?」
「相手は『呪い』を操る何かしらの力を持っています。僕もなって分かったんですが、ダンジョンで"力"を得た人間ーー探索者は尋常ではありません。程度の差はあれど、"力"を持っている人と持っていない人には雲泥の差があります」
「……泣き寝入りするしかないということですか?」
悔しそうに歯を食いしばるお父さん。その悔しさは痛いほど伝わってきた。
以前から探索者が得た力を使った犯罪に関しては、その対応への困難さが社会問題となっていた。
現行犯に対してはADA所属の対テロ部隊と警察が対応しているが、今回のような原因が明らかにできない犯罪に関しては、なかなか対応に苦慮しているようだった。
確固たる証拠を見つけることが難しいため警察も動きようがないし、そもそも警察内部に探索者に対抗できる力をもつ存在が少ないことも要因の一つだ。
「いえ、私が相手しましょう」
「え?」
「その人……えっと……」
「ああ、申し訳ありません。そいつは大河原といいます。大河原和馬」
「その大河原が訪ねてきたときに、あるいは訪ねてくることが分かった時に連絡をいただければ、私が対応します」
「そんな、そこまで先生にご迷惑をおかけするわけには!」
その反応は想定内だ。やるやらないの押し問答はやりたくない。もう俺の心は決まっているからな。
「乗りかかった船です。それに、ここで終わりにしてもし皆さんに何かあった場合、さすがに心苦しいですし。私の心の安寧のためにも協力させてもらえないでしょうか。いえ、断られても勝手にさせてもらいますね」
「……本当にありがとうございます」
俺の強い意志を感じ取ってくれたのか、お父さんは少しの逡巡の後、折れてくれた。深々と頭を下げてくれる。
「先生、ありがとう」
隣からくりくりの瞳を潤ませて見上げてくる桜。守ってあげたくなる可愛らしさ。これだけで頑張れるわ。
こういうときに頭をぽんぽんする展開がよくあるが、それはヤバい行為だということを俺は声を大にして言いたい。それが許されるのはイケメンだけなのだ。イケメン許すまじ。
「気にせんで良いよ」
だから俺は紳士的に微笑むだけにしておく。その塩対応に少し不満げに見えるのはきっと俺の気のせいだろう。
「まぁでも、これで桜がダンジョンに行かなくて良くなりそうで良かったなぁ」
「あっ」
「ん?」
俺の何気ない一言に、慌てる桜。さっきまでのうるうる瞳はどっかに飛んで行き、下手くそな口笛を吹きながらそっぽを向く。
「……桜」
ドスの効いた低い声に、桜はびくりと肩を震わせた。優しげなお母さんの風貌からは想像できない、地獄の使者のような声だった。
「あなた、まだそんなこと言ってるの?」
「探索者になるなど、駄目だと言っているだろう?」
両親が険しい顔で桜を問い詰める姿を見て、一瞬で悟った。俺は地雷を踏み抜いてしまったようだ。
どうやらダンジョン挑戦は桜の独断で、両親は反対の立場だったようだ。
そりゃそうだろうな。自分の子どもに危険なダンジョンに行ってこいなんて言う親はそういないだろう。
「うっ……でも……」
「でももヘチマもありません! あなたはまだ子どもなのよ? そんな危険なことしなくても良いの。親のために子が危険を背負う必要なんてないのよ」
母親の至極まっとうな意見にうっと引いてしまう桜だったが、一呼吸置いた後、決意を込めた表情に変わった。
「……お母さん、私は悔しかったの!
あんなにお母さんが苦しそうにしているのに、何もできない自分が!
ただ泣くだけしかできなかった自分が!
今回はひろくんが助けてくれたけど、一人でやらなきゃいけない時があるかもしれない!
その時に、あんな想いをするのはもう嫌! これはお母さんのためとかお父さんのためとか、そんなんじゃない。私自身のために、強くなりたい!
ただ泣き寝入りするんじゃなくて、立ち向かっていける力がほしいの!」
桜の気持ちのこもった言葉が、リビングに響く。
気持ちが入りすぎているんだろうね。桜、俺のこと家では『ひろくん』って呼んでるんだね。可愛いな、おい。
「桜……」
「お願い、お母さん、お父さん。私がダンジョンに行くのを許してください」
桜の慟哭を受け、お父さんとお母さんは顔を見合わせる。そして相変わらず手持ち無沙汰で場違いに佇む俺。
「……椿、良いんじゃないか?」
「
「桜が私たちにここまで言ってくることなんて、今までなかっただろう?
桜の気持ちは本物だと私には感じられた。そんな想いを我々の物差しで止めてしまうのは良くないんじゃないだろうか?」
「でも、一歩間違えれば命の危険もあるのよ?」
「分かっている。だから、いざという時に危険から守ってくれるボディガードを雇えば良いんじゃないか?」
「ボディガード?」
「ああ。以前聞いたことがあるんだが、安全にダンジョン探索を続けられるよう、護衛をビジネスにしている業者もあるようだ。それを利用すれば、リスクは格段に軽減できるんじゃないか?
もちろん、桜にも自分の能力以上の深度には探索しない、護衛の言うことは絶対に守る等の条件を守ってもらう必要はあるが」
「護衛……でも、それも大丈夫なの? ダンジョンなんて人目の届かない危険な場所なんでしょ? 護衛が変な気を起こすこともあるんじゃ?」
まぁ、確かにその不安もあるよなぁ。
護衛と言うからにはある程度の”力”はあるんだろうし、そんな奴らが襲ってきたら桜なんて抵抗できないだろうし。
ダンジョンの敵はモンスターだけではないのは、もう常識だ。利益をかすめ取ろうとする人間がいるのは注意喚起されているし、”力”に溺れた人間が、その力を快楽のために扱う場所としてダンジョンほど適当な場所はない。
「偶然にも我々には信頼できる人がいるじゃないか」
「信頼できる人……?」
お母さんはしばらく言葉を反芻すると、こちらに目を向けてきた。ばっちりと目が合う。思い切り良い笑顔になるお母さん。隣からも熱い視線が注がれていることは見なくても分かった。
「それは素敵ね、月遙くん」
「柴田先生。失礼ですが、先生は教職から退職されると聞きました。今後の予定は既に決められているので?」
「……いえ、とりあえず探索者として自分の力量を試してみようとは思っていますが」
さすがにスキルオーブを乱獲して、それを売りさばいて億の稼ぎを期待していますとは言えない。まだできるかどうか未知数だからな。
「とするなら、護衛とか興味ありませんか? 報酬は期待してくださっても構いません」
「いや、報酬とかは別に良いですけど……。
良いんですか? 先ほどお母さんも仰っていましたが、ダンジョンは何が起こるか分かりません。いや、対モンスターや犯罪者相手ならなんとかできる自信はちょっとありますが、もしかしたら僕が間違いを起こすかもしれませんよ?」
「ははは。面白い冗談を仰られる。先生ほどのお人好しがそんなことされるわけないじゃないですか」
むむっ。俺はそこまでお人好しではないぞ。確かに気に入った相手にはお人好しというか甘くなってしまうが、気に入らない相手には鬼のような厳しさだ。ん……そう考えたら、桜に対しては確実にお人好しか。
「それにもし間違いが起こっても、ちゃんと責任を取ってくれるなら大丈夫ですよ。ね、桜?」
「ちょ、ちょっと、お母さん!?」
ふふふ、と笑いを零しながらとんでもないことを言うお母さん。
さすがの桜も顔を真っ赤にして慌て気味だ。どこまで冗談かが分からないが、さすがの俺でもここまではっきりした言動が続けば桜の好意に気づいてしまう。鈍感系の主人公は、もうこのご時世流行らないのさ。
……冗談ではないよね? え、いいの? こんなおじさんと女子高生……いやもうすぐ女子大生か、いやそれはどっちでもいいが、そんな若い子がお付き合いとか大丈夫なの?
「ははは。先生も乗り気のようで何よりです。それでは、これからもお願いしますね、先生」
にこやかに握手を求めてくるお父さん。握られた手には、必要以上に力がこもっていた気がする。
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