第20話 呪い
「……先生?」
「何だと?」
お父さんが怒気を含んだ声で、俺を睨めつける。
だが、それに構わず俺はお母さんの側に屈み、失礼しますと手を取った。
びくっと一瞬手を引こうとするが、俺と目が合うと手をそのままに動きを止める。真剣な表情で、二心がないことが分かったのだと思いたい。
「おいっ、何を!」
「お父さん、待って!!」
掴み寄ろうとするお父さんを桜が制止した。その僅かな時間があれば、大丈夫だ。
俺は確信を持って、お母さんの
――対象物に"設定"されている
奇しくも先日桜に伝えた言葉だ。
俺は、ステータスを設定する力はモノにしか効果がないと思っていた。
でも実際には違ったのだ。
気づいたのは先日桜を抱きしめた瞬間。
触れ合ったときに解析が勝手に発動し、桜のステータスがホログラムウインドウとして出現した。
その時に出てきたのは、生命力や筋力などの各種ステータスとそれに付随するプラスマイナスのアイコン。つまりはステータスの数値を変更することができるということだった。
ステータス調整の対象は物に限らない。俺が触れているモノのならあらゆるモノが対象となる。
そして、あらゆる物は無機物に限らない。テーブルナプキンだって、人間だって、この世界に存在するモノであれば、"あらゆるモノ"に含まれる。
なら、人間も俺の能力の範囲に含まれるのではないだろうか。
俺が手に触れるモノのステータスを弄ることができるのならば、俺以外の人間の能力も弄ることができるはずだ。
そう。例えば、桜のお母さんに付いている【呪い】ですら。
-------------
【氏名】 柾木 椿
【位】 3,715,814,396
【恩恵】 -(未)
【天稟】 ★★★★
【スキル】-(未)
潜在能力値 82.472
生命力 7 / 12
精神力 3 / 9
筋力 (-)2(+) ※【呪い】状態により低下
体力 (-)3(+) ※【呪い】状態により低下
器用 (-)9(+) ※【呪い】状態により低下
敏捷 (-)1(+) ※【呪い】状態により低下
知力 (-)24(+)
魔力 (-)11(+)
【状態】 呪い
-------------
一度は治ったはずなのに、すぐさま再発する病を見た時、お母さんを解析した。
病気として"治った"直後に、治る前の同じところまで一瞬で症状が進行するなんてことがあり得るのか。その疑問が解析に繋がったのだが、想像以上の結果が現れた。
――何だよ【呪い】って。
俺の権能の一つである【ステータス】を発動し、お母さんの【状態】である呪いに意識を込める。
-------------
【状態】
出血 OFF
火傷 OFF
麻痺 OFF
恐怖 OFF
呪い ON
石化 OFF
沈黙 OFF
暗闇 OFF
混乱 OFF
魅了 OFF
怒り OFF
狂気 OFF
老化 OFF
-------------
狙いとは違って状態異常全てがリスト化されてしまうが、呪い状態のON、OFFの切り替えは出来そうだ。すぐさま、呪いを解除する。
「なっ!?」
再びお母さんの身体が橙の光に包まれ、呪いが消える。
しかし、すぐにステータスの【状態】欄に呪いが発生してしまった。二度繰り返すが結果は一緒だった。
――どういうことだ?
答えを知るためにも、解析を深める。
-------------
柾木椿の罹った【呪い】
影響力低、進行速度遅の第三級(軽度)の呪い。
下肢から徐々に身体の自由を奪い、最終的には全身を麻痺させる。筋力は損なわれないため、生命に影響はない。
呪物【
-------------
「これか!」
呪物【
「先生?」
「お母さん、病気の症状が出始めた頃に、買ったり貰ったり拾ったりして、今も持っているモノはありませんか?」
「え……えっと?」
しばらく記憶を探っていたお母さんだが、力なく首を振る。確かにそんな前のこと、ぱっとは思い出せないよな。
解析を続けるが、どうやらその呪物の場所までは分からないようだ。ただ、お母さんと呪物の距離が数メートル以内であることは分かった。
この呪物の"影響力"が低いため、すぐ側にないと呪いの効果が出ないようだ。つまりはお母さんが身につけているモノか身近に置いてあるモノということになる。
「……ソレが呪いの原因なんですか?」
「うん……絶対とは言えないけど、限りなく可能性は高いはず」
もっとヒントがないか解析を続けていると、桜が真剣な眼差しでこちらを見てきていた。
「……先生はソレを見れば、当たりかどうか分かりますか?」
「ああ。それは間違いなく分かる」
「分かりました。ちょっと待っていてください」
「あ、おい、桜!?」
お父さんの制止を聞かずに、桜がリビングを飛び出していった。お父さんとお母さんの中に取り残されて、ちょっと気まずい。
しかし、その気まずい時間は僅かで済んだ。だだだ、と廊下を走る音が聞こえ、リビングのドアが勢いよく開かれる。
「先生、持ってきた!」
桜の腕に抱えられたのは、大きめな段ボールだった。それをテーブルの上にどんと置かれる。中には小さなぬいぐるみや数冊の本、オシャレなストールや化粧品の瓶、それにお守りなどが入っていた。
「これは?」
「怪しいモノ第一弾! 他にもあるけど、まずこれをチェックしてください!」
「お、おお」
なぜに怪しいと言い切れるのか分からないが、とりえあず可能性があるなら見ていくしかない。
「これは、違う。これも。これも」
「……」
「……これ、だ」
そして見つかる。
諸悪の根源。
それは、小さなお守りだった。
-------------
【
【授呪】スキルにより生み出された呪物。
対象者に第三級(軽度)の呪いを宿す。
-------------
「ほ、本当!?」
「これは……」
「むぅ……」
元凶を前に、三者三様の反応を見せる。コレがどういう経緯でここにきて呪いを生み出したのか、それは俺には分からないが、今はそんなことは関係なかった。
「これを壊したら、お母さん治るの?
「……ああ」
頷くが、返答までに少し躊躇したことで桜が不安な声で聞いてくる。
「……何かあるんですか?」
「どうやら、コレを壊そうとすると防衛機能が働くようになっているようです。正直、何が起こるか分かりません。もしかしたら、お母さんに何かしらの害が及ぶ可能性もあります」
「そ、そんな……」
解析結果に出ていた事実を隠さず伝える。
どうやら、コレを作った奴は相当にこの呪いを解かせたくなかったようだ。
「……先生、ありがとうございます」
「え?」
「私には何が起こっているのか分かりませんが、それでも先生が一生懸命解決してくれようとしてくれているのは分かります。
夫は私たちを心配して先生に失礼な態度を取ってしまっていますが、でも、本当は先生を信じたいと思っているんです」
「お、おい。椿」
「もし先生に危険が及ぶことであるなら、もう止めてください。でも、もし大丈夫なら――どういう結果になろうとも、私たちは先生を信じます。だから、思う存分やってください」
いったい、なぜそこまで俺を信頼してくれるのかは分からないが、お母さんの言葉は俺の胸に篤く響いた。この人の信頼を裏切りたくないという気持ちが、強く心に生まれる。
やるしかないじゃん。
「柴田先生、お願い……お母さんを助けて」
「任せろ」
瞬間。
持っていたお守りに黒い火花が弾け、不可思議な揺れと共にお守りが俺の手から勝手に抜けていった。まるで意思をもったかのように距離を取ったお守りから赤黒いもやが生まれ、それが段々と人型に形作られていく。
「がぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎ」
何かをこすり潰しているかのような、不快な声が響く。
赤い猿だ。
瞳のない異様にでかい目が、ぎょろぎょろと動く。両頬が裂けたように見える程大きな口は、唇がめくれ獰猛な牙が丸見えだ。大きな胴体よりも長い手をぶるんぶるんと回している。
「な、なんだこいつは!?」
動揺を隠せないお父さんは、それでも桜とお母さんを背に隠し守ろうとしていた。
「どうやら呪いの正体みたいです」
解析結果からも明らかだが、ダンジョンの外でこんなモンスターみたいな存在に出会うとは、正直驚きを隠せない。
「がちぐぎぎがががぎぎ」
ぎょろぎょろ動いていた眼球が、ぴたりと俺に向かって止まる。瞳がないのに、こちらを視られていることは分かった。
ぶるんぶるんと回す両腕が、関節や骨って何だろうと思わせる不可思議な動きで俺に迫ってきた。
大丈夫。
本来は目で追えないほどの俊敏さなんだろうが、はっきりと、ゆっくりと、確実に捉えることができている。
「いやー」
驚いたことに、もやから生まれた赤猿は、確かな実態をもっていた。迫る腕を弾くと、堅い弾力を感じる。同時にぞわぞわとする不快感も感じ、思わず悲鳴が漏れた。
弾かれた赤猿の両腕が、リビングテーブルや照明を破壊し、ガラスが舞い散る。
桜か桜ママの小さな悲鳴が響くが、そちら側に被害はないように弾いたので大丈夫だ。むしろ、高そうな家具が壊されたけどこれって俺が弁償するのか、と一瞬頭を過ってしまう。
が、それは置いておく。悪いのは俺ではなく、あの赤猿だ。迅速に赤猿を倒さないと。
「よっこら、せぃ」
締まらないかけ声で、一気に踏み込む。床を傷つけないように注意を払いながらも踏み出し、一呼吸の間もかからず赤猿に肉薄する。
赤猿が慌てたように腕を畳むが、長すぎた腕で防ごうとするのは悪手だったな。腕が俺に迫る前に、赤猿に拳を叩き込む。ばちん、とゴムが弾けたような破裂音と共に、赤猿の身体も弾け散った。
弾け散った赤猿の身体はそのままもやとなり、やがて消えていった。残されたのは静寂だけだった。
「ふぅ。これで大丈夫だと思います」
もやが消える前に解析しておいたが、『呪物【
「……お母さん、痛くない?」
父親の背に守られていた桜が、お母さんに寄り添いながら不安げな顔を見せていた。
「……」
最初は脚を触っていたお母さんが、ゆっくりと車椅子から立ち上がり――
「大丈夫……大丈夫! 痛くない!」
「椿……本当に大丈夫、なのか?」
「うん、痛くないよ……
零れ落ちる涙を隠そうともせず、親子が抱き合う。
今度は、この感動的な場面が消えることはなかった。
それは良いのだけれど。
凄い場違い感を感じてしまう。やっぱり家族が経験してきた苦しさを俺は知らないから、その感動の中には入れないよな。
というか、お父さんの名前は月遙って言うんだな。ダンディな見た目に相応しい、オシャな名前だ。
「ひろくんっ!!」
手持ち無沙汰でいた俺に向かって、突然桜がぶつかってきた。もちろん避けることは容易だったが、そんな酷いことはできない。
避けてしまって桜が転んだりしたら大変だ。桜を守るためにも、仕方なく小柄な身体を受け止めた。そう、抱きしめてしまったのは不可抗力ってやつだ。無罪。そのまま桜が強く俺の背に腕を回してくる。柔らかく、良い匂いがした。
「ちょ、ちょっ!? 桜!?」
「ありがとう……ひろくん、本当に、ありがとうございます……」
抱きつかれている姿勢なので、俺からは頭のてっぺんしか見えないが、聞こえてくる涙声が桜の心情を簡単に想像させてくれる。
戸惑いはあったが、無理矢理引き離すことはできなかった。
視線を上げれば、まだ涙を流しながらも、にっこりと笑顔でこちらを見守ってくるお母さんと、そのお母さんを抱きしめながらこめかみをひくつかせている、複雑な表情のお父さんが見えた。
そんなお母さんが頷いてくる。
仕方ない。未だ力を込めて抱きしめてくる桜の背に、軽く手を添えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます