第17話 プリティジョーク【ADA】

 白雪が受付カウンター裏にあるスタッフルームに戻ると、すぐさま伊達からの呼び出しがあった。


 もう人使いが荒いんだからと頬を膨らませながら、スタッフ用のエレベーターで5階にある伊達の部屋を目指す。


 白雪が特別指令として浩之の担当を命じられたのが、一昨日のことだ。

 久しぶりの土日休みということで、友人と東京まで小旅行に出かけ、ルンルン気分で出勤してきた彼女を待っていたのが伊達から指示を受けたという冴葉だった。


 彼女から、近日中に柴田浩之なる男がダンジョン探索に訪れるから、担当となり、その動向を逐一報告しろという異質の命令を受けた。


 元々白雪は受付嬢ではなく、ダンジョン管理監査部の調査スタッフに籍がある。優れた外見をもち、機転が利くことから、時々受付スタッフとしてヘルプに出向くことはあったが、一人の探索者の専任になることなど一度もなかった。


 この命令に首を傾げながらも、本来の業務に勤しんでいたところ、ついに柴田浩之という探索者カードを持つ探索者がやって来たという報告を受け、すぐさま華麗なる受付嬢に変身したというわけだ。


 結果。


 この不思議な命令が、とんでもなくヤバい命令であったことに気づくまでに、そう時間はかからなかった。初日は特に何もなかったため、二日目の展開がより衝撃を与えていた。


「何なんですか、あの人!?」


 伊達の部屋に入るなり、白雪は伊達に詰め寄る。

 大きなガラス窓を背に、樫の木で作られたデスクの向こう側で、伊達は腕を組み高級そうな椅子に座っていた。


「何があった?」

「何があった、じゃないですよ! 最初はぼーとした普通の一般人かと思いましたけど、なんかスタイル良いし顔も平凡だけど優しそうでまぁ合格点かなって評価を上げてたら!」


 バンッとデスクに両手を叩きつける。置いてあったコップが揺れ、伊達の隣に立っていた冴葉の目尻がピクリと震える。だが、それに気づかず――いや、気づいていても敢えて無視しているのかもしれない。


「一時間くらいでダンジョンから戻ってきたんですよ!」

「……何が言いたいの?」

「もう、こっからが大事な所です! イイですか、1時間ですよ。初心者なら潜れても3階層が良いところ。なのに! なのに!! ドロップされたアーティファクトを持ち帰ってきたんですよ! あり得ます!?」


 白雪は、最初に浩之からドロップの話を聞いたときは5階層まで潜ってきたのかと思ったが、冷静に考えれば1時間で5階層まで行くというのは、初心者には難しい。


 直線距離で考えても数キロはある。モンスターがいる中、1時間以内に往復するというのは困難な話だ。


「……なんだと?」

「……一体何を?」

「ふふん。聞きたいですか?」


 白雪は自分が受けたショックを、伊達や冴葉にも受けてほしかった。だからしっかり溜めて、溜めて、溜めに溜めて、伊達達がイライラし始めるまで溜めてから言い放った。


「スキルオーダーがシングルのスキルオーブ【光魔法】――それも原始魔法オリジンです」

「――ッ!?」

原始魔法オリジンッ!? しかもシングルッ!?」

「ふふん。びっくりしました? 私もビックリしましたよ! ふざけんなって感じですよね? あれだけ熟練探索者達が求めているスキルオーブを、1時間ですよ! い・ち・じ・か・ん!! もう私頭おかしくなったかと思いましたよ! 冷静に対応できた自分を褒めてあげたいくらいです! もう嘘みたいなバカな話でしょ!」


 えっへんと大きな胸を反らす白雪。テンションの高さが、どれほどの衝撃を彼女に与えていたかを如実に表していた。


「……偽物ってことは?」

「何の為にですか? 私たちを騙して柴田さんの得になること……ああ、売却を気にしていたので偽物なら詐欺ができますね。でも、あれは本物です。紛い物にあの存在感は出せません。それにスキルオーブの売買は基本的に本人同士の直接取引です。偽物を出したところで簡単にバレてしまいますよ」


 スキルオーブを見た者は、基本的に畏怖を感じるという。珠から何かしらの波動が出ているのではないか、と研究者達は言っているが、それが事実かどうかは誰にも分からなかった。


「……待て。柴田浩之は売却すると言っているのか?」

「はい。売却方法について相談を受けました」

「……これから探索者をやっていこうという奴が、★《シングル》の原始魔法オリジンを売る? 既に複数持っている? いや、今後も入手できる自信があるのか……?」


 伊達は眉間に寄った皺をさらに深めながら、思考の渦に潜っていく。


 普通の探索者は、基本的にスキルオーブを売らない。売るとしても重複したスキルダブりや不要なモノだけだ。それほどスキルオーブから得られる力は大きい。

 売ってしまうより、得た力を活かして探索者としての活動範囲を広げた方が儲かることは周知の事実だった。


 それでも急な現金が必要だとか、引退を考えているからとか、スキル以外の"力"を持っているといった理由で売却を選ぶ者もいるが、少数派だ。


 浩之の調査結果からは、特にお金に困っている事実は出てきていない。またダンジョンで通用するような経験もしてきていないことが分かっている。


「……本物か」

「部長?」

「これを見てみろ」


 差し出されたのは一枚の紙だった。

 それに目を落とした白雪は、すぐに驚愕の表情で顔を上げた。


「うそっ、これって!?」


 そこに書かれていたのは、先日神碑オベリスクに記載されていた探索者のランキング一覧だった。もちろんそのトップには『H.Shibata』なる白雪にとって最近よく聞く名前が記載されている。


「トトトトトトトップ!? こ、これ本物ですか!?」

「あなたがさっき言ったじゃないの。何のために偽物を見せる必要があるの?」

「そ、そうですよね……でも、これって……」

「一体何が起こったのか、何が起こるのか――それは誰にも分からん。だからこそ、我々は奴を知る必要がある。白雪、奴の性格的なところはどうだ?」

「そんなに関わったわけではないので分かりませんが……なんとなく平凡な感じはしました」

「平凡?」

「はい。物腰は柔らかいですが、女性との関わり方には慣れがなかったですね。カフェの会計で戸惑いが顔に出ていましたし。ただ攻撃的でもないので、本当に『良い人』を地でいく感じでしょうか」

「そうか……」


 伊達はしばらく空を眺め、一つ頷いた。


「白雪はこれからも柴田浩之に付け。動向は逐一報告すること」

「ちょっと心臓に悪いんですが……」

「特別手当も付けてやる。高給分は働け」

「ボーナス! ありがとうございます! 頑張ります!」

「もし、またアーティファクトを持ってくるようなことがあれば、奴は"使える"。しっかりと親密な関係を築いてこい」

「……1時間で100億稼ぐ男ですか。顔もそこまで悪くないし、玉の輿ならアリっちゃアリですね!」

「白雪」

「う、嘘です! 冗談です! プリティジョークってヤツですよ! あはは」


 冴葉の冷めた目線に、ビビってしまう白雪。直の先輩には弱い白雪だった。

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