第16話 光魔法
ダンジョンから現実世界に戻ってくると、受付カウンターで白雪さんが待ち構えていた。
白雪さんのところ以外にも空いているカウンターはあったが、笑顔でこっちにこいと圧をかけてくる。
「柴田さん、お疲れ様でした!」
「どうもです。いつもありがとうございます」
基本的に俺の相手は白雪さんがしてくれるみたいだけど、これって担当制とかあるのかな。
特にその辺りの説明は受けていないが、そういうこともあるのかもしれない。
「今日の探索はどうでしたか?」
「ちょっと運良くアイテムをゲットしまして。売却の相談窓口は2階でしたっけ?」
差し出された探索者カードを受け取ったついでに、質問する。確かここの2階で買い取りをしているという話があったはずだ。
「えっ!? 柴田さん、5階層まで行かれたんですか!?」
白雪さんが驚いたように大声を上げた。何事かと他の受付嬢や、カウンターで話をしていた探索者達がこちらを見てくる。
自分でもやってしまったと思ったのか、白雪さんはすみませんと謝りながら、こっちに来てくださいと有無を言わさない迫力で迫ってきた。
そのままビル内に併設してある喫茶店に連行された俺は、言われるがまま席に着いていた。
「良いですか、柴田さん! そんな装備で5階層まで行くなんて! 命知らずにも程がありますよ!」
しっかりとドリンクを頼んだ後に、仕切り直しとばかりに指を立てふんすふんすと叱ってくる。どうでも良いけど、このドリンクは俺が奢らないといけないんだろうか。
「ちょ、ちょっと待ってください。僕は5階層なんて行っていないですよ? 安全に1階層でちまちまやっていましたから」
「柴田さん、そんな嘘はダメですよー」
ちっちっち、と名探偵バリのポーズを取ってくる。お前の嘘は丸っとお見通しだ的な不敵な表情だ。
なんでもこの岡山ダンジョンでは、1、2階層は雑魚と呼ぶにもおこがましいモンスターしか出現せず、こいつらはアイテムドロップもしない存在意義のないやつら、らしい。
3階層からは歯ごたえのあるモンスターが出現するようになるが、ここで出てくるモンスターもやはりドロップはしないようだ。
5階層を超えると、モンスターのランクも上がり、まれにアイテムがドロップされるようになってくるらしい。
確かに、1階層のモンスター達のドロップ率を考えたら、今までドロップされていていないというのも仕方がないのかもしれない。
「そうなんですね。じゃあ、僕は運が良かったみたいですね」
「はぁ……分かりました。では、アーティファクト売却をお考えになられているんですね?」
俺が1階層までしか行っていないということは、多分信じてないんだろうが、埒が明かないと思ったんだろう。話を進めることにしたようだ。
「そうなんです。たまたま運良く、結構レアっぽいアイテム……じゃなくてアーティファクトが手に入りまして」
「へぇ~レアなアーティファクトですか? それが何か教えて貰えるんですか?」
「もちろんです」
初心者が何言っちゃってんのという言葉を上品に隠しながら、にっこりとドリンクを飲む白雪さん。
昨日から、入手したアイテムをどこまで売却するかをずっと考えていた。今回、社会に流入しつつあるアイテムから、超レアなモノまで入手してしまったが、とりあえず最大のレア度を誇るっぽい【光魔法】のスキルオーブを売却しようと決めた。
俺がなぜダンジョンに入るのか。
それは楽して生活するための大金がほしいからに他ならない。
ということは、入手したアイテムを売却しないという選択肢は取れない。となると、多分、どのアイテムを売るにしても、いずれは絶対に悪目立ちしてしまう気がする。
社会に出回っているアイテムだけを売ったとしても、大きく儲けようと思えば売却する数が必要になってくる。
かといって売却する数を少なくしようと思えばレア度の高いモノを売る必要がある。
となると、どっちにしろ注目を集めるのは不可避だろう。
どうせ悪目立ちするなら、大きく稼げる方を選ぶのが良いという結論に落ち着いたわけだ。
多分トラブルも出てくるかもしれないが、俺の力なら力業で解決できそうな気もするし。
まぁ、今の仕事を一刻も早く辞めたい気持ちがこの決断を強く後押ししているのもあると思うが。
「これなんですけど」
「ぶふーーーーーーーーーーっ!!」
持ってきていたバックパックから取り出したような動きで、【インベントリ】から【光魔法】のスキルオーブを取り出して机の上に置く。
それを見た白雪さんが、飲んでいたアイスティーを大きく吹き出した。うわっ、ちょっとかかったんですが? 周りに人がいなくて良かったよ。
「こここここここ!?」
「鶏ですか?」
「こここれこれこれこれって!?」
わなわなと震えながらスキルオーブを手に取ろうとして――寸前で、俺の手が珠を掴む。
「あっ、す、すみません」
「いえいえ」
スキルオーブは、手に持ち『使用する』意思を強く持つだけで使用できる。これはダンジョンで【カード】を取得している人であれば誰にでも可能みたいだ。
ということは、スキルオーブを手に入れた人でなくてもスキルを入手できるということになる。見せてほしいという人に渡してしまい使われてしまったら、もう取り返しがつかない。
実際にそれでトラブルになったこともあるらしい。
白雪さんがそのつもりで持とうとしたわけではないだろうけど、わざわざトラブルの種を作る必要はない。
スキルオーブの種別は、触れなくても視界に捉え意識さえすれば脳裏に浮かんでくる。
「【光魔法】……それもスキルオーダーが
自分の軽率な行動で冷静になったのか、落ち着いた口調に戻っていた。
「信じて貰えないかもしれませんが、1層で入手しました」
「1層で? そんなことが……あるんですね」
ほう、と小さくため息をついた白雪さんは、諦めたように頷いた。
ここで俺の言葉の真偽を確かめる術がないからだ。それなら受け入れて話を進めるしかない。
「実際、これを売ろうとしたらいくらくらいになりますか?」
「そうですね……」
じっくりと珠を見つめながら、真剣に考えてくれる白雪さん。その雰囲気に思わずごくりと生唾を飲み込み、喉が渇いていることに気づいた。頼んでおいたミックスジュースに口を付けると、濃厚な美味しさに喉が鳴る。
「最低でも、100億」
「ぶふーーーーーーーーーーっ!!」
「きゃっ!? ちょっと、何してるんですか!?」
今度は俺が吹いた。そして理不尽に怒ってくる白雪嬢。解せぬ。
「ひゃっ、ひゃっ、100億!? 100万じゃなくて100億? ジンバブエドルとかペリカとかじゃなくて円で!?」
既に使われなくなったジンバブエドル。100兆ジンバブエドルが1円の価値にも満たなかったというアレだ。
「ええ。ADAの買い取りでよろしければ、少なくとも100億円はいくはずです」
「すげぇ……」
まさかの億超え。それも100億。宝くじの一等を遙かに超える額が、毎日手に入る? マジで? え、これ仕事辞められるじゃん。
いや、さすがに毎日高価なオーブを産出してしまうと値崩れしていくだろうから、そんなに頻繁には出せないだろうけどもさ。それでもヤバい状況なのは俺にも分かる。
目がお金マークになってしまっていたのか、白雪さんが半目でこちらを見てきていた。
ごほん。大人として落ち着かなければ。
「んん、なるほど。100億ですか。それはまた、ええ、またまた、はい」
全然無理だった。
「はぁ……これはあくまでも
「オークションですか?」
そういえば、探索者の情報をネットで探っていたときに、オークションの存在も何度か記事にあったな。ADAが開催するオークションもあった気がするが。
「ええ。グリスティーズやザザビーズなど大手オークション企業を始め、国内でも新聞社や証券会社が開催するオークション、果てはネットオークションまで、スキルオーブは目玉商品として取引されています。
でも、アーティファクトに関して言えば、やはりADAが開催するものが一番安心感と信頼感がありますね」
手前味噌ですがと言いつつも、確固たる自信がるんだろう。自信満々に言い切る姿は格好良かった。
「そのADAのオークションに出品って、僕でも出来るんですか?」
「もちろんです。探索者カードが身分証明書にもなっているので、それだけで大丈夫です。
流れとしては、販売委託契約を締結していただき、手数料として落札価格の1割と、売り上げに応じたダンジョン税をお支払いいただくことになります」
「な、なるほど……」
ダンジョンから産出された資源の売買は、探索者カードを介した取引にすることで、それにかかる税金関連はダンジョン税なるものに統一される。税率は10%。それに加えて10%の手数料ということで、計20%持って行かれるわけだ。恐ろしきものだぜ。
じゃあ、他の仲介業者や個人売買はと言うと、雑多な税金がいろいろかかることになる上、やっぱり手数料は必要だし、何より詐欺などのトラブルに巻き込まれるリスクが段違いに高い。
「オークションの方が高く売れるんですか?」
「時期や需要にもよりますので必ずしもイエスとは言えませんが、希少な品であればあるほど高値が付きやすいとは思います。一応買い取りでも需要を勘案はしていますが、それでも限度はありますからね」
「ちなみにオークションに出品した場合、出品者の情報はどこまで公開されますか?」
「そうですね……。基本的には個人情報となりますので、こちらから情報を公開することはありません。ただ、例えばこちらのスキルオーブを出品された場合、受け渡しは直接対面で行うことになりますので、そこから派生する情報漏洩に関してはこちらの管理責任外となります」
まぁスキルオーブを預けるなんてことはできないからな。俺の情報が漏れるのはやはり仕方がないことっぽい。
「分かりました。前向きに検討してみようと思います」
「ぜひ良いお返事が頂けることを期待していますね」
残っていたミックスジュースを飲み込み、席を立つ。もちろんさり気ない動きで伝票を掴むことも忘れていない。
「いろいろと教えてくださり、ありがとうございました」
「こちらこそ、良い体験が出来て良かったです。もし、気持ちが固まりましたら教えてくださいね。
あっ、ごちそうさまです」
レジで支払い――飲み物二つで3,000円を超えるぼったくり価格だった。二度と使用しないぞ――を終え、揃ってカフェを出る。
「柴田さん、下層を目指そうとするなら、絶対に装備は調えてくださいね。装備があることで救われることもあるんですから」
「ええ、分かりました。善処します」
苦笑いで返す。ただ、装備品って全体的に高いんだよな。しかも俺のステータス的に必要とは思わないけど……いや、これが油断か。ちょっと本気で装備については考えてみるかな
「盗難には気をつけてくださいね。では、失礼します」
白雪さんはぺこりとお辞儀して、受付カウンターの方に戻っていく。そういえば業務中にカフェに行っていて良いんだろうか。なぜか白雪さんなら許されそうな気がした。
時計を見ると14時を超えたところだった。桜達との約束の時間まで2時間弱。帰って準備をするとちょうど良い時間になりそうだな。
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