第5話
ドボオォォオン
薄暗く広い空間に激しい水音が響き渡る。
どうやらここは大きな貯水池のようだ。
いまだ遠くで崩落してきた瓦礫と思しきものが水面に落ちる音がかすかに聞こえる。水面の足場であろうところに水際にびしょ濡れのヘイムルが這い出してきた。
「いっったぁぁあああ」
おそらく30mほど落ちたのだろう。うまく着水したとは言え、水の冷たさと相まってすでに足の感覚は薄い。しかし幸い、骨は折れていないようだ。
「しかし…落ちたのがハルドルだったら危なかったな…おーい!ハルドル!ヒルム!」
仲間の名前を呼ぶが返事は返ってこない。
ヘイムルはひとまず携帯オイルランプをつけ、水を吸って重くなった軍服を脱いだ。
「くそっ…これは脱出に時間がかかりそうだな…」
そういいながらら彼はおもむろにベルトについたポーチから湿っていくぶんか噛み砕きやすくなった軍隊ビスケットとジャーキーを取り出し、口に運んだ。
…一方地上。
ヘイムルが崩落に飲み込まれたあと、床の亀裂が入り口付近まで伸びてきたため2人は魔物を警戒しながら通路の外へ出た。幸い魔物はいなかった。2人は方針を決めるべく仮設拠点へ戻った。
…いや、正確にはハルドルがヒルムを抱えて戻った。
「ハルドル!離せ!隊長が!」
「…っふぅ…まぁ落ち着けヒルムの嬢ちゃん、俺らがあそこで隊長を追って亀裂に飛び込んだらそれこそどうなるかわかったもんじゃねぇ。だろ?」
「…ん」
「それに嬢ちゃんも聴いただろ?俺等があの場を離れる前に聞こえた水音を。大丈夫。俺らの隊長はあんなんで死ぬたまじゃねえよ。」
「…」
ハルドルは自分を説得するように言い、ゆっくりと立ち上がった。
「そんじゃあ、一度領主様に救援を要請しに行こう。もうこうなっちまってはどのみち俺らだけじゃ厳しいしな…」
「理解した。」
2人は手早く仮設拠点を片付け、ミュルクルを連れて馬でヤルンベルグ城への道を駆けた。
…一方遺跡地下。
「…よし、食糧は足りる。燃料もある。水もある。悲観することはない。じき異変に気づいた母上が援軍を送ってくださるはずだ。何も悲観することはない…ここは崩落も起きなさそうだし、気晴らしに少し歩くか…」
そう言いながらヘイムルはヒビ一つない平坦な通路をオイルランプを持って歩いていく。
地上での溢れかえるほどの魔物の襲撃が嘘だったかのように遺跡内は何の気配もない。
ただひたすらの静寂が濡れた肌を突く乾いた空気をより鮮明にする。
ただひたすら、暗闇のくすぶるまっすぐな通路内にヘイムルの足音が響く。
…ふと、開けた空間に出た。
何やら仄暗く発光する大きなガラス瓶のようなものが部屋の中央に安置され、そこから放射状に大量のロープのようなものが床の上に伸びている。
近づいてみると、その中には純白のドレスを纏った漆黒の羽と肌を持つ黒髪の彫刻のように美しくもどこか不自然さを感じさせられる少女がまるで魂がぬけたが如き状態で眠っていた。
「天人族?」
ヘイムルがそうつぶやくと、それに答えるように瓶がわずかにその光を強めた気がした。
「原書ノ末裔ニヨル接触ヲ確認。仮死状態ヲ解除シマス。」
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