第31話 スライム駆除 最弱スキルの初仕事

 ご老人についていくと、畑が見えてきた。


「まさか、この面積を一人で?」


「そんなわけ無いじゃろ。家内と二人でだ。今は家内は出かけておる」


 おいおい、とてもご老体二人で見るような範囲ではないぞ。


「スライムの大量発生で畑を一つ駄目にしてしまった。スライムは作物は愚か、土も駄目にする。土の中の微生物は食べるし、糞は毒になる。ほれ、まずはこの畑から頼む。ここならまだ救える」


 ご老人が案内した畑は、まるで緑の絨毯のように青々とした葉っぱが一面を埋め尽くし、真っ青な空に一面の緑とコントラストが効いた光景が気持ちを良くさせる。俺達のビンボー村ではまず見られない光景、息を吸い込むと新鮮な空気で聡明そうめいになりそうだ。


「よし、やるか!」


「くれぐれも、わしの大切な子達を踏むなよ」


 畑に初々しく実っている野菜のことだろう。俺達は慎重に足場を確認しながら畑の中を進む。心配そうにご老人もその後をついて来る。

 しばらく歩くと茎の根本にべっとりとこびり付いている半透明なゼリーのような、わらび餅のような物体を見つける。薄っすらと青みがかったその物体は四十センチほどで、そのゼリーのようなブヨブヨの中身をよく見ると、内臓のような物が動いているのが分かる。


「うぇ、気持ち悪ぅ」


「リチャーズ、男らしくないわ」


「男もなにも関係あるかぃ! 気持ち悪いものは気持ち悪い。そういうエリィが先陣きってやってくれよ〜」


「あー! なんて男らしくないのかしら〜」


「男女差別だー! 男だからって何でも出来ると思うなよ〜。なぁ、アックス?」


「こいつ、どうやって倒すんだ?……」


 アックスはすでにスライムを素手で殴っていた。スライムの体を通った手はドロドロの液体まみれ、スライムに一切のダメージはなさそうだ。


「……よく、素手でさわれるな」


 アックスの行動力には感心するよ。どうかその手で俺を触らないでね。


「エリィ、知ってる? スライムの倒し方?」


「そうね、授業では火に弱いって習ったけど……ここは畑よ、松明たいまつなりで火を使うわけにはいかないわね」


「なんじゃ、ド素人さんかね!」


 見かねたご老人が割って入る。


「スライムは人には害がないんじゃ。素手で持って、かごかなにかに入れて集める。それを後でまとめて火を放てば終わりじゃ」


「すみません……これが初クエストなものでして……」


「ふん! これだから若いもんは……昔はそんなの常識だった。しばし待っとれい、籠を持ってきちゃる」


 そう言うと、ご老人は畑から出ていった。


「私達は何を勉強してたんだろ……スライム一匹も倒せないなんて……」


「仕方ないよ、エリィ。村は乾燥地帯でスライムなんて全くいなかったんだしさ」


「そうだとしても! 冒険者になるための訓練をしてきたのに。最初のクエストさえ役に立たないなんて……」


「訓練と実践は大きく違うもん。決して訓練が無駄になるわけではないよ。それにしても、まさか冒険者でもない爺さんの方が実践を知ってるとはね」


 俺はスライムを触ってみる。


「うぇ、気持ち悪ぅ……。スキル発動!」


 スライムに突っ込んだ手が光る。スライムの体内で光は青く反射する。



◎スライム 〈スライム科〉粘性のあるゲル状のその体は物理的な攻撃を受け付けない。火を使って体の水分を抜くか、体内の消化器官を壊すかで死滅する。生殖器官はなく、分裂することにより個体数を増やす。老化現象は見られず、外部的な要因がなければ半永久的に生きるとも言われている。

・10〜50センチ ・湿地帯、ジメジメした所



 やっぱり知ったふうな内容だ。それでも『図鑑』のページが増えるのはなんだか嬉しい。


 ご老人が籠を持って戻って来ると、俺達はスライム駆除に取り掛かった。一匹一匹どろどろのスライムを持ち上げて籠に入れる。籠の中一杯になったら、畑の外に持ち出して開けた所でスライムを燃やす。そしてまた籠の中いっぱいになるまで畑を回り、集まったら燃やす。途中昼食を挟みつつ、その工程を日が暮れるまで俺達は行った。


「終わりか? 終わりだよな……」


「うん、終りだね」


 最後はしっかりもののエリィが畑中を最終チェックした。


「ふぇ〜、やっと終えた〜」


「早くお風呂入りた〜い」


 俺とエリィは地べたに座った。体力バカのアックスは立ったままだ。


「ご苦労さまです。毎年気をつけてはいますが、こうも増えてしまうとなると、じいさまと私だけじゃあどうしようもできなくてね〜」


 ご婦人がそう言うと、手にしていた布袋を俺達に渡した。


「これは?……」


「私達の畑で取れたものです」


「いやいやいや、これはもらえません! 僕達はギルドから報酬をもらうわけですし……」


「おほほ……最近の子は謙虚なのね。いいのよ、別に。これは報酬じゃないわ、老婆心ながらよ。聞くに昨日この街に来たばかりなんでしょ? ここは物価が高いだろうに大変でしょ。これを食の足しにしなさい」


「おばあさん、ありがとうございます! とっ〜ても美味しそうな野菜ですね」


 エリィは気持ちよくお礼を言って、俺の手から野菜がぎっしり入った布袋を剥ぎ取る。このパーティーの財布を握っているのはエリィだ。必死さからみて、財布事情はよほど深刻なのだろう。


「ふん……最初は何もわからん若造でどうしたもんかと思ったがな。まあ助かったわい」


「じいさん、今度はギルド通さなくとも、また何かあったら直接言ってくれ!」


 おいおい、アックス君やめておくれ。こんな重労働を無償でやるほど、俺は人間できてないぞ。

 横に目をやる。エリィは小刻みに首を横に振っていた。良かった。人間できているのはアックス君だけだ。


「ふん、生意気な小僧め! 依頼するお金をケチるほど落ちぶれちゃいないわい。ギルドに依頼出したら、すぐに知らせてやる」


 ご老人〜なんて人間できているんだ。タダ働きはなさそうで良かった。


「その時はすぐに駆けつけますよ! 今度は畑が駄目になる前にね」


「ふん、頼むわな」


 ご老人は顔中に深い溝を作って微笑む。


「お爺さん、ここにサインをお願いします」


 エリィが差し出したのはギルドに提出する報告書だ。エリィが作業内容を簡潔に書いたもの。今回のクエストはこれがないと報酬が貰えない。そのことをすっかり忘れていた俺とアックスは目を合わせて苦笑いを浮かべた。


 老夫婦と別れた俺達はその足でギルドに向かい、報酬を受け取った。初報酬に浮かれる俺達をよそに、何故かエリィ一人がガックシと肩を落としていた。


「――こ、これだけですか!?」


 すごい剣幕で今朝とは別のギルドスタッフに詰め寄るエリィ。


「……ええ。書類に書いてある金額通りですけど……」


「いや、でも……スライムとはいえ魔物ですし、数も多かったし、いくら危険性がないとしても、相場的におかしいようなー……」


「――エリィ、ほら行くぞ。お姉さんが困ってるだろうに」


「やめて〜……離して〜まだ交渉の余地が〜」


 受付カウンターにしがみつき引き下がりそうもないエリィを俺達は無理やり羽交い締めにし、そのまま引きずりながらギルドを後にした。


 彼女から聞くに、この街で普通に生活すれば三日で使いきってしまうほどの報酬しか貰えなかったと。この街の物価をいまいち把握してなくてクエストの相場も分かっていない俺とアックスは、それを聞いた所でピンとこない。


 初クエストに浮かれすぎてて全く報酬金額を見ていなかった俺達、次はちゃんと金額も見てから決めような。エリィの泣き顔をこれ以上見ないためにもね。

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