第2話 邂逅
ラッパ銃は世界史の資料で見たことがあるような火打ち石を備えたもので、モデルガンというには金属の質感がリアルすぎる。──商社マンの鉄則。銃口を向けられたら、まずは冷静に従い、交渉の余地を探ること。]俺は余計な刺激を与えないよう、両手を上げたまま相手の様子を探り続けた。
馬に乗った白髪に口ひげの男の背後に、二頭立ての馬車が近づいてきた。
停車した馬車から一人の少女が姿を現すと、凛とした声で言った。
「エドワード、銃を下ろしなさい。彼は危険な相手ではないわ」
プラチナブロンドの髪が陽光にきらめく。青い瞳は知性と好奇心を宿し、フリルをあしらった白いドレスは深い森の中で浮世離れした美しさを放っていた。胸元に添えられた小さな黒い喪章だけが、彼女の若々しさに不釣り合いな影を落としている。
お嬢様だと? いや、それだけじゃなく、馬車に馬だと? 日本でこんな状況はありえない。
「しかし、お嬢様。このような奇妙な格好をした男が街道の近くに……。万が一ということもございます」
エドワードと呼ばれた男は、俺に対する警戒を緩めることなく不満げに言う。
「いいから。私の目に狂いはないわ」
「そこまでおっしゃるのであれば……」
銃口がゆっくりと下げられる。
俺は安堵の溜息を漏らし、声の主へと視線を向けた。
お嬢様の青い瞳は冷徹なまでの理性を宿し、それでいて好奇心に薄く輝いていた。
「……助けてくださってありがとうございます」
「助けた、というのは少し語弊があるかしら。私はただ、貴重なサンプルを無闇に破壊されたくなかっただけよ」
少女は俺の周りをゆっくりと歩き回り、舐めるように観察し始めた。彼女が動くたび、ドレスの衣擦れと共に、どこか毒を含んだような、チュベローズの濃厚な甘い香りが鼻をくすぐる。
その視線は、人間を相手にしているというよりは、新種の昆虫でも見つけた学者のそれに近い。胸元の黒い喪章が、彼女の冷淡な瞳をさらに冷たく引き立てていた。
「見るからに『異世界人』ね。実物を見るのは、私も初めてだわ」
さらりと言われた言葉に、俺の思考が一瞬フリーズする。
異世界人。
……嘘だろ。いや、スマートフォンが圏外なことや、彼らの服装、それにこの不可解な状況を考えればその可能性が一番高いのかもしれない。だが、こうもあっさりと断定されるとは。
「お嬢様、そのような荒唐無稽な……! 異世界人など、お伽噺の中の存在でございますぞ。この男が荷物を狙う賊の一味でないとどうして言えましょうか!」
白いヒゲの男、エドワードが、驚愕の声を上げた。
「観察眼の問題よ、エドワード」
少女は俺の周りをゆっくりと歩き始めた。
まるで珍しい標本を眺める学者のような目つきで、俺の全身をくまなく観察している。
「まず、その服」
彼女の指が俺のスーツの袖に触れる。
「生地の糸を見て。細く、そして均一。この国の最高級の織機でも、ここまで揃った糸は紡げないわ。それに縫い目。一分の狂いもなく、機械的なまでに正確。人の手でこれを実現するには、何十年もの修練を積んだ職人が、一着に何ヶ月もかけなければ不可能よ」
「そ、それは……」
「次に、ボタン」
お嬢様は俺のジャケットのボタンを指で弾いた。
「材質はなにかしら? セルロイドに似ているわね。軽くて丈夫、しかも寸分違わず同じ形。金型を使った大量生産の証拠だわ。この世界では、ボタン一つとっても職人が手作業で削り出すか、鋳造するかしかない。これほど精密な複製技術は存在しないの」
エドワードの眉間に皺が寄る。
「さらに、これ」
お嬢様は、俺の腕を掴むとすっと袖口を捲り上げた。彼女の視線は手首に巻かれたスマートウォッチへと向かっている。
「腕に巻いている装置。これは何かしら?」
「……スマートウォッチだけど」
「賢い時計? なんだか不思議な名前ね。まあ良いわ。名前はともかく、表面を覆うガラスを見なさい、エドワード。気泡一つない透明度。この世界のガラス職人が生涯をかけても辿り着けない品質よ。それに、文字盤で光る不思議な文字。こんな文字をどこかで見たことがない?」
お嬢様に促されて、俺の手首を覗き見るエドワード。その顔に驚きの表情が浮かぶ。
「これはっ! 王家に受け継がれているという異世界人が残した文字!」
「そうよ。それだけじゃないわ」
お嬢様は満足げに頷くと、俺の足元に転がっていたビジネスバッグを指差した。
「そのカバンから覗いている銀色の薄い板。金属の精製技術、表面処理の均一さ、継ぎ目の少なさ。どれをとっても、この世界の冶金技術を優に百年は超えているわ。いえ、そもそもこれが鉄なのかすら怪しいわね」
彼女は俺の前で立ち止まり、挑むような笑みを浮かべた。
「さて、エドワード。質問よ。これだけの技術を持つ国が、この大陸のどこかに存在すると思う?」
「……いえ。そのような国があれば、とうに世界を征服しているでしょう」
「でしょう? つまり、彼はこの世界の住人ではない。文明の発達した別の世界から、何らかの理由で迷い込んだ稀人──すなわち、異世界人。これが論理的帰結というものよ」
お嬢様は得意げに胸を張った。
まるでシャーロック・ホームズのような推理力だった。いや、この世界にホームズがいるかは知らないが。
「お見事、です……」
俺は思わず呟いていた。初対面の人間を、持ち物だけでここまで分析できる観察眼。この少女、只者ではない。
「当然よ。私の目に狂いはないもの」
お嬢様は優雅な仕草で俺の方を向くと、軽くお辞儀をしてみせた。
「改めまして。私はフォーチュナ・シルバーロード。近い内にシルバーロード商会の当主なる予定よ。……ようこそ、異世界人さん。アストリアへ」
「はじめまして。俺の名前は真田巧」
俺はフォーチュナに向かって、商社マンとして磨き上げた一点の隙もない礼をする。
だが、頭を上げた俺を待っていたのは、彼女の挑戦的な笑みだった。
どういうことだ? 小国の王族を相手にしても通用したはずの俺の所作に、何らかの欠陥があったとでもいうのか。それとも、この作法が異世界では常識外れのものだったのか。
「ところでタクミ。あなた、どこか行くあてはあるの?」
「……まさか。ここがどこかもわからないのに、行くあてなんてありませんよ」
正直に答えると、フォーチュナは案の定と言わんばかりに頷いた。
「いい、タクミ。このアストリアという国は、身元の不確かな余所者にはとても厳しいわよ。あなたは貴族からの紹介状や、ギルドの身分証なんて持っているかしら?」
「いえ……そんなもの、あるはずがありません」
「なら詰みね。紹介状がなければどこへ行っても相手にされないわ。街の門を潜ることすら許されず、不審者として捕まるのが関の山よ」
フォーチュナは無慈悲な事実を突きつけると、周囲の鬱蒼とした森に視線を向けた。
「それに……こんな山奥で一人でいると、山賊に襲われて命を落とすか、良くて奴隷として売られることになるわね。あなたのその珍しい服や持ち物を狙う輩は、この森にはいくらでもいるのよ。……エドワードのような『話が通じる相手』に最初に出会えたのは、幸運だと思いなさい」
「……」
エドワードの銃口を思い出し、背筋に冷たいものが走る。否応なしに突きつけられた現実。今の俺は、文字通り無防備な獲物でしかない。
そんな俺の焦燥を見透かしたように、フォーチュナは不敵な笑みを浮かべた。
「そこでタクミ、あなたに提案があるの。……私の下で働かないかしら?」
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