第3片

『ただいまー』


 頭にこぶを作ったガキンチョと一緒に帰宅。コイツが来る前は一度も言ったことないセリフも、今は淀みなく口にできる。

 そのことに少し不思議な感覚を抱きつつも、ほっと一息ついてしまうのは止められない。


 愛しの我が家は、なんとも狙いすぎな外観をしている。

 ――――深い森のさらに奥深く、そこに住まうは人食いの獣か魔女か。

 ひとたび踏み入れたが最後、一切の希望は闇夜のなかに失せるだろう――――

 まあ要するにおとぎ話に出てくるような、くたびれた木造の一軒家(煙突つき)なわけだが。

 

 年季入ったオンボロ外観からは想像できないくらい、内装は綺麗なものだ。そもそも面積が違う。どう見ても出そうな怪しさなのに、中に入ればどこの金持ちの別荘なのかと疑いたくなるくらい広々としたゆったり空間。これもワタシの力のなせる技だ。

 最初のころはバカ弟子が『掃除がメンドクサイ』と文句たれるくらいだった。


「あーつっかれたー。バカ弟子ー。ごはんー」

「……帰っていきなりそれ? いいけど。なに作る?」

「なんでもいいー」


 居間のソファーにぐあーっと体を沈めてまったりモード。はあ、落ち着く。一仕事した後の怠惰なひとときは格別だな。

 そういうの一番困るんだよな、と文句を言いつつも居間と一体になった台所へ向かうバカ弟子。アイツは何気に家事全般が得意だ。昔取った杵柄、というやつらしい。

 なんで基本的に家のことはバカ弟子が担当している。料理に限らず掃除や洗濯も。


「しっかしオマエもまだまだだな。あんなクソ犬にてこずるなんて」

「仕方ないじゃん。あの図体であんな速度で移動されたらさ」

「その割にはちゃっかりライドオンしてたろ。なんだよ、でっかい犬に乗っかるのが夢だったのか?」


 視界の端の暖炉に火を入れる。ただのまやかしだがバカ弟子はお気に入りらしい。よくぽけーっと眺めている。

 揺れる炎は忙しないようでいて、どこか泰然としたものを想起させた。それに倣いくだらない話をつれづれと。


 時折血なまぐさいこともあるが、これがワタシたちの日常だ。……よくもまあ、こんなに続けてると我ながら疑問に思う。


「だけど寄星体キメラは傑作だったな。全身血まみれの赤ん坊だぜ。しかも体中に顔がびっしりと!」

「ちょっ……そういうのやめてよ。これから食事だってのに。食う気なくなる」

「はあ? オマエそんな繊細だったっけ。……ああ、それならポンコツからカメラでもぶんどっときゃよかったな。アレ、見せてやれたのに」

「…………そりゃ残念」


 写真でも撮っておけばよかった、と後悔しつつバカ弟子から天井に視線を移す。

 ……いまコイツ、ちょっと間があったな。


「――――ところでさ。オマエ、アイツから色々もらってたよな? なんかガラクタみたいなの」

「…………まあ、うん」


 確信する。名残惜しく思いつつもすぐさまソファーの抱擁から離脱。バカ弟子に邪魔される前に、コイツのために増築した二階の部屋へ駆け出した。


「ちょ!? シショー、待っ――!」

「はっはー! オマエの物はワタシのものだ! 余さずぶっ壊してやるぜ!」

「なに言ってんだこの人ーーー!?!?」


 料理中のバカ弟子を尻目に笑いながら階段を駆け上がる。

 ……まあ、なんだ。ホントにこれがワタシたちの日常というか、なんというか。


「ギャーーー! ホントにカメラぶっ壊してるし! なにしてくれてんだアンターーー!」

「知らない。触ったらなんか壊れた」

「ウソつけ! バッチリ手形ついてるじゃねーか!」


 誰もいない閉じた世界。いるのは人間以外と、眠りについた神サマ連中。


「おいおい。師匠に向かってウソとはなんだこのバカ弟子ぃ」

「うおー、暴力はんたーーーい!」


 飽きることなく繰り返した日々。戦ったり、遊んだり、他愛もない会話を重ねたり。


「……ったくぅ。シショーもポンコツさんに謝ってよ」

「いいじゃん別に。アイツ、なんかオマエに甘いし。また貰えば」

「そういう話じゃない! もー信じらんない! 人間性どこに忘れて来ちゃったのアンタ!」

「――――人間性? そんなの最初からないよ。だって」


 そんな、きっとどこにでもありふれたモノがここにある。


 ここは惑星照応隔離結界アースティルト・レセプター

 世界の歪み。人々の営み。あらゆるものが映し出される不思議な場所。多くの災いを未然に防ぐ、誰も知らない防波堤。

 さながら硝子細工つくりものの月か。太陽ではなく地上の光を受け取り、微かに綺麗な光を反射するソラのうつわ

 そして――――


「――――ワタシ、神サマなんだから」


 一人きりで過ごすはずだったワタシの、なんとも騒がしい、夢見るような棺桶だ。

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グラスムーン・フラグメンツ オマエもネコだニャ @nekosuky

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