歴史もの

@Chamisuke

第1話 サンソンの処刑

 人生で最悪な朝でした。


 この仕事について、私は誇るべき人生を勝ち得たと思います。裕福ではないにしろ貴族として迎えられ、あらゆる偏見に立ち向かい理解を得てきました。

 処刑執行人というのは白い目で見られるものです。人を殺して生計を立てる、この事に一種の嫌悪感を感じるのは当然だと思います。しかし、偉大なるフランス王権を支え、治安維持の一役を担うこの仕事を、私は私なりに地位を高めようと努力をしてきました。

 例え罪人でも苦しまぬよう終わりを迎えさせなければならない。ただ痛みを与えるために行われる残酷な処刑を私は望んできませんでした。罪人は死ぬべきですが、罰を与えるのはあくまで神であって人間ではない。

 この思いに最も賛同を与えてくださったのは他でもない、ルイ国王陛下その人でございます。かつてギロチンを作った時も、ルイ国王陛下は罪人といえど、苦しまぬよう設計しなさいと忠告してくださいました。それだけではなく、フランス財政が傾く中で給料が滞った時に取り計らってくださったのも国王陛下でございます。

 先代や貴族、一部の聖職者と違ってルイ国王陛下は真にフランス国民の事を思い、政務に励んでおられます。革命の機運が高まった時期からは処刑人の仕事は大変忙しくなりました。何人も殺しました。ギロチンを開発してからは適時的確に、効率的に殺せるようになりました。時には罪のない人も殺し、自己嫌悪に陥ることもありました。

 それでも、国王陛下のお力になり、引いてはフランス国家のためになるのであれば、私は喜んで人を殺しましょう。


 だが、この処刑は間違っている!なぜ誰も止めない?立憲君主として国家の象徴になられた国王陛下に何の罪があろう?フランス国民のために懸命にお務めされている陛下をなぜ処刑するのか!

 私にはとても理解ができませんでした。身体の感覚は麻痺したようになり、食事は喉を通らず、生きている感覚が全て消えるようでした。あまりの重圧に嘔吐を繰り返します。一歩一歩、処刑場であるコンコルド広場に近づく度に全身が悲鳴をあげ、この場から逃げ出したい衝動に駆られました。

 それでも、長年務めてきたからでしょう。着々と処刑台の設置は進みます。この時、暴動が起きていればどれだけ良かったでしょう。たった一人、私の手を止める人がいれば、私は抵抗することなく受け入れたでしょう。手に触れなくとも、声を出すものがいれば私はそれに呼応したでしょう。四方八方から暴行を受け、死ぬことになっても私は決して抵抗しなかったでしょう。

 それなのに、私を止める人はついぞ現れませんでした。国王陛下は馬車に乗って到着し、私の前まで歩いてきます。何百人という群衆の中、死が目前に迫っている中、決して取り乱すことのない堂々たるお姿に目を奪われました。


「国王陛下、お手を縛らせていただきます。」

「できない。そんなことをせずとも私は抵抗することなく受け入れよう」

「ですが、決まりでございますので、、」

「陛下、どうかここは、お受け入れください」


 側にいた聖職者の協力もあり、陛下のお手を縛ることとなりました。さしもの国王陛下も、手が震えておりました。国王への忠義と、職務の誇りが衝突する中、私はその手を縛りました。

 国王陛下は、人生で最後の祈りを聖職者と共に果たし、処刑台に登ります。待ちに待った瞬間に群衆は息を呑みます。興奮し、雄叫びがあがります。この時ほど、民衆を愚かだと思った瞬間はありません。そんな群衆に陛下は最後に語りかけました。


「フランス人よ、あなたの国王は、今まさにあなた方のために死のうとしている。私の血が、あなた方の幸福を確固としたものにしますように。」


「私は、罪なくして死のう。」


 陛下のお声が一体何人の耳に入ったのかは分かりません。しかし、私はしっかりとこの耳に、この身体に受け止めました。陛下の芯に国民を思う声を、心を、私は決して忘れないでしょう。

 陛下は跪き、断頭台に顔を入れ、首を落とされました。


 茫然自失となりました。現実のものと到底受け入れられませんでした。群衆は沸き立ち、歓声が上がりました。失意の中、またしても私は仕事をこなしました。


 時は経ち、ナポレオン帝政が始まりました。私は処刑人の仕事を子に引き継ぎ、余生を送っていました。マドレーヌ寺院の建設現場で、私はベンチに腰掛けていました。そこに、ナポレオンが通りがかりました。半ば無意識に彼を見つめていると、侍従の一人が私が暗殺者であると勘違いし、彼の前に私を連れ出しました。


「貴様、名は何という?」

「シャルル・アンリ・サンソンと申します。」


 ナポレオンの顔は硬直しました。恐怖に支配され、まるで彼だけ時が止まったかのようでした。やっとのことで声を出した彼は、私に問いかけました。


「あなたがーーそうか。もし、また、国民公会のようなものが出来て、彼らが不遜にも…」


 意を汲んで私は答えました。


「陛下、私はルイ16世を処刑いたしました。」


 彼の目に、私はどう見えていたのでしょうか。英雄と言われている彼は、まるで小動物かのように、怯えた目でこちらを見ていました。

 横にいたマーシャテル公がナポレオンに声をかけ、茫然自失の状態から抜け出した彼は振り絞った声で「いこう」と周りに声をかけ。その場から立ち去りました。


 流れ行く時代の中、私の存在は小さく、彼もまた小さかったのだと私は悟りました。

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