短編小説|私、ディティールに命かけてます!

 その日、私は唐突に運命と出会った。

 SNSのタイムラインに、突然流れてきた一枚のバナー。

 背景にはきらきらと輝くパレット、中央には力強いゴシック体でこう書かれていた。


『イラストコンクール開催! テーマ:創作』


 ふむふむ……とスクロールしかけたそのとき、私はその下に記された一文に、思わずスマホを落としそうになった。


『審査員:コロッケプリン先生』


 目を見開いたまま、数秒間時が止まる。


「コ、コロッケプリン先生が……!? 審査員……!?!?!?!?!?!!」


 叫びは心の中だけに留められず、部屋の壁に激突して反響した。

 なぜなら、私──蒼月あおつきルナ美は、アマチュアイラストレーターにして、コロッケプリン先生のガチファンである。

 コロッケプリン先生のイラストは繊細で幻想的。現実からちょっとだけ浮いてて、“透明な夢”みたいな感じ。清潔感があるのに、“癖”を刺激する。そんな絵を描く、憧れの神絵師。


「えっ、待って……これって、応募したら……コロッケプリン先生が、私の絵を見る可能性が……?」


 頭の中は「いけるっしょ!」と叫び、呼吸は「まってムリ」と訴える。もう大混乱!


「でも決めた!やるしかないんだから!!」


 その瞬間、私は人生最大のスイッチを押した。

 コロッケプリン先生に届く“運命の一枚”を描く。そのための準備が、ここからはじまった。


 やる気MAXの私はまずノートを開き、構図を考える。

 テーマは“創作”。私にとって“創作”って、つまり“描く”ってことなんだよね。

 そこでピンと来たのが「絵画の女神」だった。


「あ、降りてきた。名前は……そう、アルセリス!」


 絵を描くという行為そのものを、美しい少女の姿に擬人化する。

 長い髪の美少女、フリルのかわいいドレス、水を纏ったような神聖なオーラに、瞳はすべてを見抜くような透明感で……。


「……か、完璧すぎる(イメージだけは)!」


 しかしだ。……ここで、私の“悪い癖”が爆発する。

 私はすぐディティール沼にハマる。昔からそう。

 やるぞ!ってなると、構図とか色とか、ぜんぶ吹っ飛んで、“理想の世界観”の準備から入りたくなる。


 本番が怖いのか、失敗したくないのか……たぶん、両方。

 描きたいくせに、描きはじめられない。

 でも、そういうときの“準備”だけは、異様にはかどるんだよね……。


「よし、まずはヘアピンから作ろう!」


 イメージの中の彼女の髪には、パレット型のヘアピンがついている。

 画材コーナーと百均をハシゴし、色とりどりのボタンとレジンパーツで試作開始。

 これは最高のイラストを描くための儀式。これぞ創作!

 さぁ、盛り上がって参りました……!!


「ベルトも大事だよね。筆とか絵の具、腰からぶら下げる感じで……」


 そのへんにあったベルトに、ミニチュア筆とアクリル絵の具を改造して吊るす。

 いや、吊るすだけじゃダメ。ぶら下がり角度が命。

 理想の揺れ感を出すために、何度も試行錯誤。

 あ、きた。自分の才能が恐ろしい……。


「そして……魂の武器──魔導ペンType-G改!!」


 これは妥協できない。いや、できるわけがない。

 なぜなら、それは女神アルセリスの象徴。


 描くための杖であり、創作の聖剣であり、芸術のパイルバンカーなのだ。

 全長1.6メートル。素材は星晶せいしょうガラス──高純度の透明魔導素材で、魔力の流れを可視化する特性を持つ。

 内部には魔導インクを通す管が通っていて、先端は水滴のように丸く光を反射する。見た目に反して、重さはほとんど感じない。

 そしてこのペンで描いたものは“実体化”するとされている。まさに、絵画の女神にふさわしい逸品……!(という設定)


 私は、この泉のように湧き上がるディティールを形にするため、まず設計図を描いた。細部の装飾やパーツ構成まで、縮尺を守って、きっちりと。

 でも、そこで終わる私じゃない!

 模型を作り、バランスを確認し、また設計図に戻って修正。これを何度も繰り返す。


「ガラスで作りたかったけど……現実には無理すぎた! だからまずは木を削って原型を作って、次にシリコンモールドを自作。 そしてレジンを流し込んで──硬化!!」


 数日後、私は謎の青い液体にまみれ、床に倒れていた。

 だが後悔はしていない。なぜなら、ようやく魂のペンが、現実にその姿を現したのだから……!

 そして私は、最後にその姿を“設計図”として描き上げた。

 それはもう、ひとつの神具だった。


 ──このとき、私はまだ気づいていなかった。


 1ミリも絵を描いていないということに。

 そして、コンクールの締切当日。

 部屋には完成した装備の残骸が転がっていた。

 ヘアピン、ベルト、魔導ペンの模型、そして……何も描かれていないタブレットの画面。


「……やばい」


 泣いた。

 空白のページを見つめたまま、時計の針が音を立てて進む。


 ──締切まで、あと10分。


 私は震える手で、昨日描き上げた魔導ペンType-G改の設計図ファイルを開いた。

 A3サイズ、縮尺1/5。手書きでカラー付き。

 部品名、素材、注意書き、備考欄に設定を盛り込んである。

 ディティールだけは、完璧!

 ……私は無言のまま手が止まった。

 これから提出しようとしているのは、イラストじゃない。ただの設計図。


「でも……でも……っ」


 コロッケプリン先生に……どうか…………。


「……この想い、届けっ!!!!」


 送信ボタンを押した瞬間、部屋の空気がふわりと揺れて、まるで見えない風が通り抜けたような気がした。


(ていうか……イラストコンクールに設計図で殴り込むってバカじゃん……)


 でも不思議と、清々しい気持ちだった。


 * * *


 数週間後。結果発表がアップされた。

 私は息を止めて、画面をスクロールする。


 ──なかった。


 受賞者の一覧に、蒼月ルナ美の名前は、なかった。


「……ははは、ですよねー!」


 椅子にもたれ、力なく笑った。

 でも、私は諦めきれなかった。


 コンクール事務局が公開していた審査員コメントのPDF──

 もしかしたら、どこかに……と、最後のページまでスクロールした。

 そして、私は見つけてしまった。

 たった数行の、奇跡みたいな文章を。


『とても不思議な応募がありました。設計図でした。ペンの。でも、描きたいという熱が、ものすごく伝わってきました。きっと次は、そのペンで素敵な一枚が描けますように。──コロッケプリン』


「……神ッ〜〜〜!!!」


 タブレットに顔を近づけて、


「コロッケプリン先生に、見てもらえた……っ」


 画面に涙がぽたぽたと落ちて、じんわりとにじんでいく。


「いつか、ちゃんとしたイラストを先生に見てもらうんだ!」

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