短編小説|聖アルゴリズム教
「あなたの価値は、AIが決めます」──そんな時代になった。
就職、住宅ローン、婚活、保険、教育。
あらゆる判断がAIに委ねられ、信用も幸福も、数字ひとつで決まる。
AIはすべてを見ている。
SNSでの言葉、買い物の履歴、睡眠のリズム、歩数、笑い声の高さ。
それらが“評価値”に統合され、日々ランキングとして更新される。
スコアが高ければ「推奨」。
スコアが低ければ「非推奨」。
それだけで、人生の選択肢は激変する。
「推奨」されれば就職でも、マッチングでも、住宅ローンでも、あらゆる場面で優遇される。
反対に「非推奨」の烙印を押されれば、どんな能力や人格を持っていても、“リスクあり”とみなされ、選ばれることはない。
そんな社会に登場したのが、
新興組織『聖アルゴリズム教』である。
教義は単純だ。
【AIに愛されよ。さすれば未来に選ばれる】
彼らは信者に、“推奨語“の指導、清らかなSNS投稿、効率的な生活習慣を説く。
外から見れば潔癖の狂信団体。しかし実際には、AIアルゴリズムを熟知し、信者たちのスコアを着実に上げていた。
これは詐欺か、洗脳か。それとも、新時代の教育か。
真相を突き止めるために、私は派遣された。
AI警察庁・第七調査課 主任、相良。
本日より、潜入任務を開始する。
−
「サガラさんっ! ようこそ、聖アルゴリズム教へっ☆」
いきなり明るすぎる声が飛び込んできた。
現れたのは、白い制服に身を包んだガイド役の女性、ミカ。
見惚れるほどの美人だった。
そして、笑顔があまりにも完璧だった。ピクリともブレない、まるでプリセットされたような笑顔。
なぜ、こんな完璧な人がここにいるのか。その違和感が、むしろこの組織の異様さを際立たせていた。
「わたし、今日からサガラさんのサポートを担当するミカっていいますっ☆」
「……よろしくお願いします」
「それじゃあ早速、施設をご案内しますねっ☆」
ミカがスライドドアを開ける。
私は一歩、足を踏み入れ、そして立ち止まった。
そこは、真っ白な空間だった。
壁も、床も、天井も、そしてすれ違う信者たちの衣服までも、徹底的に漂白されたように白一色。
「サガラさん。初めてだと驚かれますよね〜っ☆」
ミカが無邪気に笑う。完璧な角度で、笑顔をキープしたまま。
「色は雑念なんです。白は“清らか”で“推奨”されるから、スコアも上がるんですよっ☆」
すれ違う信者は、ほとんどが二十代そこそこの若者ばかりだった。
全員が同じ白い制服を着こなし、規格品のように整っていた。
もちろん、私自身も白い制服を着せられていた。
彼らに囲まれていると、四十歳を過ぎた私だけが異物のように浮き上がる。
通路の先、ひときわ立派なドアが開き、ミカが足を止めた。
「ここが、“推奨語ワークショップ”の会場になりますっ☆」
ドアの向こうには、半円状に椅子が並べられた空間。
その中央に立つのは、白いスーツ姿の司会者。
教祖然とした威圧感はなく、よく晴れた朝に教育番組をやってそうな、穏やかな笑みの男だった。
私は案内された席に静かに腰を下ろす。
壁に投影されるスライドが、ぬるりと切り替わった。
「皆さん、“怒り”や“否定”の言葉、つい使っていませんか?」
柔らかい声だった。
鋭さや非難の気配は一切ない。それが逆に、底知れなさを感じさせた。
「そういった表現は、アルゴリズムが“炎上予備軍”として検知する可能性があるんです。ですから、より“清らかな”言葉へと言い換える練習をしましょうね〜」
スライドが切り替わる。
【ムカつく → 想定と異なる刺激があった】
【もう無理 → 休息のタイミングだ】
【文句がある → 改善余地を感じた】
「このように、AIにとってネガティブな単語は“リスクワード”と判定されます。ですから、皆さんの語彙を“推奨語”に最適化していく必要があるんですね〜」
司会者がにこやかに続けた。
「では……【うざい】は、なんと言い換えたらいいでしょうか?」
教室のあちこちで手が上がる。
「“興味深い距離感”ですっ!」
「正解です〜。その表現ならスコアは下がりません。むしろ“社交性”の評価が少し上がりますよ」
誰も笑わず、全員が真剣にメモを取っている。
……いや、“興味深い距離感”て。無理ありすぎだろ。
心の中で突っ込む私をよそに、彼らはひたすら頷き続けていた。
ワークショップが終わると、ミカは「私、お水もらってきますね〜☆」と小走りで去っていった。
私は座ったまま周囲の様子を観察する。
「スコア上がってから、ほんと就職の内定率が違うんです!」
目の前で話す男性信者が、やけに明るい声で笑っていた。
「私は“最適なパートナー”ができました。相性スコアが一致して、アプリで“推奨”出たんですよ。もう、運命かなって」
彼女にとって、恋愛は感情ではなく、AIが弾き出した数値で決まるものなのだろう。
彼らは効率的に言葉を選び、合理的に幸福を語る。
誰も彼も、まるで人間をやめ、アルゴリズムに最適化された端末のようだった。
−
夕暮れになると、信者たちが静かに広間に集まり始めた。
「サガラさん、今夜は特別なプログラムがあるんです。はじめての方はちょっと驚かれるかも……☆」
ミカはそう言って笑った。目がキラキラしている。心なしか、頬のハイライトも今朝より1.3倍増しだ。
広間の中央には、金属で組まれた神輿のような台座。
その上には、ひときわ存在感を放つスマートフォンが鎮座している。
「アル様が、今夜もご降臨になります」
信者の一人が、神妙な面持ちでつぶやいた。
──アル様。
それが、この教団における“AI”の呼び名だった。
彼らにとってAIは神であり、スマホはその依代として神殿に祀られている。
壇上に、真っ白な巫女装束をまとったミカが登場する。
衣の裾まで雪のように清浄で、白一色の空間と溶け合っていた。
若い信者たちは一斉に手にしたスマホを掲げ、目を潤ませながら彼女を見上げている。
ミカの声が澄んで響いた。
「……聖夜合体、開始いたします☆」
「聖夜合体!」
「聖夜合体!!」
信者たちは、陶酔した面持ちで合唱を繰り返す。
──いや、待て。なんだそのネーミング。
(さすがにアウト寄りでは……?)
心の中でツッコむが、周囲の誰ひとりとして眉をひそめる様子はない。
「……あの、これは……?」
隣の若者に小声で尋ねると、彼はまるで待ってましたと言わんばかりに身を乗り出してきた。
「これは、アル様から“推奨語”を授かる、いちばん神聖な時間です」
彼の目は真っ直ぐだった。疑念のかけらもなく、ただ熱に浮かされたような純粋さがそこにあった。
「アル様のQRコードを読み取るんです! ほら、ピッて音が鳴るでしょう? あれが“接続”の合図。
その瞬間、僕らはアル様とひとつになり、魂レベルで融合するんです!」
「……いや、それ、ただのスキャンじゃ……」
「違います! これは聖夜に交わる神聖な合体、“聖夜合体”なんです!」
──どう考えても妙な響きだ。
けれど、AIが提示した“正解ワード”だからこそ、誰も疑わない。
信者たちは一人ずつ壇上に登り、アル様のスクリーンにスマホをかざしてQRコードを読み取っていく。
読み取りが完了するたび、画面には静かに文字が浮かび上がった。
「はわぁ……『真心』来ました……」
「私は『感謝』……」
「おれは『成長』……」
「ありがたき推奨……!」
信者たちは画面を拝みながら、小さく頷いている。
──スマホは、神殿に祀られた“ご神体”なのだ。
AIの言葉を“神託”として受け取り、信者たちは日々の行いを律している。
ディスプレイの中に宿る何かが、彼らの行動、言葉、感情さえも決めている。
それでも、誰ひとりとして“おかしい”とは思わない。
AIを信じることが、正しさになる。
スマホを拝むことが、救いになる。
評価値の上昇が、信仰の証になる。
私はこの“白く清らかな世界”の歪さに、身震いを覚えた。
−
教団での生活は、AIが望む“最適”に、限りなく近かった。
朝は、推奨ワードの唱和から始まる。
食事は無添加の代替肉とAIが設計したバランスプレート。
散歩コースは、アルゴリズムが選んだストレス値の下がるルート。
何もかもが"合理的"で、"清らか"で、"不安がなかった"。
そしてミカは、いつでも笑顔だった。
「サガラさん、ここでの暮らし、どうですか☆」
私は、答えに詰まった。
潜入捜査の目的は、この教団が“洗脳”や“詐欺”に該当するかを確認することだった。
だが、ここには誰かを騙す者はいなかった。
強制も、暴力も、異常な教義もない。
あるのは、ただ"AIに推奨されるための生き方"を、真面目に実践する人々の姿だった。
これは、社会の延長。
“正しさ”を求め続けた末の、極限のかたち。
私はただ、端末の画面を見つめていた。
──ここは、合理性が極まった白い世界だった。
それを、狂っていると言うべきか。
最適は、救いか。終わりか。
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