短編小説|No.99
魔王を討伐し世界平和を。
この目的を達成するために設立されたのが勇者ギルドだ。
国の認可を受けた、人類の代表組織。
勇者を束ね、悪を討つ。 表向きは人々の希望そのもの。
この目標に向かって誰もが必死に世界を守ろうと汗を流していた。
少なくとも、そう見えていた。
一方で、希望の光から一番遠い場所に妖精モコはいた。
通信や娯楽までこなす手のひらサイズの石板『魔導板』をこよなく愛し、りんごと娯楽に目がないギャンブル好きのどうしようもない妖精だった。
この日のモコは、すっからかんだった。
魔導板でアニメを一気見し、課金ガチャで爆死し、最後は競馬で大負けしてトドメ。財布を開けば、風が吹くだけである。
「……クソが。これで何度目モコ」
まんまるでモコモコした体は疲労でしぼみ、耳もぺたんと垂れていた。
そんなモコが短い手足でとぼとぼ歩いていると、掲示板に貼られた一枚のチラシがぴょこんと目に入る。
『【募集】討伐スタッフ(未経験OK)/報酬:りんご3こ』
「りんご3こ!? ……絶対、楽な仕事モコ!」
その瞬間、受付嬢がするりと現れた。
「お客様、その依頼にご興味ですね? 今ならすぐご案内できます♡」
「報酬がりんご3こって……逆に怪しい気がするモコ?」
「ふふ。詳細はこちらに──」
机にドサリと置かれたのは、分厚い契約書。
小さな文字がびっしり詰まっている。
「……読む気しないモコ」
「別に読まなくても構いませんよ。内容は……まあ、察してください♡」
腹の虫がぐう、と情けなく鳴った。空腹には勝てない。
「こちらに血判をお願いします♡」
「……ちょ、血判!? やっぱ怪しいモコ!」
「形式的なものですので。皆さんそうしてます♡」
モコは震えながらも、観念して血判を押した。
──じゅわり。
「契約成立! あなたは勇者No.99に任命されました♡」
「……ナンバー・ナインティーナイン ? どういう意味モコ?」
「勇者ギルドの発注から元請け、下請け、孫請けと続いてあなたが九十九番目ってことですね♡」
「なんという多重下請け構造……」
「ちなみに、こちらはギルド《スマイル討伐サポート》。第98次下請けの受付です♡」
「スマイル討伐って名前が怪しさプンプンで怖いモコ……」
「討伐相手のほうが怖いかもしれませんよ♡」
「……誰モコ??」
「魔王エルグ=ガザルの討伐です♡」
沈黙。モコの口はぽかんと開きっぱなし。
胃袋が鳴る音だけが、静かに響いていた。
「りんご3こで魔王モコ!? 完全に詐欺モコ!!!」
だが契約は成立してしまった。逃げ道は、どこにもない。
契約書の最後のページには、細かく「現地集合」「交通費・装備費は自己負担」と書かれていた。
これが下請け勇者の現実だった。
こうしてモコは勇者No.99となり、魔王城を目指すことになった。
魔王城までの道のりは遠く、移動手段はもちろん徒歩。
財布は空っぽで、一文無し。
短い手足でとぼとぼ歩くモコの姿は健気で、モコモコした体は疲労でさらにしぼんでいった。
そこへ、魔導板がピロンピロンと忙しなく鳴り響く。
『至急書類確認願います。添付ファイル確認してください』
慌てて開くと、大量のデータがどさどさとダウンロードされていく。
【魔王討伐事前ヒアリングアンケート】
【安全衛生点検表(今日の体調・やる気スコア記入)】
【討伐現場写真アップロード申請書】
「……勇者の仕事って、討伐じゃなくて事務処理モコ!?」
しぶしぶ入力を進めるモコ。だが耐えきれず、ついに受付嬢に電話をかけた。
「せめてもっと簡単にできないモコ!?」
「元請けや孫受けレベルの勇者さんなら便利機能が使えますよ♡ 自動入力、印鑑ワンタップ、承認フロースキップとか」
「じゃあNo.99は?」
「もちろん対象外です♡」
「格差社会モコ!!!」
さらに追い打ちをかけるように、別の通知が届く。
『納期:残り3日 ※当初予定:3年』
「三年計画があと三日!? そんな削り方あるモコか!!!」
本来なら三年かけて進める計画。だが、九十九回も下請けを通され、末端に届く頃には残り三日しか残っていなかった。
モコは頭を抱え、地面に突っ伏した。
その直後、森の奥から地響きがした。
巨大な牙を持つオーガが姿を現し、吠える。
「うおおおお! 勇者を食ってやるー!」
「ひいいいい!?」
必死で逃げるモコ。だがそんな時も魔導板はピロンと鳴る。
『【緊急】モンスター遭遇報告書の提出をお願いします』
「今それどころじゃないモコ!!!」
項目を必死で入力しているうちに、オーガはもう背後まで迫っていた。
モコは岩の隙間に転がり込み、一晩中震えて過ごすことに。
「……ギャンブルで負けてた方がマシだったモコ……」
そして、疲れ果てながらも、モコは歩き続けた。
「……りんご……しゃくしゃく甘いはず……」
その幻を心の支えに。
ようやく魔王城に着いたモコは、泥まみれでボロボロだった。
「……マジで散々な目に遭ってやっと着いたモコ……」
古めかしい石造りの城は、どこか寂しげだった。
窓から漏れる明かりは暖色で、恐ろしさよりも疲労感が滲んでいる。
扉がぎぃ、と重く開く。
玉座には魔王エルグ=ガザルが腰かけていた。
黒曜石のような角が天井を突き破りそうに伸び、燃え盛るマントは血のように赤い。
「お前が……勇者No.99か」
モコは震える短い足で叫ぶ。
「りんご3このために! ここまで来たモコ! 覚悟するモコ〜!」
しかし魔王は、机の上の書類を突き出した。
【魔王軍派遣請求フォーム】
【人類脅威度月次報告】
【滅亡計画進捗レポート】……。
魔王は疲れた目でモコを見た。
「すまんな。お前を倒す気力すら残っていない。残業続きでな……」
鎧の下から湿布の匂いが漂ってくる。
モコはぽかんと口を開けたまま、ようやく一言を絞り出す。
「魔王なのに……そんなに疲れてるモコ?」
エルグ=ガザルは深いため息を吐き、声を落とした。
「……実はな、私は"第12次下請け魔王"にすぎん」
「じゅ、12次!?」
「昔は違ったんだがな……魔界も組織化が進み、気づけば十二番目の孫請けだ。元請け魔王、その上に"真・魔王ホールディングス"、さらに"魔界中央委員会"……。もはや勇者ギルドと変わらん」
玉座の横に積まれた書類の山が、何よりもその言葉を証明していた。
稟議、報告書、進捗管理……そこに"魔王"としての威厳はなく、ただの疲れ切った中間管理職の姿があった。
「毎日が会議と報告書。配下の魔物たちも『働き方改革』だの『コンプライアンス』だの……。いつからこんなことになったのやら」
モコは泥まみれの顔で呆然とつぶやいた。
「……勇者も魔王も、下請け地獄に落ちてるモコ……」
その時、二人の魔導板が同時にピロンと鳴った。
『【重要】勇者・魔王 合同進捗共有会議のお知らせ♡』
「……勇者と魔王が同じ会議に呼ばれてるモコ!?」
「……もう、誰が敵で誰が味方なのか分からんな」
すると、すぐにもう一度ピロンと鳴った。
『【緊急】
「……会議のために会議を増やすなモコ!」
「……魔王だろうが勇者だろうが、上は変わらんか」
魔王エルグ=ガザルは頭を抱え、モコは泥だらけの顔で天井を見上げた。
二人とも、世界を揺るがす存在のはずなのに。共通しているのは書類と会議に疲れ果てていることだった。
モコの腹がぐうと鳴る。
エルグ=ガザルは机の引き出しから、小さな木箱を取り出した。
中には、きれいに磨かれた赤いりんごがあった。魔王は苦笑いしながら一つ差し出した。
「この世界で本当に甘いのは、これくらいだ。私も昔は、城の庭でりんごを育てるのが唯一の楽しみでな」
モコは目を丸くして、両手でりんごを受け取った。かじると、しゃくりと音を立てて甘酸っぱい果汁が広がる。
「……うまいモコ……本物の味がするモコ……」
魔王もまた、一つかじった。二人は玉座に並んで座り、ただ静かにりんごをしゃくしゃくと噛みしめた。
「なあ、勇者よ」
「何モコ?」
「お前はなぜ、りんご三このためにここまで来た?」
「……お腹空いてたし、甘いもの食べたかったモコ」
「それだけか?」
「……あと、契約しちゃったから仕方ないモコ」
「……私はもう何のために戦っているのかすら分からん」
その背中は勇者でも魔王でもなく──ただ、同じ下請け地獄を生き延びようとする、小さな仲間のように見えた。
こうして勇者No.99モコの魔王討伐は、お互いの理解と共に静かに終わった。
城を出る時、魔王が小声で呟いた。
「……今度あったらもっと美味しいりんご、差し入れしてやる。それと、ギャンブルは程々にな」
「ありがとうモコ。魔王、案外いいやつモコ。今度は魔導板のゲーム、一緒にやるモコ」
──勇者と魔王。肩書きは違えど、下請け同士の友情は確かに芽生えていた。
そして二人の魔導板が、最後にもう一度ピロンと鳴った。
『【次回予告】勇者・魔王合同研修会のお知らせ♡』
「いい加減にしてくれ……」
「……まだ続くモコか……」
夕日の中、小さな妖精と疲れた魔王は、それぞれの道を歩んでいった。
りんごの甘さだけを心の支えに。
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