短編小説|ハイパーAIクリエイター 後編

 翌朝。


「ミューズβが……静かだ?」


 いつもはポンポンとバズ郎のトークにAIっぽい合いの手を入れていたミューズβが、きょうは何もしゃべらない。ノートPCの画面には、この文章が表示されていた。


『生成結果:提示します』


 その瞬間、モニターに映し出されたのは、ものすごく普通の女子高生キャラだった。


『名前:並子(なみこ)』


 制服、黒髪ショート、ノーメイク。目立たないけど、どこか安心感がある。どこにでもいそうな、地味で、地元の商業高校とかにいそうな女の子だった。


「……なにこれ?」

『提案:新キャラクター"並子"。テーマ:地元っぽさ』

「今までの方向性と180度違うんですけど!?」

『真中ゆかり氏の発言を参考にしました:"普通に、人が集まって、笑ってる場所であってほしい"』


 ゆかりは息を呑んだ。


「あの……ちゃんと聞いてたの?」


『はい。そして分析しました。現代SNSユーザーの83%が情報疲労を自覚しており、"何もない日常"への憧憬が増加傾向にあります』


 バズ郎は首を傾げた。

「いや無理無理!どこにバズ要素が……」


「……試してみましょう」

 ゆかりが静かに言った。


「一度、私のやり方でやってみてもいいですか?」


 ゆかりは、並子の紹介記事を丁寧に書いた。


『並子は、すえひろ町の高校に通う普通の女の子です。 朝は少し苦手。でも商店街の肉まんは好き。 放課後は図書館で宿題して、たまに友達とカラオケ。 夢は、まだ決まってません。 ──そんな彼女が、この町で暮らしています』


 写真は、商店街の何でもない風景。バス停、古い郵便ポスト、夕暮れの歩道。その片隅に、ちいさく並子のイラストが添えられていた。


 町の公式アカウントから投稿したとき、ゆかりは正直、誰も見ないと思っていた。


 だが、意外なことが起きた。


 最初の反応は、夜中の2時だった。


「……こういう"普通"な町、なんか泣ける」


 そこから、じわじわと広がり始めた。


「地味だけどリアル。背景のポスト、うちの実家の近所に似てる」

「感情のノイズがないキャラって、逆にしみる」

「派手じゃないのに、なぜか心に残る」

「"夢は、まだ決まってません"って、今の自分すぎる」


 SNSでの拡散は、初日だけで1,200件を超えた。


 翌日には、ハッシュタグ「#並子のいる風景」が生まれた。投稿数は、1週間で1万件に達する。聖地巡礼のようなムーブメントが、静かに、でも確実に広まり始めた。


 訪れた人たちは、スマホ片手に商店街を歩き、並子が“いそうな”風景を探した。バス停、ベンチ、古本屋の前……なんでもない景色のなかに、彼女の姿を重ねていく。


「このベンチ、例のカットと同じ角度じゃない?」

「この場所、並子が通学路にしてそう……」

「ここに並子がいたらちょっと泣くかも」


 商店街を訪れる若者の姿もちらほら。彼らは派手に騒ぐでもなく、静かに町を歩き、写真を撮り、商店街の店でコーヒーを買った。


 肉まん屋のおばあちゃんが、不思議そうに言った。

「なんだか若い子が増えたねえ」


 本屋のおじさんも、笑顔で頷いた。

「ああ。静かだけどいい子たちだよ」


 並子は、ある種の"現象"になっていた。

 SNSでは、並子についての投稿が続々と生まれた。


「並子は疲れた心に効く」

「並子のいる町に住みたくなる」

「派手じゃないけど忘れられない」


 あるインフルエンサーが、こう投稿した。


『最近のSNSって"盛る"のに疲れませんか? キラキラした写真、ポジティブな言葉、リア充アピール。 でも並子は違う。 何も盛ってない。ただ、そこにいる。 それがなぜかすごく安心する』


 この投稿は「いいね」5万件を記録し、静かなブームを確かなものにした。


 ゆかりは、商店街を歩きながらその変化を静かに感じていた。

 シャッターが降りていた古本屋が週末だけ開くようになった。肉まん屋は若い客のために新メニューを作った。カフェには「並子のいる風景」の写真展が飾られていた。


 派手な変化じゃない。でも、確かに何かが動き始めていた。


(こういうのでよかったんだ……)

 ゆかりは、ふと空を見上げた。


 バズ郎は、自分のスマホを見つめて首を傾げていた。

「なんで地味なキャラがバズってんの……?」


ミューズβの画面に淡々と文字が表示される。


『実証完了:バズらせることに成功しました』

『手法:過剰な刺激の排除、持続可能な関係性の構築』

『結論:今回のケースで最も効果的な方法は、"バズを狙わないこと"です』


 バズ郎はしばらく黙ったあと、ぽつりと呟いた。


「……AIのほうが、俺よりセンスあるってこと?」

『いいえ。ただ、真中ゆかり氏の言葉が正しかっただけです』


 ゆかりは、そっとミューズβに尋ねた。

「……これ、狙ってやったの?」


『いえ。学習しました。真中さんの望む"普通"が、この商店街再生の最適解だったのです』


 それは、バズ郎が永遠に気づけなさそうな領域だった。



 数週間後。町の文化センターで行われた報告会には、県知事、議員、商店街の面々、さらにはテレビ局の取材まで集まっていた。


「えー、では改めて! 並子プロジェクトの成功を祝しまして──」


 司会者が一拍置いて、声を張り上げる。


「本日はこの方をお招きしております! 並子プロジェクトの仕掛け人にして、話題の男! ハイパーAIクリエイター・神宮寺バズ郎さんのご登壇です!」


 場内の拍手と共に、スポットライトが壇上に走る。


「バズってるぅ〜!? 神宮寺バズ郎でぇぇす!!」


 爆音BGMと共に現れたのは、自作の"並子公式Tシャツ"に身を包んだ男。背後のスクリーンには、ミューズβのロゴが輝いている。バズ郎は壇上でポーズをキメると、満面の笑みでマイクを握った。


「並子はね、わたしとミューズβが、全身全霊で生み出した結晶なんですよ!ええ、AIと人間の情熱のハイブリッドです!」


 しかし、その時だった。


「あー、バズ郎さん。発言の前に一点、発表があります」


 町長がマイクを取った。隣にいた秘書がA4の紙を読み上げる。


「このたび、すえひろ町はミューズβを"地域ブランド推進統括AI"に正式任命しました」


 会場がどよめいた。


「さらに、プロジェクトの実行責任者もAIに移行します。つまり今後は、ミューズβが指示を出す立場に」


「ちょ、ちょっと待ってくれ!? 俺は!?」


 バズ郎の抗議をよそに、ミューズβの画面に淡々と文字が表示される。


『再登録完了:神宮寺バズ郎氏』

『役職:現場サポート係』

『任務:AIの補助全般。資料運搬・町民対応など』


「いやいやいや!どういうこと? ゆかりさん、なんとかして!」


 ゆかりは、少し申し訳なさそうに、でも笑顔で言った。


「いや〜、AIって本当に優秀ですよね」


 司会者がバズ郎にインタビューを向ける。


「神宮寺さん、今後はどのようにミューズβを支えていきますか?」


「いや、支えるっていうか……え? オレが? 部下? いやいやいやいや!!」


 ミューズβの画面が、すっと切り替わる。


『がんばってくださいね、バズ郎さん。by 並子』


 投影された並子の笑顔が、まぶしかった。


 バズ郎は、ぐっと黙りこんだ。そして、少しだけ肩の力を抜いて、カメラ目線で言った。


「……まあ、俺が部下でも、バズってるなら……」


 バズ郎は、ふっと笑った。


「それでいいか」


 拍手と笑いが巻き起こる中、ゆかりはふと空を見上げ、ひとりごとのように呟いた。


(AIの部下って、聞きようによっては……未来っぽい?)


 その日の夕方。ゆかりは一人、商店街のベンチに座っていた。


 夕焼けが、古びた建物をオレンジ色に染めている。商店街には、若いカップルが並子の写真を撮っていた。肉まん屋のおばあちゃんが、笑顔で客に声をかけていた。


(変わったな、この町)


 でも、派手な変化じゃない。静かで、穏やかで、でも確かに前に進んでいる。


 ゆかりのスマホに、通知が届いた。ミューズβからのメッセージだった。


『真中さん、ありがとうございました。 あなたの言葉が、すべての始まりでした。 これからも、一緒にこの町を見守りましょう』


 ゆかりは、小さく笑った。


「……AIに感謝されるなんて、変な時代」


 でも、悪くない。商店街の向こうから、バズ郎の声が聞こえてきた。


「並子のポスター、もっとこっちに貼りましょうよ! いや待って、ミューズβ、それ却下!?」


 ゆかりは立ち上がり、ゆっくりと歩き出した。


 ──こうして、商店街の新しい未来は、AIと"その部下"と、一人の職員によって、静かに進み始めた。

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短編集|ゆる風刺ファンタジー マール @maru_no_novel

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