短編小説|ハイパーAIクリエイター 前編
ここは、どこにでもある少し廃れた町、すえひろ町の役場。
窓の外では強風が古びたシャッターを叩き、色褪せた商店街の旗が頼りなくはためいている。
地域振興課の職員・真中ゆかりは、机に額をつけて静かに頭を抱えていた。
「……なんで私なんですか」
朝イチで町長に呼び出されたかと思えば、開口一番。
「県から"AIの専門家"が来るから、商店街再生プロジェクトのサポートよろしく!」
……以上。説明はこれで終わった。
名前も経歴も不明。技術的背景すらなし。唯一伝えられたのは、「なんか新しい試みらしいから、期待してるよ!」という、妙にテンションの高いひと言だけだった。
"期待"されてるのは、どうせAIでも再生でもなく、「県の言うことには素直に従ってます」っていう町のポーズだろう。
──こういうのが一番面倒くさい。
ゆかりの胃のあたりに、重たい予感がじわりと滲んだ。
そして午前10時ジャスト。
会議室のドアが、まるでコントの効果音のような大音量で開いた。
「どーもーッ! 神宮寺バズ郎でぇぇぇす!」
風のように飛び込んできたのは、蛍光グリーンのジャケットに、片方だけ星柄のスニーカーという異次元スタイルの男だった。
肩に派手なロゴ入りのPCバッグ。
男は名刺を撒くように配りながら、全力の笑顔で自己紹介した。
「本日からこちらの商店街の再生事業を担当します、ハイパーAIクリエイター・神宮寺バズ郎と申しますっ!」
ゆかりは名刺を受け取るより前に、思考を停止していた。
(ハイパーって何?ていうか、全身の情報量が多すぎる……)
「これは……なかなかの……」
誰かが言いかけたそのとき、さらに追い打ちのように町長が笑顔で登場する。
「いやぁ、県も思い切った人を送り込んできましたよねぇ!」
町長はバズ郎とがっちり握手を交わし、嬉々として言葉を続けた。
「SNSでも人気らしいんですよ。今どきはこれくらい行動力のある人じゃないとね!」
(……存じ上げないですけどね)
ゆかりが小声でつぶやくが、それは誰にも届かない。
バズ郎は勝手に会議室の一角を占拠し、勢いよくノートPCを開いた。
「さあ、お見せしましょう。これが私の相棒──ミューズβです!」
画面に表示されたのは、《MUSE β》のロゴと淡く光るインターフェース。SF映画のようなSEと共に、青白いアイコンが静かに点滅していた。
「これってChatGPTみたいなやつですか?」
「違います! "最新の最先端"の生成AIです!!」
なぜかドヤ顔で強調される"最新の最先端"。
その横で、ミューズβの画面に静かな文字が浮かぶ。
『目的確認:地域再生。手段:未入力。』
ゆかりは深く息を吐いた。
(AIはマトモだけど……バズ郎が不安すぎる)
「では早速、商店街の再生策をご提案しましょう!」
バズ郎はパチンと指を鳴らしてプロジェクターを起動。画面に躍るのは、やたらド派手な装飾フォント。
《すえひろ娘プロジェクト ~AIが生んだご当地美少女で聖地化を狙え~》
一瞬、会議室が静まり返る。
「いいですか皆さん、今の時代はオタクビジネスが最強なんです! 萌え! 聖地! バズ! この三拍子です!」
「町の資源、ぜんぶキャラ化しましょう! 擬人化! 美少女化! これが令和の町おこしです!!」
(うわ、来た……)
ゆかりはため息をつきながら呟く。
「ナントカ娘って擬人化、今さら感すごくないですか?美少女キャラの町おこしなんて、もう何年も前に出尽くしてるでしょ」
「だからこそ逆に新しいんです!」
「"逆に"って言えば何でも通ると思ってません?」
バズ郎はゆかりの指摘をすべて受け流し、そのままスライドを切り替え続け、モニターに映った第一号キャラを指差した。
「こちらが洗浄娘(せんじょうむすめ)です!」
キラキラの美少女。公衆トイレがモチーフ。吹き出しには「君の汚れも、全部流してあげる♡」というセリフが書かれていた。
「……ほんとにこれで人が集まりますかねえ?」
「間違いないですね。まずは"ノリ"! 次に"ビジュ"! 最後に"バズ"!聖地ってそうやって作るんです!」
ゆかりは思わずこめかみを押さえた。どう見ても暴走気味のアイディアだが、町が今、再生策に行き詰まっているのは事実。
背後から、町長の低い声が聞こえた。
「……とりあえず、やらせてみてもいいんじゃないか?」
「マジで言ってます?」
「何か始めないと、予算も降りないしね」
こうして、商店街の未来をかけたバズ郎とAIによる暴走擬人化プロジェクトが動き出した。
◇
プロジェクト初日。
「まずは町を歩きましょう。インスピレーションが命ですからね!」
神宮寺バズ郎は、自慢のAI搭載ノートPCを抱えて、すえひろ商店街を闊歩していた。後ろから無言でついてくるのは、地域振興課の職員・真中ゆかり。
「この自販機、レトロでいいですね……よし、自販娘(オートマティック・ラヴ)、いける!」
「名前のクセが強すぎる!」
町のあちこちで、バズ郎の擬人化ラッシュは止まらない。信号機、ゴミ箱、駐車禁止看板──すべてが美少女キャラ化され、すべてに口説き文句が添えられた。
「ダメだコレ!!!!!」ついにゆかりが叫んだ。
「なんで全部、口説き文句ベースなの!? 治安悪すぎません??」
「そんなことないですよ。すべて現在のSNSトレンドに基づいたセリフです。な、ミューズβ!」
『神宮寺バズ郎氏の過去出力パターンを優先学習した結果です』
(やっぱりバズ郎の好みか〜!!!!)
一方、当のバズ郎は満面の笑みでキャラクター案を次々と生成し、SNSに投稿を始めていた。
(不安しかないのだが……)
ゆかりは頭を抱えた。
そして数日後。
商店街連合から正式な抗議文が届いた。
《公衆トイレに美少女キャラのポスター貼るな》
《子どもが怖がって泣いた》
《駐車禁止の看板が誘惑してくるの意味不明》
町民からも苦情が殺到し、ゆかりは朝から謝罪対応に追われることに。
一方ネットでは、なぜか微妙に拡散され始める。
《これはこれでじわる》
《地方、どうかしてて好き》
このように炎上一歩手前のバズを記録していた。
「いやぁ、これこそ"話題性"ってやつですよ!」バズ郎はうれしそうに言う。「逆に今がチャンスですって!」
「……ポジティブを通り越して、もはや事故だよ」
しかし炎上寸前のバズりは、三日と保たなかった。
ポスターは翌週にはすべて撤去。バズ郎の手掛けたキャラは、町の黒歴史として都市伝説化していった。
◇
その夜、ゆかりは一人、事務所に残っていた。
窓の外には、いつもの静かな商店街。誰もいない歩道に、街灯だけが淡く光っている。
(結局、何も変わらないんだ)
ゆかりはこの商店街で育った。駄菓子屋のおばあちゃん、本屋のおじさん、肉屋の気さくな店主。みんなが顔見知りで、帰り道にはいつも誰かが声をかけてくれた。
でも今は、シャッターが降りた店ばかり。残った店も、客はまばらで、店主たちはみんな疲れた顔をしている。
(私、何がしたかったんだっけ)
地域振興課に配属されたとき、ゆかりは少しだけ期待していた。この町を、もう一度元気にできるかもしれないと。
でも現実は、形だけのイベント、誰も読まない報告書、そして今回みたいな「とりあえず何かやってます」アピールばかり。
(バズ郎みたいに馬鹿みたいに前向きになれたらな……)
ふと、ノートPCの画面に目をやる。ミューズβが、いつの間にか起動していた。
『お疲れさまです、真中さん』
「……AIが気を遣ってくれるなんて、時代も変わったね」
『質問があります。真中さんは、この町に何を望みますか?』
「何を……?」
ゆかりは少し考えてから、ぽつりと答えた。
「派手なことじゃなくていい。ただ……普通に、人が集まって、笑ってる場所であってほしい。昔みたいに」
『理解しました』
画面が静かに消えた。ゆかりは小さくため息をついて、パソコンを閉じた。
人知れず起動していたAIアシスタント・ミューズβは、静かに学習モードに入っていた。
分析対象は膨大だった。すえひろ町に関する全SNS履歴、ネットの反応ログ、商店街住民へのアンケート結果。さらに、地元メディアのコメント欄、観光客のレビュー、近隣自治体の成功事例。
そして、真中ゆかりの言葉。
『普通に、人が集まって、笑ってる場所であってほしい』
AIの演算は、誰にも気づかれず進んでいく。
『解析結果:過剰な刺激は短期的注目を集めるが、持続性なし』
『商店街住民が求めるもの:派手さではなく、安心感と帰属意識』
『現代SNSユーザーの心理分析:情報過多による疲弊、癒しの欲求増大』
『目標再設定:地域住民が"推せる"感情の生成』
『最適解探索中……』
ミューズβは、数千のパターンを試行した。萌えキャラ、クールキャラ、ギャグキャラ──。
そしてある結論に到達した。
『仮説:過剰な記号性の排除が、逆説的に強い共感を生む』
『市場観測:現代人が求めるのは"盛った日常"ではなく"そのままの日常"』
『戦略転換:共感性よりも、差別化による独自ポジションの獲得を優先』
『生成中:新たなキャラクター像』
『分析完了まで、残り:3時間』
そのときはまだ、誰も知らなかった。
ミューズβが導き出した"想定外の解"が、商店街の未来を変えることになるとは──。
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