03 多々良浜へ
赤松円心と新田義貞がにらみ合い、争い合っている頃。
長門国赤間関。
足利尊氏はついにここにまで到達し、九州の豪族、少弐頼尚と合流した。
「少弐どの、大宰府のことは」
「お気になさらず。これから、取り戻しますわい」
尊氏どのと共に、という意味で頼尚は笑った。
実に九州男児らしい、明るい笑いだった。
ところで大宰府の件とは、頼尚の父、資経がやはり同じ九州の豪族、菊池武敏や阿蘇惟直に攻められ死んでしまったことを意味する。
その時、資経は大宰府(有智山城)にいた。そのことを尊氏は言ったのだが、頼尚はそれを笑い飛ばした。
「これからこれから。それに、尊氏どののこと、何か手立てがございましょうわい」
そう問われると、尊氏は「無いことも無い」と答えた。
実際は無い。
無いが、こうまで押されてくると、もうそれは博打に等しいことしかできない。
尊氏はそう前置きをしてから、策の説明をした。
「それでええですわい」
九州男児は明るく言った。
つりこまれるような明るさであり、思わず尊氏も笑ってしまった。
「そうか」
「のるかそるか。そういうン、武士らしくて
「武士らしく、か……」
その武士が中心となった、東国の政権――鎌倉幕府。
そもそもが源頼朝の家政機関という出発があり(政所は従三位以上の公卿に許された家政機関だった)、それゆえ、武士に重きを置かれた組織である。
そのため、公家や寺社はないがしろにされ、庶民となるとなおさらであろう。
この状況を打開せんと、後醍醐天皇は
「だがそれだけでは、駄目だったようだ……みかど、楠木どの」
武士はもう、この国の中心にいる。
そうである以上、「平等」の名の下に、ないがしろに――これまでより実入りを少なくしてはならない。
この現実を見誤ったのだ。
だから中先代の乱は起きた。
別に執権北条家の時代が懐かしいわけではない。
「それだけだ。それだけだが……それこそが、今のこの時代の原因だ」
尊氏は後醍醐の
ゆえに、そのしくみを
それゆえに。
「このいくさ――勝つ。勝って、京にいる
「その意気ですぞ、尊氏どの」
この時、尊氏の率いる将兵は、わずかに二千。
一方の、建武政権の軍は二万。
その兵数のちがいは、十倍。
……史上、尊氏が絶対不利と言われた多々良浜の戦いが、今、始まる。
*
「区々たる戦術は必要ない」
おそらく尊氏は、そういう趣旨の発言をしたのであろう。
この時の足利勢――のちに「北朝」と言われる勢力は、ほんの二千しかいない。
「かかれ」
尊氏は足利家重代の宝刀・
名刀ではあるが、それは秘すべき宝である。
つまりは、骨食を使わざるを得ないほど、尊氏はぎりぎりの状況に追い込まれていた、とも言える。
「名こそ惜しめ」
少弐頼尚が叫ぶ。
これを受けて、建武政権――もはや「南朝」と呼んだ方がいいかもしれない――勢力は、菊池武敏を中心とした二万である。
二万であるが、実はこの軍勢は、筑前国の秋月種道、肥後国の阿蘇惟直、筑後国の蒲池武久、星野家能という、諸豪族のいわば同盟部隊であって、誰かが上に立って統制を取っているわけではない。
それゆえ――
「なんでわしがお前なんぞに命じられなきゃならんのじゃ」
「そういうお前こそ、先のいくさの時、逃げおったくせに」
「何を」
「何だと」
せめぎ合いが常に発生し、それを収める者がいない。
そんな軍に――そんな群れに、いったい誰が集団として行動させられよう。
「こちらは尊氏どのの下知にしたがうよう、厳に」
「痛み入る」
しかしこうして自らの手足の如く軍勢を動かしていると、あの男の偉大さを思い知らされる。
「大身の武家ではない、得宗被官。それが赤松のような悪党を動かし、六波羅を──鎌倉を手玉に取るとは」
あの男──楠木正成。
この男に、せっかくの上洛をふいにされた。
こうして九州にまで追われた。
だが、策は考えている。
尊氏にとっては、非常につまらない策ではあるが。
「だが、そこまでしないと勝てない」
勝ちたい。
天下のあり様は置いておいて。
まず、勝ちたい。
武士たちのあり方をどうにかしないとという必要は感じるが。
兎にも角にも、勝ちたいのだ。
それが、偽らざる、今の尊氏の気持ちだった。
「そのためにも、このいくさ、勝たねば」
こちらは二千。
敵方は二万。
だが、二万が二万、すべてが戦っているわけではない。
後醍醐の側に付かないと、菊池にやられると思ってしたがっている輩や、勝者についておいしいところをせしめようという奴はいる。
「師直」
「はっ」
「敵方の諸将には……働きかけていようの?」
「むろん」
高師直──この足利家の執事は、そつがない。
彼はすでに、菊池や阿蘇といった、尖った連中以外には、話をつけていた。
その菊池や阿蘇たちにも、お互いに疑心暗鬼になるよう、策を施している。
「ですので、あとは
旨み目あてなら、今は劣勢の足利に味方すれば、恩賞がたんまりと貰えると判ずる。
どっちつかずなら、常に積極攻勢の尊氏についた方がいいのではないかと思える。
敢えて戦いたい者たちも、「味方」の消極性、裏切りの可能性、そんなものに揺らぎ……。
かくして足利尊氏は、この多々良浜の戦いに勝利する。
そしてこの時より、尊氏の──巻き返しが始まる。
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