02 円心の悪だくみ

「楠木河内判官、新田義貞の首と引き換えに、お手前に和を求めよと、朝廷で申したそうだ」


「……ほう」


 赤松円心が伝えた楠木正成の発言に、足利尊氏は目をみはった。

 やはり、正成という男は面白い。

 ここで、そういう言上ができるという視点、胆力、そして叡智が素晴らしい。

 ただの和睦なら、断ったり、あるいは引き延ばしたりできる。

 それを、建武政権の大将軍たる、新田義貞の首を出すとまで言って来るとは。

 これなら、真摯に即座に対応せざるを得ない。

 しないと、周囲の目も気になる。

 そして義貞の首だが、そうまで言われてはいそうですかと貰うわけにはいかない。


「……恐ろしい男だ」


 そうつぶやきつつ、目顔で正成の言葉は通ったのかと赤松円心に問うた。

 円心は嗤った。


「そうであれば、勅使がもう来ているはずだ」


 そこが建武政権――後醍醐の朝廷の限界だった。

 公卿たちの衆議を気にして、身動きが取れない。

 思い切った決断を下せない、いや決断したとしても、動けないのだ。

 しかもこのときは、そもそも朝議の場において、正成の案は鼻で笑われた、と伝わっている。


「せっかくのまつりごとのしくみも、それでは宝の持ち腐れよ」


 尊氏は後醍醐の作った政治機構は評価しており、実際、これから彼の作る幕府はそれを大いに参考にしている。

 さらに、行政についても、もっと簡略化し、より速くことを進むことができるよう、執事の高師直が改善している。


「では予は鎮西に行く。あとは頼んで良いのだな、赤松どの」


「ああ」


「これでそなたの義弟どのへの義理も果たせたことだし、思う存分戦ってくれ」


「……ああ」


 円心は冷や汗をかいた。

 尊氏は見抜いていた。

 先ほどの正成の言、正成が義兄の円心に伝えてくれと頼んだものだということを(正成の姉は円心の弟の妻)。

 そうすれば尊氏が興味を示し、和に応ずることがあるかもしれない。

 だから円心に早船で知らせた。

 それらを今、尊氏は察したのだ。


「そうだな、また聞いてきたら、もしみかどがそうして来たら、さしもの尊氏とて、つつしんで話をうかがったところだと言っておいてくれ」


 それは正成に対しての皮肉なのか賞賛なのか。

 どちらともつかぬ発言を残して、尊氏は去った。



 あとに残った円心は、今度こそおのれの伝手で得た、尊氏討伐軍の内容を吟味した。


「やはり大将は新田義貞か」

 

 それならば、何とかなりそうだ。

 円心は、ほっとひと息ついた。

 もし、彼の義弟である楠木正成が大将だとしたら、相当厄介なことになる。

 ところが、例の「義貞の首で和睦」の言上で、朝廷がになってしまい、正成は朝議から外されているらしい。


「愚かなことだ」


 円心の歎息たんそくは、朝廷に対してであり、正成に対してでもある。

 言上が気に入らなかったとはいえ、せっかくの利剣を鞘に納めたままで、何とする。

 そして義弟の正成のことを考えると、気の毒としか言いようがない。

 円心が播磨守護を取り上げられたように、正成も、位階こそ取り上げられなかったものの、枢要からは遠ざけられていた。

 実は、共に足利につかないかと誘ったこともある。

 しかし、にべもなく断られた。

 建武の新政は、確かにうまくいっていないが、まだ見るべきところがある――あるうちは、見捨てられない。


「みかどとは、そういう約束なんや」


 むしろ気の毒そうな表情をしたのは、正成の方だった。


「……阿呆が」


 円心のそのつぶやきを、息子の則祐のりすけは聞きとがめた。

 しかし、父のその時の、何とも言えない表情を見て、押し黙った。



 新田義貞は、官軍を率いて西へ向かい、播磨に至った時、円心の書状が届いた。

 その書状に曰く。

 赤松は、あれほど後醍醐に対して犬馬の労を取り、六波羅を落とすために戦ってきたのに、与えられたのは播磨守護のみである。

 それも、赤松が望んだことであるが、それでも、播磨一国というのは吝嗇けちではないか。

 しかも、その播磨守護も、取り上げられてしまった。

 原因については、今は問うまい。

 それより――その播磨守護の地位、返してくれないか。


「さすれば赤松はふたたびみかどにつき、播磨守護として存分にお味方しましょうぞ」


 揉み手して、擦り寄らんばかりの書状。

 これが楠木正成なら、まず欺瞞を疑うところだろうが、義貞は信じた。


「まあ確かに気の毒じゃ」


 この反応は、一概に義貞が「鈍い」と断じることはできない。

 尊氏が叛した建武の乱の嚆矢はじまりにおいて――義貞は尊氏と奏状合戦なる争いを繰り広げている。

 すなわち、尊氏は叛するにあたって、義貞を君側の奸――みかどを惑わせているとしてその排除を奏状として出した。

 これに対して義貞は、そんなことはない、むしろ尊氏の方が、専横が酷いという奏状を出した。

 結果、義貞の奏状が通り、尊氏討伐の勅命が下った……。

 これらのやり取りを称して、奏状合戦という。


「つまりは、赤松もそういう奏状のやり取りで、播磨守護でなくなったのではないか」


 円心の書状は、ぜひ赤松の不遇と播磨守護喪失を奏状を出して欲しいと末尾で訴えていた。

 そう言われると義貞としても、それぐらいはしてやるかという気になる。

 心情面で言っても、あの鎌倉幕府倒幕の戦いの功績を無下にされるのは忍びない。

 また、いくさという点でも、赤松を味方にできれば、非常に心強い。


「どうせ奏状を出すだけだ。出してやろう」


 この時点で、円心は息子の則祐らを使い、三重の防衛網を敷いていた。

 無類の突破力を誇る義貞でも、あまりやりたくない相手である。

 

 ……かくして義貞は朝廷に向けて奏状を出す。

 しかしその書状のやり取りに思いのほか時日を要した。

 往復で十日かかってしまった。

 この間、円心は居城の白旗城の兵備をさらにととのえ、さしもの義貞も攻めあぐみ、全体で五十日余りも費やすることになり――


 その間、尊氏は九州の勢力を得るための戦い――多々良浜の戦いに挑むことができた。

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