のぞむもの ~尊氏、多々良浜に戦う~
四谷軒
01 負けいくさ
足利尊氏、叛す。
鎌倉に征き、中先代の乱を収めたと思ったら、返す刀で京へと迫り来る。
後醍醐天皇とその政権――建武政権は、大混乱に陥った。
急ぎ、新田義貞を討伐に差し向けるものの、義貞は敗退し、尊氏はそれを追うかたちで、京へと進軍、難なく上洛してしまう。
「落ちようぞ」
後醍醐は、楠木正成の進言を受け入れ、京の北、比叡山へと居を移したため、尊氏に捕まることはなかった。
尊氏は尊氏で、後醍醐との融和を図ることは困難と判じ、持明院統の光厳上皇からの院宣を求めた。
「隙あり」
正成は尊氏が京で「止まる」のを待っていた。
この時の足利軍は、二十万を越える大軍と伝えられている。
その大軍が、ただいくさをせずに、洛中にいる。
それだけで、足利は金穀を消費してしまう。
正成はそこを襲った。
そして、襲われる側の足利としては、たまったものではなかった。
「京というのは守るに
尊氏は怒るどころか感心した。
正成は、自身が千早や赤坂に小勢でこもることで鎌倉幕府に勝った。
だからといって、そういう籠城戦にこだわることなく、逆に大軍を京という都城に閉じ込めて締め上げるという戦法を採った。
「さすがに楠木正成、やるではないか」
直義や師直からすると、感心している場合ではないと言いたいが、その正成に勝てる唯一の男が尊氏しかいないのは重々承知しているため、何も言わなかった。
「それで兄上、どうするか」
「どうするもこうするもない。来たら戦え。それだけだ」
尊氏からすると、光厳上皇の院宣を得てしまえば、あとはどうとでもなる。
後醍醐の建武の新政で、土地を取られている武士は多い。
院宣という祝いを背景に、その取られた土地を取り返してやると言えば、彼らは喜んで味方しよう。
何しろ、御恩奉公の鎌倉の時代はまだ、数年前の話で、記憶に新しい。
「院宣を得て、予が将軍になれば、逆に楠木らが包囲されよう。京の周りの、そのまた周りから、な」
しかし、正成は、敗勢を立て直した新田義貞や、奥州からかけつけた北畠顕家らを効果的に采配し、糺河原の戦いで足利勢を撃破、京から駆逐してしまう。
ところが、尊氏もさるもの、丹波篠山へと退き、そこは足利領であるので、兵を糾合して勢力を盛り返し、ふたたび京をうかがう姿勢を見せた。
「包囲の包囲はできなかったが……こうして何度も予は攻め入るぞ。どうする?」
尊氏は、建武の新政で不遇をかこつ武士たちを味方につけた。
彼らは、尊氏に賭けた。
賭けた以上、勝たせるために、いくらでも援助を惜しまないであろう。
「一方で、汝らはどうかな……楠木?」
この時点において、尊氏は、主敵が正成だと見抜いていた。
後醍醐を捕らえたところで、正成が生き残っていれば、何度でも彼は立ち向かうだろう。
そのために、後醍醐は各地に親王を派しているではないか。
「一番危ない護良親王は討っておいたが……油断はできん」
現に北畠顕家は義良親王を奉じて陸奥将軍府に赴いている。
その北畠顕家は奥州への帰途についており、もし、後醍醐に何かあれば、この顕家がまず義良を擁して立ち上がるのは明白だ。
「だが、そうなる前に楠木を討つ」
この時点での尊氏の目的は、それに尽きる。
しかし、必勝を期した豊島河原の戦いに敗退してしまう。
また戦うためには、もう一度、兵を募らなければならない。
「……鎮西だな」
播磨国室津まで退いた尊氏は、そこで赤松円心に会う。
円心は、鎌倉幕府を倒した戦いの功労者のひとりだ。
楠木正成が千早にて再挙したときに、播磨にて挙兵、それから京にまで攻め込み、一度は退かされたものの、ついには尊氏と共に六波羅を落としている。
その功により円心は播磨守護になった。
なったが、その後、政争により、播磨守護は取り上げられてしまった。
このことを不満に思った円心は、尊氏が動くと、すぐにそれに同心した。
「ようおざった」
「手数をかける」
尊氏は、円心に九州に向かう旨告げると、「ぜひやるべし」と言われた。
実は、尊氏が言わなければ、自分から言うつもりだったらしい。
九州の勢力を糾合し、また、中国・四国からも援兵を得れば、かなりの兵数が集まるだろう。
「つまり……源平の時の、平家がやりたかったことをやる、と」
「さすがは赤松どの。慧眼だな」
尊氏は、正成を打ち破るには、大規模な二正面作戦――双頭の蛇――が必要だと思っている。
だとすれば、九州で兵を集め、さらに、瀬戸内海に接する諸国から水軍を募り、水陸両方から京へ攻め上がるのが最適と見ている。
つまりは、一ノ谷の戦いの時に、平家がもくろんでいた展開である。
「……しかし」
「何だ赤松どの」
「一ノ谷、とくれば九郎判官。判官と来れば、今の判官は……」
「言うにや及ぶ」
尊氏は含み笑いを洩らす。
この時において、判官に任じられているのは誰あろう、楠木正成である。
円心は、かつての平家の企図を用いるのなら、やはりかつての判官――源九郎義経のように、撃破する者があらわれるだろう、と危ぶんだのだ。
だが敢えて尊氏は一笑に付した。
こうでもしないと、この播磨の悪党にして闘将は納得すまい。
何しろ、正成は円心の
その正成との戦いに、自信鳴無きようでは、円心は御せぬ。
「しかしその楠木河内判官どのは、果たしてどう出るかな」
円心は挑発するように言う。
試しているのだ。
尊氏が、正成がどう動くかを読んでいるかどうか。
「……もし予が正成なら」
実は、自信があるわけではない。
ただ、
「すぐさま和睦をと言うだろうな」
「…………」
円心は黙った。
彼もまた、自身が正成とやり合うこと危ぶんでいた。
しかし。
「実はたった今、早船が来た」
円心は京畿にいくつもいくつも伝手を持っていた。
そのうちのひとつが、京の情勢を知らせてきたのだ。
「楠木河内判官、新田義貞の首と引き換えに、お手前に和を求めよと、朝廷で申したそうだ」
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