第2話 無実の罪①

「佳奈美は言いにくいみたいだから俺から言ってあげるよ。陸。彼女は君の悪事を知ったんだよ。だから君に見切りをつけた。そして傷心だった彼女を僕が癒した。それだけの話さ」


「俺の悪事……? 何のことだ」


「とぼけても無駄さ。彼女は全部知ってるんだよ。全部ね」


 嫌というほど心臓が鳴っている。

 あまりにもうるさ過ぎて外してしまいたいほどだ。


 訳も分からず、だが郁実が何かを企んでいるのだけは分かる。

 俺を痛めつける時と同じ顔。

 あんな顔をしているということは、よからぬことを考えている証拠だ。


「…………」


「自分の口からは話せないか。じゃあ言ってあげるよ。まず、家族の金を毎日のように盗んでるね」


「なっ……」


「僕も母さんも陽菜も被害者なんだ。警察を呼んで指紋も調べた。佳奈美に知られたくないのは分かるけど、陸がやっていることは犯罪だ」


 郁実の口から吐き出される嘘。

 だが俺は何も言い返せないでいた。


 暴力を持って犬をしつけるように、俺はこの親子に心を縛られている。

 郁実が白と言えば黒も白く、命令をされれば素直に聞くしかない。

 すでに俺は調教済みで、郁実の鋭い視線にただ黙るしかなかった。


「後、イジメもしてるだろ。万引きもしている。全て証拠があるから言い逃れはできないよ。佳奈美もそのことで君に愛想を尽かせたのさ」


「佳奈美……」


「見ないで」


 俺から顔を背ける佳奈美。

 郁実の言っていることを信じ切っているようだ。


 彼氏である俺を前にしても、郁実の腕から離れようとしない。

 顔を彼の胸に埋め、俺という嫌な存在から逃れているように見えた。


「俺は……俺は」


「言い訳なんて必要無い。正直言って犯罪者の家族なんて気持ち悪いよ。佳奈美の気持ちだってわかるだろ。彼氏が犯罪者なんだぞ。それも複数のね」


 ニヤニヤする郁実。

 佳奈美が自分の顔を見ていないのを良いことに欲望丸出しの、家にいる時と同じ表情だ。


「佳奈美、俺を信じてほしい……俺は決して」


「くどいよ、陸!」


 郁実の一喝に俺の体が震える。

 こうなってしまっては何も言えない、何もしゃべれない。

 俺が犯罪者という嘘を事実として、佳奈美は認識しようとしている。


 そのことを阻止したいのに、でも否定しようとしても体がこわばってできないでいた。


「さあ、自分の口から白状するんだ。自分は犯罪者だって。佳奈美に話せ」


「…………」


「言えないのか、陸」


 喉が渇く。

 頭が痛くなり、過呼吸を起こしそうになる。


 郁実には逆らうことができない。

 彼の言うがままに俺はしなければならなかった。


 だってそうだろ?

 小さい頃からそういう風に躾けられ、それが当然のことだから。

 

 だから俺は口にしようとする。

 郁実の嘘を真実だと。


「…………」


「どうしたんだよ、陸。言えないのか?」


 でも俺は抗った。

 自分の大事な物は理解しているつもりだから。


 佳奈美は俺の癒しで、大切なものだ。

 手放したくない。

 たとえ痛みがともなおうと、手放してはならないものがある。


 俺は震える手を握り締め、佳奈美に向かって声を絞り出した。

「佳奈美、俺は――」


「もういい! もういいよ陸。イジメの話、本人からも聞いたから」


「……え?」


知重ともしげくんがハッキリ言ってたわ。陸にイジメられてるって。盗みのことだって陸のお母さんが言ってたし……最低だよ」


 足元が崩れるような感覚。

 頭がフラフラして今にも倒れそうだ。


 イジメって何のことだよ。

 うちの義母は郁実の味方だ。

 俺は何もしていない、何もしていないんだ!


 そう叫ぼうとするが、だがすでに俺の心は折れてしまった。

 佳奈美は郁実を信じ、俺を悪だと認識している。

 自分の無実を証明するだけの証拠が無く、自分の悪事の証拠はいくつもある。


 こんな状況を覆せるわけがなく、俺は茫然として涙を流した。


「佳奈美にバレたのがそんなに悲しいのか? だったら悪いことなんてしなければ良かったんだ」


「陸って優しい人だと思ってた……俯いてることも多いけど、心が優しくて、それは全部嘘だったんだね」


 全部嘘なのは郁実の方だ。

 

 しかしそんなことを口にするだけの気力も無く、俺はただただ涙を流す。


「反省しても遅いんだ。罪を償って、自分のしたことの重大性を思い知るんだね」


「じゃあ……」


 郁実と佳奈美は人ゴミの中へと消えて行く。

 俺は絶望と喪失に、膝から崩れ落ちてしまった。


 ◆◆◆◆◆◆◆

 

 郁実は嘘を学校でも広めてしまったらしく、周りは俺への誹謗中傷の嵐。

 そして頭が良いのか、悪知恵が働くのか郁実は自分の口から嘘を広めたわけではなかった。

 

 彼の友人である人物が許せなくなり言い広め、俺のことは周知の事実となっている。

 家族のために黙っていた郁実はさらに評価を上げ、彼を慕う人物はさらに多くなっていた。


「望月……兄の方」


「……はい」


「職員室まで来い」


 数学の教師が教室に現れ、親指でこちらに来いというジェスチャーをする。

 一体なんだろう。

 まぁこんな状況だし、どうでもいいか。

 周囲の痛い視線に耐えながら、俺は職員室に向かった。


 職員室では数名の教師と、そして隣のクラスの知重の姿が。


 ボサボサの頭に暗い表情。

 体は細く、背は低い男子だ。


 彼は俯いていたが、俺の顔を見るなり申し訳なさそうな表情を浮かべながら口を開く。


「望月陸くんに、僕はイジメられていました」


「ということらしいが……どういうことだ?」


「俺はやってません」


「やったやつはそう言うんだよ。犯罪から逃れるために嘘をつく。痴漢も万引きも殺人を犯した者たちは、平気で嘘をつくからな」


「俺はやっていません!」


 知重を睨みつけるが、相手は俯いてしまう。

 何があったのか知らないが、誰かに命令されて俺をイジメの犯人に仕立て上げようとしているのだろうと察する。


 犯人は郁実。

 そんなことは分かりきっている。

 その方法は分からないが、知重は彼に従順なようだ。

 

 きっと俺と同じように、躾けられているんだろう。

 こうなるともう何を言っても無駄。

 だが事実と異なることを認めるわけにはいかない。

 ただ否定するのみ。

 俺にはそれしかできなかった。


「やられた本人がやっていると言ってるんだぞ。嘘はいけないな」


「嘘なんてついてません」


「知重、どうなんだ?」


「……嘘です。僕は彼にイジメられました。この腕を見て下さい。彼にやられた証拠です」


 赤黒くなっている知重の腕。

 教師はそれを見て、ドラマなんかで警察が犯人に証拠を突き出すような勢いで話す。


「これのどこがやってないだって!? 嘘ってのはバレるもんなんだよ!」


「ならいずれめくれるはずです。彼が言っている嘘が」


「っ……」


 知重は俺に背を向け、肩を震わせる。

 教師は彼を可哀想だと感じたのか、さらに大声で怒鳴り出した。


「お前みたいなクソは初めてだ! 証拠があるのにとぼけるなんて、良い度胸をしている」


「更生の余地は無し。これが裁判だったら、間違いなく少年刑務所行ですよね」


「どうしようもないクズというのは、どこにでもいるもんだねぇ」


 教師たちの言葉が痛い。

 義母と義弟たちと同じように、俺を傷つけるナイフのような言葉。

 こちらの心がズタボロになろうが気にしない。

 どうして平気で、そんな言葉を使うことができるのだろう。

 それが不思議でたまらない。


「望月、お前には停学処分を言い渡す。当分の間、家で反省をするように」


 こちらの言い分なんて一つも通らない。

 教師が事実だと認識したものこそが正しく、俺は捌かれることになった。

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全て奪われた男の大逆転劇~幼馴染の彼女を義弟に奪われ、無実の罪で実家と高校を去ることになったが、無自覚ハイスぺ男子は自力で人生を好転させていく~ 大田 明 @224224ta

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