全て奪われた男の大逆転劇~幼馴染の彼女を義弟に奪われ、無実の罪で実家と高校を去ることになったが、無自覚ハイスぺ男子は自力で人生を好転させていく~

大田 明

第1話 地獄

「なあ聞いたか。りくのやつ、イジメしてたらしいぜ」


「マジかよ。あいつ郁実いくみとか家族の金盗んだりもしてたんだろ」


「イジメして金盗んでって、どうしようもないクソみたいだな」


 クラスメイトたちの視線が刺さる。


 俺は望月陸もちづきりく

 どこにでもいるような普通の高校一年生だ。


 周囲の者たちが俺の噂話をしているが……全て真っ赤な嘘。

 俺は何もしていない。

 何もしていないが、窮地に立たされている。

 彼らが話していることが全部、事実になろうとしているから。


 これらの噂を流している人物は把握している。

 吹聴している人物、それは――


 俺の義理の弟である望月郁美もちづきいくみだ。


「おはよう、皆」


「おはよう郁実!」


「今日も素敵だわ。何であの人あんなにカッコイイのかしら」


「前世が王子様だったのよ。まぁ今も王子様としか思えないけど」


 皆に囲まれる義弟である郁実。

 眩い光を放つ笑顔に、女子たちは心酔している様子。

 

 俺と同い年である郁実はサラサラに輝く金色の髪の持ち主。

 ハーフで驚くほどの美形を誇り、日本人離れしたその容姿は数々の女性を虜にする。

 背は校内で一番高く、学力も高い。

 嫌なことは率先して自分からやり、周囲への気配りも完璧。

 小学校の頃からモテモテで、中学の時にはファンクラブまであったほどだ。

 

 もちろん今もモテてモテて仕方ないらしいが……裏の顔は最悪そのものである。


 暴力はもちろん振るい、平気で嘘をつく。

 人が傷つくのをためらうどころか、逆に喜ぶようなサディスティック。

 家の中では暴君として君臨し、毎日のように俺を奴隷扱いしてくる。

 格闘技までやっているから、非力である俺では太刀打ちすることさえもできない。


 日々何故そんな目に遭っているのか……それは俺たちが家族になった日まで遡る。


 ◆◆◆◆◆◆◆


 俺たちが家族になったのは小学校三年の時だ。

 彼は現在の義母に手を引かれ、ファミリーレストランへとやって来た。

 

 郁実の隣には彼とよく似た女の子、陽菜ひなの姿。

 彼女は郁実の実妹で、兄に勝るとも劣らない絶世の美女。


 金色の髪を膝ぐらいまで伸ばし、大きなブルーサファイアのような瞳。

 キラキラした目で俺を見つめていたことを、今でも覚えている。


「初めまして、陸くん」


「初めまして」


 そう挨拶をしてくれるのは義母となる明日香あすか

 この時は優しそうだなという印象を受けたが……それは大きな間違いであった。


 初対面の三人の印象は良く、俺は笑顔で会話を交わす。

 この日から二か月後に本当の家族になるのだが、そこからが地獄の始まりであった。


「ねえ陸」


「なあに?」


「洗濯物の仕方を教えるから自分でしなさい。あんたみたいなブサイクの洗濯なんてしたくないのよ」


「え……」


 俺の洗濯物をしたくないらしく、義母からやり方を教えられ自分でやることに。

 父親がいない時は食事すら作ってくれず、これも自分で覚えることとなった。

 基本的に父親は家に帰ってくるが、ある日を境に、俺が食事をしたと嘘をつくように。

 死なないように最低限の物は食べさせてもらえたが、それでも常に飢えている状態。

 空腹をなんとかしのぐために、父親からもらう小遣いを食費に使い果たした。


 さらには毎日のように義母からは罵詈雑言を浴びさせられる。


「本当にブサイクよね、あんた」


「どうしようもないグズ。うちの息子を見習ってほしいものだわ」


「勉強もできない運動もできない、あんたに良い所なんて一つもない」


「生きているだけの価値も無いわ」


 そんなことを日課のように言われ続け、自己肯定感は当然のように低く、自信の無い人間に育っていく。


 暴言は吐く母親を見て、いつしか郁実も同じように俺に汚い言葉を投げかけ、暴力を振るうようになっていた。


「お前って最底辺のゴミなんだよな。母さんがよく言ってるよ!」


 腹を蹴られ、リビングの床に吐いたのは一度や二度じゃない。

 その度に掃除をさせられ、土下座で反省をさせられた。


「おいゴミ。お前は生きてるだけで迷惑をかけてるんだ。だから謝れ」

「そうよ謝りなさい、このゴミが。生きていてすみませんと」

「僕みたいなゴミが生きていてすみません。許してください」

「許すかよゴミカス」

「許されるなんて考えがおこがましいわ、ブサイク」


 毎日が辛くて、毎日泣いて、毎日が嫌だった。 

 しかしどれだけ嘆いても何も変わることなく、二人の拷問のような扱いは一日たりとも途切れることなく続く。


「あんた臭いし気持ち悪いし、ベランダに出てなさい。裸でね」

「本当に臭いんだよな、お前。頼むから息も吸うなよ」


 パンツをはかせてもらうこともできず、裸でベランダに出されることもあった。

 極寒の冬だというのに、父親が帰ってくるまで寒さに震えるばかり。

 手足がガタガタ震え、全身の感覚が無くなっていく。

 鼻水は凍り付き、歯を鳴らしながら時間が過ぎるのをひたすらに待つ。


 父親が帰ってくるのは遅く、父親の帰りをよく祈っていた。

 自分がされていることを話そうと思ったことは何度もあったが、二人が怖くて何も言えない。


 勇気が無い自分が悪いのか、気づいてくれない父親が悪いのか。

 もちろん暴言暴力を振るう二人が一番悪いのだろうが、いつの間にか自分自身が一番悪いとまで考えてしまうようになってしかった。


 小学校から始まった地獄は、高校になった今でも続いている。

 おかげで体はガリガリ、何かに怯え常に俯いて暮らす根暗な男になっていた。

 

 何故俺がこんな目に遭わないといけないんだ。


 辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い。


 死にたい。

 でも死ねない。


 義母と義弟の所業を父親は気づかず、自殺を考える日は少なくなかった。

 それでも死ぬような覚悟もなくダラダラと生き続ける。

 そんな毎日であった。


 それでも心が折れず、生きてこれたのは幼馴染のおかげだろう。


 島袋佳奈美しまぶくろかなみ――


 黒髪ロングで優等生を絵に描いたような少女。

 顔立ちは整っており、男子の人気も高い子だ。


 そんな佳奈美が俺の傍にいてくれたのは何故か分からないが……とにかく彼女には救われてきた。


「陸、何かあったの?」


「ううん、何でもない……何でもないよ」


 家の外で泣いていたら、近所に住む彼女は俺を見つけて声をかけてくれた。

 人の優しさが身に沁み、生きる気力となる。


 本当に佳奈美という存在が俺の活力となり、今日まで生き延びることができたんだ。

 彼女には感謝をし、そして驚くことに高校に入学した時に付き合い始めることになる。

 

 奇跡が起きた。

 その時はそう思っていたものだ。


「陸、辛いことがあったら何でも言ってね。私はずっと陸の味方だから」


「佳奈美……ありがとう」


 高校に上がって彼女が明るくそう言ってくれるものだから、俺はまた泣いてしまう。

 佳奈美の前ではどうしても弱い自分が顔を出してしまう。

 素の自分でいられるような気がして、彼女といると心が穏やかになるのを感じた。


 でも更なる地獄は訪れる。


 家にいたくない俺は、高校生になってからバイトを始めた。

 このことは家族には内緒にしていて、誰も知らないこと。

 まだ佳奈美にさえも話せていないことで、でも金を稼げること喜びを感じていた。


 お金を貯めて、家を出よう。

 あんな場所でこれ以上生活をしたくない。


 その一心で毎日バイトに明け暮れていた。

 バイト先はラーメン屋で、まかないが出るのもいい。

 飢えをしのぐこともでき、一石二鳥であった。


 高校に入ってから随分マシになったなと、心から感じる。

 家に戻ると二人の暴力はあるけれど、バイトに時間を使うことができて地獄の時間から逃れることができていた。

 脱することはできないが、うん、随分と生活が楽になったものだ。


「おつかれさまでした」


「陸。高校卒業したら、店に就職しろよ」


「そんな、俺みたいなのが就職なんて……」


「店長、望月はまだ高一っすよ。話が早過ぎますって」


「早くて良いんだよ。有能なやつは早めにスカウトしてだな」


 バイト先の店長と先輩がそんな会話をする。

 自分を認められたみたいで、俺は二人の話が嬉しかった。

 もちろん、お世辞だとは分かっているけど、俺の心を癒すには十分だ。


「綺麗な月だな……」


 夜空を見上げ、満月にため息をつく。

 もしかしたら人生はこれから良くなっていくのかもしれない。

 そんな予感を感じて、帰路に就く。


 だが、そんな希望は次の瞬間に打ち砕かれる。


「……え?」


 夜の町で、佳奈美の肩を抱く郁実を見つけてしまった。

 二人は仲良さそうに、親密そうに、恋人のように会話をしている。


(違う)


 俺の心が否定する。

 あれは何か見間違いで、佳奈美ではないと。


 二人がキスをし、佳奈美は嬉しそうにはにかんでいる。


(違う違う違う)


 佳奈美の恋人は俺だ。

 あれは赤の他人で、絶対に佳奈美なんかじゃない。


「郁実くん……大好き」


(違う!)

 

 俺の脳は必死に現実を拒否するが――体が先に理解する。


「おえっ……」


 美味しかったはずのラーメンをその場で吐き出してしまい、苦い物へと変わってしまう。


 心臓が早鐘を打つ。

 全身が重たくなり、今にも倒れてしまいそうだ。

 手は震え、胸が苦しくなり、頭がおかしくなりそうで叫び出しそうになる。


「汚ねっ」


「あの子吐いてるんだけど」


「うわー……誰が掃除するんだよ」


 俺が吐いたことにより周囲の視線が集まる。

 もちろんそれは、少し先にいる佳奈美と郁実も同じで――二人は騒ぎにこちらを見た。


「り、陸くん……」


「佳奈美……」


 真っ青な顔をする佳奈美。

 その隣では郁実がニヤッと口角を上げ、邪悪な笑みを浮かべている。


 この瞬間、体だけではなく頭も心も現実を理解し、絶望を胸に感じながら二人の姿を視界に収めた。


「どういうことなんだ……佳奈美、俺とずっと一緒にいてくれるって!」


「…………」


 俯いてしまう佳奈美。 

 彼女は何も答えない。

 ただむなしいく妙に長く感じる時間が静かに過ぎていく。

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