ミヨ -死神の娘-

spring-すぷりんぐ

1-1 赤子

魂は、永遠也。

 魂は、元は一つ也。

 分裂、統合を繰り返し、世界は循環する。

 そして、意思は受け継がれる。

 この円環、滞らせるべからず。

 全ての魂を、円環の元に。

 闇を、怨念を刈り取れ、死神よ。

——黄泉の国貯蔵『死神 魂訓こんくん』より。




死者の魂と輪廻転生した魂から分離して生まれた存在、「ウツシ」の住まう黄泉の国。その中央に存在する泉下宮殿の一つの広間に、最強の死神である六人の死神、六大鎌が集合した。彼らを招集したのは他でもない私、同じく六大鎌が一人、フカガワだ。


 広間は薄暗く、黒い煉瓦の壁で囲われている。外では雨がふりそそぎ、広間はその音で満ちている。


私達は広間の中央にある巨大な丸テーブルの椅子にそれぞれ腰かけていた。

 私は開口一番に六大鎌の、残りの五人に尋ねる。


「最初に聞いておく」

 全員が振り返る。薄暗い広間に緊張が走る中、私は続けた。

「生前での子育ての経験を持つものはいるか!!」

「無い!!」


 五人中、四人は即答だった。私たちの声が、広間に響き雨音をかき消した。

「おい、あんまり大声を出すな。赤子が起きるだろう」

 返事をしなかった赤毛の猫の獣人死神、ヒバチが指摘する。

「アア、危ない、危なイ」

 紫色のピエロの帽子をかぶり、声と顔である仮面を老若男女問わず変化させる死神、ジェジェが声のトーンを落とす。先ほどは青年と老婆の顔と声になっていた。


 全員が緊張と不安の中、骸骨である私の腕の中で眠る赤子に目をやる。どうやら先ほどの大声では目を覚まさなかったようだ。

「ふぅ」

 私たちは全員安堵し、

 赤子は私たちとは違い、人間の姿をしている。普通の人間と違うことといえば、白い髪と額に赤の淡く輝く泉の紋章を持つことだ。


「しかし、フカガワ。あなたが拾った子、完全に人間の姿をしたウツシだなんて珍しいわね。ましてや赤ちゃんだなんて」

「水子かなにかか? いや、だとしても……」

 人魚の美貌を持つ魚人の死神、レレと灰色の狼の獣人死神、ウソクが疑問を呈した。二人の疑問は当然だ。


 この黄泉の国には死者の魂と、転生した魂から分離した「ウツシ」という存在が住んでいる。ウツシは生前の記憶を引き継いでおり、その記憶や経験、性格、信念により己の姿を形作る。

 あるものは獣人。ある者はモンスター。日本の妖怪といわれるような存在にもなり、稀なケースだが、ジェジェのように姿が安定しない者もいる。そのような者は不安定なウツシとも呼ばれる。

 いずれにせよ、変化や擬態を抜きに、完全なる人間の姿を持つウツシは今まで確認されていない。つまりこの赤子はかなり例外的な存在なのだ。


「それも気になるが、俺が気になるのはこの額の紋章だ」

 自分の席から立ちあがったヒバチが私に近づき、赤子の額の紋章にそっと触れた。


「ああ、そうだな。この紋章がこの赤子を特別たらしめる。この黄泉の国の帝の後継者となる権利を持つ証だからな」

 私の言葉に、全員が唾をのむ。帝の後継は紋章を持つもの、または六大鎌に所属するものと定められている。


 紋章を持つものは現在の帝が即位されてから、代替わりの目安となる千年から二千年後に現れるとされる。

しかし、現在の帝が即位されてまだ五百年ほどしか経っていないこの時にこの子が現れた。あまりにも早すぎる。


「証を持つモノ現れしトキ、それハこの世とあの世がヒックリ返るトキ!!」

 ジェジェが手を回転させるジェスチャーを交えておもしろおかしく言う。彼の仮面も上下逆さまに回転していた。

「世界がヒックリ返る、ねえ……」

 寡黙な黒い鬣を持つペガサス獣人の死神、ぺルクスが口を開いた。

「お、ぺルクスが喋った」

 ウソクが反応する。


「フカガワ、先ほどの質問も含め、その赤子について、私たちに要件があるだろう。さっさと本題を話せ」

「口を開いたと思ったら相変わらず手厳しいな。帝から……」

「ぎゃああああああああああ!!」


 突然、赤ちゃんが産声の如く泣き出した。鳴き声が広間どころか、外にも漏れ出ていそうだ。


 あまりに突然の出来事で、死神業は一流でも、子育てド素人の私たちは思わず慌ててしまった。

 特に私は至近距離で声を浴びてしまったため、一瞬ない鼓膜が破れるかと思った。


「おいおい、泣き出しちまったよ!!おいヒバチ、お前が泣かせたんだから何とかしろよ!!」

「お、俺か?俺のせいだというのか!!??」

 ウソクに責任を押し付けられ、ヒバチは怒りで全身の毛を燃え盛らせようとした。

 だが、泣きわめく赤子の声で正気を保ったのか、ヒバチは自身の炎を抑え、腕の中の赤子の顔を覗いた。


「お、おーい、お前? えっと、その、んーー……」

ヒバチは泣き止ませるための言葉を必死に選び、一瞬考え込んだ後、呟いた。


「……にゃーん」

「考え込んでそれかい!!」

「びいぃゃぁあああ!!」


 ヒバチが様子を伺いに顔を近づけすぎたせいか、ウソクのキレッキレなツッコミが怖かったのか、赤子はさらに泣き出した。なんてことをしてくれたんだ、二人とも。


「よしよし……!怖かったな。ほーれほーれ、よしよーし」

 私はなんとか泣き止ませようと、骨の腕を上下し、赤子を揺らす。ヒバチとウソクが責任のなすりつけ合いをしていたが、気にしない。怒りが伝わらないよう、できるだけ気にしない素振りをした。


「うう……ぷあ?」

いくらかあやした後、赤子が泣き止み、その両目をゆっくりと開いた。そこに見えたのは、帝と同じ鮮やかな彼岸花の赤だった。


「オヤ、泣き止んダ……ッテ、アっ!!」

ジェジェが子供の声で驚きの声を上げたことに続き、全員が赤子の瞳をそっと覗き込む。

「まあ、これは……」

「綺麗な、彼岸色だ」

「白い小櫛と紅き瞳。帝と瓜二つだな」


 皆がそれぞれ感想を言い合う中、私は、静かにこの骸骨の顔をじっと見つめる赤子と目を合わせ、機嫌を伺っていた。この骸骨に抱き抱えられているというのに、再び泣き出すことなく、むしろ、そのか目から一種の愛情を感じる。


「あう、うう」

赤子が手を伸ばし、私の顔に触れようと必死になっている。その健気な姿。純粋な視線。   

その姿に私は、心を奪われてしまった。父性が湧き出したのだ。守りたい。この無垢で繊細なるこの子を。


「おーい、フカガワ。どうした?」

「……はっ」

 ウソクの声掛けに、私は我に返った。私としたことが、つい呆けてしまっていた。


「かつてないほどに口がにやついていたぞ。いや、口角がどこかはわからんが」

「ホントホント。頬ガ眼(がん)穴(けつ)に入リそうなホド!!」

 ウソクどころか、ジェジェにそういわれてしまうとは……心外だ。


「頬?というかあの頭蓋骨の眼球が入る場所のことを眼穴って言うなよ」

「ジャアあの穴のこと他ニ何テ言うんだヨ?」

「いや僕に聞かれても……」

 ジェジェとヒバチが私をよそに問答をしている。しかし、そんなににやけていたのか、私の顔。いや全く、このような醜態を同業に見られてしまうとは……


「そのうえ、眼穴の中にある白い点の瞳がハートの形になってたわよ。これはもう……一目ぼれかしら?」

「いやお前も眼穴っていうのかよ」

 私の羞恥心という名の火に油を注ぐな、レレ。余計に恥ずかしくなる。

 と、この脱線した空気を収めようと、ぺルクスがその両手の蹄を打ち合わせ、ガコンッ!!という音を部屋中に響き渡らせた。後に、改めて厳粛な空気が流れる。


「……話を戻そう」

「あ、ハイ」

 私含め、ウソク、ジェジェ、レレは圧に押され、腑抜けた返事をしてしまった。後方でヒバチが「やれやれ」と呆れ、少しうつむいているのが、視界の端に見える。

「ええと、何の話だったかな」

「私たちを集めた要件だ」

 不機嫌なぺルクスが不貞腐れたように私の疑問に答えた。「さっさと話せ」という怒りに満ちた目くばせをしている。無口な男をこれ以上怒らせるとろくなことにならない。私は苦笑したのち、事情を話し始めることにした。


「先ほど、帝にこの赤子の処遇についてお尋ねしたのだ。帝から下された勅命は一つ。『帝の後継者として、六大鎌の下で育てよ』と」

「ああ、それでさっき……ん?」

「どういうこと?」

 聞いていた者全員が「なぜ?」という疑問で満ちた目でこちらを見つめる。その意味を代弁するかのように、ぺルクスが質問する。


「その勅命の真意はいかに」

「……ああ」

 私は深呼吸して、話を続ける。

「先ほどジェジェが指摘した通り、額に紋章を持つこの子が現れたということは、『世界がひっくり返る』—―すなわち、この黄泉の国に確変を起こすということだ。即位されてから五百年という短い期間で現れたのには、何かの因果が彼女を中心に巡る可能性が高い。帝は、それを見守ろうとしておられるようだ」


「……この異常事態を、あえて見守ろうということか?」

 ヒバチの台詞にウソクが口を挟む。

「我らが帝は、あらゆる変化を自然に受け止めるお方。帝も帝なりのお考えがあるのかもよ」

「いや、まあ……でも俺子育ての自信ないんだけど」

「それはそうよ。全員未経験者?だもの」

 自信なさげなヒバチに、レレが正論をぶつける。

「それに私、子育てには賛成よ。フカガワじゃないけど、なんだか愛着が湧いてきちゃった」

「僕モ!フカガワとチガウけど」

「え……」

 賛成者が出てくれたことにはうれしいが、一言余計だぞ、レレとジェジェ。


「問題は、誰が親を務めるかだ。もちろんここにいる全員で育てるが、親がいないというのは寂しいものだ」

 もはやファシリテーターと化したぺルクスが提案する。そこにジェジェから衝撃の一言。

「アーじゃあ、フカガワじゃネ?」

「先ほどから私をからかってないか!?」

 ついに私の心の声が漏れてしまった。だが仕方ないだろう。赤子に惚れただけなのにこの扱いはちょっと……


「お、確かに。さっきフカガワのおかげで泣き止んだしな」

「俺だと悪化したし、ナイス人選」

「そもそも言い出しっぺだものね」

「責任をもって育てよ」

 ウソク、ヒバチ、レレ、ぺルクスも私に追い打ちを……


 そうこうしていると、赤子が突然私の衣の胸部を引っ張り、頬を摺り寄せる。

「っむ」

「お、コイツもフカガワがいいって」

 ウソクが顔をニヤつかせる。これはもう逃れられない……

 

 が、悪い気はしない。むしろ本望とさえ感じる。それに思い出した。ウツシとなった私に「フカガワ」と名付けた師匠が、この国のある町で私が子供の遊び相手をしている後ろで「お前は父に向いているかもしれない」と言っていたことを。それは生前叶わなかった私の夢でもあった。


「……わかった。私が父となろう」

 私は二つ返事で引き受けることにした。他はともかく、お調子者のウソクとジェジェには任せられないしな。

「お、満更ではなさそうじゃん」

 調子がいいな、ウソク。なんとでも言いな。

「――決まりだな」

 ぺルクスは満足したのか、これ以上何も言うことはなかった。


「そうと決まれば、まず名前を付けなきゃ」

「おお、そうだな」

 レレが楽し気に提案するのに、ヒバチも乗る。他も賛成しているのか、うんうんと頷いている。

「名前、か。そうだな……」

 名づけをしたのなんて、何百年ぶりだろうか。父として、将来誇りを持てるような名前を付けるべきだが……

「……ん」

 赤子と顔を見つめあいながら深く考える……この子がいつか、現帝に代わる時が来るとしたら……


「……御代ミヨ

 天皇の治める期間や治世を意味する言葉。これがふさわしいだろう。

「ミヨ、か」

「かわいい名前ね。女の子?」

「アリ、決まリ!」

「元気に育てよ、ミヨ」

ウソク、レレ、ジェジェ、ヒバチが盛り上がっている。そんなに叫んだらまた泣き出すかと思ったが、今回はそんなことはなかった。


 それどころか、嬉しそうにこちらに今まで以上の笑顔を見せている。

「きゃっきゃ!」

 喜びの顔を見せる娘に私は微笑む。

 

「我が娘、ミヨよ。時代の節目となるこの世界で、誇り高くあり給え」

「ちゃー!」

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