第2話 ファーストコンタクト

 俺は両手をあげながら階段を下りていく。

 佐倉はハンカチで涙を拭って、何もなかったかのように振舞っている。

 当然ながら、俺を警戒しながら。


「誰?」


「クラスメイトの一ノ瀬匠だ」


 一応、クラスメイトなんだけどな。

 わかってはいたけど、ちょっと悲しい。そこまで存在感ないかな?


「なんでここに? 盗み聞きはあまりいい趣味とは思えないけど」


「待て。俺を盗聴魔扱いしないでくれ。俺はここで昼飯を食べていたけど、お前らがここに来たから隠れただけ。何もやましいことはしてない」


「……」


 なぜ疑いの目を向けるんです?

 そんなに俺って信頼できない人間か?


 まあ、一か月経っているのにクラスメイトから認識されていないのだから仕方ないか。自分で言うと落ち込みそうになる。


「わかった。一ノ瀬君の言葉を信じる。けど」


 佐倉が急に鼻で笑った。


「ホコリまみれだから、落とした方がいいと思うよ」


「……ガチ?」


「ガチガチ。ばっちいよ、それ」


 すぐさま制服のあちらこちらに付着したほこりを払っていく。

 佐倉の言う通り。ホコリまみれだった。ここら辺、全然清掃が行き届いていないもんな。きったねぇ。


「これで大丈夫そうか?」


「うん。多分?」


「多分って言わないでくれ。教室に戻ってホコリまみれだったら、笑いものどころじゃ済まないだろ」


「いいんじゃないの。目立つよ?」


「悪い意味でな」


 階段を下りて踊り場に降り立った俺に佐倉は言った。


「さっきのアレ、言いふらさないでよ?」


「佐藤にフラれて大泣きしたことを?」


「それ! わざわざ言わなくていい!」


「あ、ああ。悪い」


 ちょっと怒らせてしまったかもしれない。猛省しないと。


「もう、最悪……」


 佐倉は頭を抱えて階段の踊り場を往復する。そうなるのも仕方ない。

 好きな人にフラれ、それをクラスメイトのよく知らない陰キャに見られていたのだから。俺が彼女の立場だとしても、同じように頭抱えるもん。


「まあ、誰にも言わないから安心してくれ」


 そう言って俺は階段を下りていった。俺がいたら邪魔だろうし、佐倉も嫌がるだろう。彼女には一人になれる時間と場所が必要かもしれない。俺のさり気ない配慮だ。


「あ、待ちなさいよ!」


 俺を追いかけて佐倉が階段を下りる。が、彼女は足を踏み外してしまう。

 彼女の小さな悲鳴を聞いて振り返った俺は、すべてがスローモーションに見えた。


 クラスメイトが階段から宙に舞い、俺目がけて飛んできている。

 このままではぶつかってしまうが、俺が避けてしまうと佐倉が硬いリノリウムに激突。運が悪かったら死んでしまうかもしれない。


 咄嗟に受け止めるため、両手を広げる。これで準備万端だったが、佐倉は空中で態勢を変えた。


 そのせいで俺は彼女を受け止めることはできず、代わりにラリアットをくらってしまった。


「なぜそうなる!?」


 綺麗なジャンピングラリアットが決まったぁ!

 そんな実況の声が聞こえてきた気がする。

 でもまあ、俺も受け身ができて事なきを得る。少々、背中を打ってしまったが問題なし。


「いたたた……」


 佐倉は少々体を気にしながら立ち上がった。よかった。大きな怪我がなかったようで――


「なんでラリアット!? 今ってプロレスごっこしてるところだっけ?」


「しょうがないでしょ!? 私だって避けようと頑張ったのよ?」


「だとしてもじゃねーか!」


「いいでしょ? 怪我無かったんだから」


 ちょっとした口喧嘩に発展するかと思ったが、ラリアットが思いのほか面白かったのか、俺たちは笑いをこらえきれず笑ってしまう。


「あ、思い出した」


 何かを思い出したのか、拳を手のひらにポンと叩いた。


「一ノ瀬君って初登校の時に遅刻して、めちゃくちゃボロボロの姿で現れたんだよね? 先生にあれこれ言い訳してたの思い出した!」


「はえ?」


「なんて言い訳したの?」


「……倒れていたお年寄りを助けて、外に逃げた家猫を捕まえ、最後にトラックに轢かれそうになった子どもを助けたから遅刻したんだ」


「ぷっ! なにそれ?! 『あいつ、喧嘩でもしたんじゃないか?』って噂になったくらいだよ」


 そのせいで俺、友達出来なかったんですが……。

 俺の高校生活のスタートは最悪だった。そりゃあ、クラスから浮くわ。


「で、本当のところは?」


 ニヤニヤしながら訊いてきた。


「本当だよ。おばあさんの怪我は大したことなかったし、猫ちゃんはすぐ捕まえることができた。子どももギリギリのところで助けられたから、怪我がなくてよかったけど、おかげで顔に引っ掻き傷ができるわ、制服がボロボロになって一日で買い替える羽目になった」


 後で知ったけど、制服のズボンが破けてパンツ丸見えだった。

 入学早々、退学を意識してしまった。もうダメだ……って。


「嘘じゃないんだ」


「嘘ついて俺に得があると思うか? 悪い意味で目立ったし、散々な一日だったんだから」


 佐倉はニヤニヤした顔から、微笑ましいものに変わっていた。

 佐倉はしばらく思案したのち、パチンと手を合わせると階段に腰かけた。


「一ノ瀬君、いいじゃん」


「は?」


「もっと私とお話ししようよ」


 お話? いや、俺は佐倉と話すことよりも食べかけのパンを食べたい。

 特に俺の好きなメロンパン、まだ半分以上残ってるから。


「なーんでそんな嫌そうな顔してるのかな?」


「いやだって、昼飯まだ食べ終わってないし」


「喋りながら食べられるでしょ?」


「一人で食べたいんだけど」


「えー……こんな美少女と二人っきりで話せるチャンスなんだよ? いいのー?」


 自分で自分のこと美少女って言うか?

 この自己肯定感の高さは陽キャ故なのか、それとも佐倉の自己評価が高いからなのか。俺には理解できない領域にいる人間だ。一生をかけても到達できない境地にいる。


「ほらほら~私に隣に座ってお話しよ?」


「話って何するんだ?」


「……君って、変わり者って言われない?」


「どうっすかね。わかんないや」


 佐倉は顔を引きつらせているがすぐに元の表情に戻った。

 俺は屋上手前の階段に腰かけ、高低差のある二人のお話が始まった。


「一ノ瀬君のこと、教えてよ」


「俺? 何を話せばいいんだ?」


「んー。普段何をしているのかー、とか」


「普段は……そうだな。本を読むか漫画読むか、アニメ観るか。ゲームもやるな。後は本屋に行く、くらいか。たまーに中古の本も漁ったりするか」


「へー本読むんだ。頭良さそう」


「本読む=頭いいとは思わないけどな。佐倉さんは?」


「私はずーっとSNS見てるか、友達と遊ぶか。あ、服も好き。オシャレ全般大好き」


「ふーん」


「甘いものも好きだから、よく色んな美味しいスーツ店に行くのも好きかな」


「なるほど」


「ねー。ちょっとリアクション薄くない?」


「もっとわざとらしく、『え~!? そうなの~!?』って言えばいい?」


「それって嫌味?」


「違う。俺はちゃんと話を聞いているだけ。余計な茶々入れたくない」


「真面目さんだね」


 ニヤニヤしながら俺を見てくる。まったく、この人と話すと調子が狂う。


「私と君、全然違うね」


「十人十色。みんな違うから面白いんじゃないか」


「そうかな」


「みんなお前らみたいな人間だとつまらないだろ。逆に俺みたいな奴ばかりもつまらない。色んな奴がいるから面白んじゃないかって意味だ」


 俺は陽キャの人たちを理解できないが、だからといって嫌いなわけではない。

 彼ら・彼女らが生きている世界があるということは、俺のような人間が生きる世界もある。どちらもオリジナルの色があり、この世界に色彩を与えてくれている。


「あはははっ!」


「……」


「ごめんごめん。本当に真面目だなーって思ってつい」


 佐倉のお気に召してくれたらしい。しばらくはお腹を抱えるくらい笑って、落ち着くまで時間を要してしまった。


「真面目かな……」


「真面目だよ。大真面目。それに優しいよね」


 そう言ってスマホで時間を確認する佐倉は、ビックリして立ち上がった。

 何事かと思ったら、このおしゃべりで結構時間が経っていたらしい。


「私、教室に戻るね」


「いいのか? 佐藤がいるけど」


「……一ノ瀬君と少し喋って気が紛れたから」


「そっか」


「うん。じゃ、またね」


 すぐに佐倉の背中は見えなくなり、軽快な足音はすぐに聞こえなくなってしまうのだった。

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2026年1月12日 07:00

一軍女子になぜか気に入られたんだが さとうがし @satogashi

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