第2話

短い確認の声と、金属のロックが外れる音。

扉が開いた。


中は、外よりもさらに静かだった。

照明の白が均一に行き渡り、影ができない。

部屋の中央を分けるように、分厚いガラスの仕切り。

向こうの空間が、まるで同じ空気の続きのように見える。


ガラスの下には固定されたテーブル。

中央には小さなマイクが一つ据えられ、

音声は天井のスピーカーを通して届く仕組みだ。


スーツの職員が一歩前に出て、短く言った。

「こちらにどうぞ」


私は無言で頷き、椅子に腰を下ろす。

背後の扉が静かに閉まった。


向こう側には、すでに一人の女性が座っていた。

スーツ姿。銀髪を後ろでまとめ、机の上に資料を置いている。

姿勢は端正で、目線はまっすぐ。

その出で立ちからは高官であることを察することができるほどであった。

胸には見慣れない識別章が輝いていた。

ここの職員ではないことが、一目でわかる。


その少し後方に、もう一人の職員が立っていた。

スーツ姿。つけている識別章は、この施設でよく見かける異界対策庁のものだ。

顔も立ち方も、特に変わったところはない。

ただ、なぜそこに立っているのか、その理由だけがわからなかった。


女性はこちらを見て、静かに会釈する。

一拍の間を置き、マイク越しに声が届いた。


「初めまして。

 異界管理局 統括調整官、白亜セリスです。

 本日は局長代理として、あなたにお話をしに来ました」


スピーカーから響く声は、わずかに平たく加工されている。

それでも音の輪郭に、確かな熱があった。


「異界管理局と聞いても、まだ馴染みがないと思います。

 できたばかりの局でしてね。

 ――名前のわりに、あちこちに顔を出す部署なんです」


そう言って、彼女は資料の端を軽く整えた。

口調にはわずかな笑みが混じっている。


高官の言葉とは思えない、柔らかな響きだった。

この施設の人間は、みな感情を削いだ声しかしない。

だから、そんな当たり前の会話が、妙に鮮やかに聞こえた。


見た目に反しての親しげな口調に、

一瞬どう反応していいのか分からなかった。

そしてようやく、もう一人の存在を思い出す。


私は視線を後ろの職員に向けた。

彼は相変わらず無言のまま、動く気配もない。

その沈黙の意味を尋ねるより早く、セリスが口を開いた。


「気になりますか? 彼は対策庁の職員です。

 今のところ、うちの局は“審査中”という扱いでしてね。

 反対派への配慮ってやつです。


 その関係で、監視役として同席してもらっています。

 信頼を得るまでは、

 何をするにも対策庁の職員に立ち会ってもらう決まりになっているんです」


説明は事務的だったが、その言葉の端々からは余裕が滲んでいた。

形式的なものだと理解しているのだろう。


「気にしないでください。

 彼は何もしませんから、ね」


セリスは軽く背後を見た。

監視役の男が、ほんのわずかに眉をひそめる。

セリスは気にする様子もなく、視線を戻す。

声の調子が、静かに引き締まる。


「では、本題に入りましょう」

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