ドキュメント24

 今まで君は、いくつの米粒を喉奥に押し込んで消化してきたんだろう?

 それはともかく、Geminiによると鳩という鳥類は「聖霊」や「平和」といった概念を象徴しているらしい。僕は知らなかったよ。


 もしかして、君は知ってたのかな? と訊ねると、君はこう答えた。

「生きていれば知ることになる。でも、あなたは永遠に知らないままかもしれない」

「知らないまま? そういうふうでいたほうが良いのかな」と僕は云った。


 話は少し変わるけれど、僕の顔は平均的な美しさをもっていて、君の顔も同様であり、君以外のみんな──あるいは僕と同じ人種だけかもしれないけれど──も似たような顔をしている。

 そんな主張をしたのは、もちろん僕だけれど、あるいは僕の中の「僕」かもしれない。

 すべて、くだらない冗談か何かだと思ってくれればいいよ。


 君は飲み終えたコーヒーを置いて、ゆっくりと立ち上がって伸びをした。コスプレみたいな制服の半袖から覗いた腋を僕は目に入れて、当然のように性的に興奮した。

 僕はいつもそうだった。

 セクシャル。

 エロティックなものから逃れられない。


 半分くらい勃った状態で、僕は君と同じようにゆっくりと立ち上がる。すると君は「あなたって、いつも私の真似をするのね」と云った。

 その声は僕にとっては天上の調べともいえるものであり、さらに身体が固くなった。


 若干の息苦しさを感じながらも、僕は右の手の甲をすうっと前へ伸ばして唱えた。

「この世に……咲く花の匂いを知らず……それゆえ愛を知らず……それゆえ、生きることさえ知らず……それゆえ枯れた花を映さず……あッ!」

 あああッ! と僕は意味もなく叫んだ。


 肉体か世界の不具合みたいな感覚が僕の知性やら知覚やらをガクンガクンと揺らして、午前中に午後の紅茶を飲んでしまうような心痛を喚起させる。

「午後の紅茶! 夜の仕事! 僕は清掃員! それも死体のねッ!」

 僕は哀しむ。すると、憐憫の色を滲ませた君は云う。


「きっと、宇宙の法則が乱れたのよ。この世界の、この美しい時空の最果てには、一体どんなものが存在していると思う?」

「…………時空?」

「そう。あなたは今、いきなり何云ってんだお前? というふうな言葉を生み出して、吐き出そうか、あるいは捨てようか迷っているでしょうけれど、つまりはそういうことなのよ」

 君は真面目な顔をしていた。


 それから二言三言交わし、そろそろ帰りたいと思い始めたところで君は云った。(話している最中、僕は体勢を一切変えずに腕を前へ突き出していた)


「あなたは今、そろそろ帰りたいって思っていたでしょう? 違う?」

 僕は肯い、もちろんそうだよ当たってる、と自分でも驚くくらいの早口で云った。


「しかもあなたは、五分前から、勃起していながらそれを隠している。私には分かるの、あなたの涙の味も知っているのよ」

 それは流石に冗談だろ、と思ったので、僕は静かに君の鼻頭を見つめた。そうすれば、暗闇の中でも薔薇は枯れないと思っていたのだ。


 しばらくの静寂。

 そのせいで、僕は自分のいる場所をすっかり忘れてしまった。

 僕はどこにいるんだろう? 君に問いかけた。


「どこでも良いじゃない」と答えた。

「まあ確かにそうかもだけど」

 そんなことよりも、と君が云ったと同時に、精液みたいな鳥の糞が空から降ってきた。

 そのおかげで、やや激しく存在を主張していた僕のペニスは枯れるように萎れた。


 そして僕は正気を取り戻す。あるいは、初めっから正気だったのかもしれないな、と思った。


 糞は、もうじき限界を迎えるであろう震える手の甲に落下していた。君はくすくすと笑った。だから僕も笑った。

「……でも楽しくないな」

「そうなの?」

「うん」

「そうなのね」

「うん」と僕は云った。当たり前だろうに。

「それはね、あなたがまだ幼いからよ」

 君の瞳は潤んでいた。その目に見つめられて、僕は再び勃起したけれど、今度は本気で射精したいと思ったんだ。


 でも我慢して、その我慢が祟ったのか、気がおかしくなった僕はまだ温かいそれを口に思いきり含んだ。

 もぐもぐしながら目を上げたとき、君はまたくすくすと笑った。たぶんだけれど、僕の美貌に笑顔がふいに溢れてしまったんだと思う。

 そう信じている。


 君は「それ、どんな味?」と訊いた。僕は吐き気を堪えて答えた。

「空の果てのオーロラみたいな味だよ」

「……私にもくれない?」

 マジで? と思っちゃったけれど、君の願いならば叶えるほかあるまい、と頷き、僕はよたよたと赤ん坊みたいに地面を這った。


 すると、遠くから赤ん坊のようなプードルのような鳴き声だか泣き声だかが響いてくる。

 僕は唐突に云った。唐突さは僕の存在意義である。


「太陽が眩しかったから、こんなにも美味しく感じたんだろうと思うよ。あくまで僕の予想だけどさ」

「ふうん」と君は云い、僕もふうん、と真似するように云ってみた。

 途端に僕は爆笑する。


「──あはははははぁぁあああははああぁあはあああぁぁぁぁあははんんんぶぶぶぶぶ!!」

「…………」

 珍しく、君は絶句したような、あるいはドン引きしたような表情で僕を見た。

 それもそのはずで、砂埃を巻き起こして地面をのたうち回る僕の口元は濁った白い泡塗れで、その泡は僕の体内からどんどんと溢れてくる。


 喋ることもできずに、僕はごろごろと公園の中を転がり続ける。視界はひたすらにその色と形を変え続けた。

──赤赤青赤黄赤赤赤青青赤青赤青赤赤赤赤!!



 ふと気づくと、僕は救われてはいなかったが、救われたような気分に浸っている自分に気がついた。どうやら僕はベッドの上にいて、つまりここは病院とかだろうと思う。

 思った通り看護婦が入ってきた。

 燕たちが、知らない天井で盛っている。




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