ドキュメント11
うどんとかラーメンを食べていると死にたくなってくる。この気持ちは、誰にも分からないだろうし、安易に分かったなんて思われたくもない。
でも僕は分かってほしい。そうしてほしい。そうしてくれれば、きっと僕は永遠に救われたような気持ちでいれるだろうから。
「まずいラーメンに価値なし!」と叫んだ賢吾の顔は醜く、そこらへんを這うミミズのほうが遥かに美しいとさえ思えた。いや、それは流石に厳しすぎるし酷すぎると思う。内なる僕が云った。
内面の魅力は表には顕れず、ゆえに人は人を呪い呪われる。その果てには死だけが待っていると知っていてなお、人は人を怨んで怨んで足を引っ張り合い、だけども愛しているのも本当で、だからこそ僕は自分と彼らを愛しく感じる。
賢吾の部屋は小さく狭く、彼の心の奥行きを上手く表現しているなと思って、やっぱり僕の舌は毒々しいに違いないとも思って涙が出る。企業とのミスマッチがたくさん溢れているように、人間関係も同じである。
賢吾は恥ずかしそうに顔を赤らめ、僕の名前をゆっくりと噛み砕くように呼んだ。僕は同性愛者ではないから、気分が落ち込んだ。
黙る蛇。こちらを見る。見ている。オデュッセウスと僕は近所のファミリーマートで、そこのトイレで──使用されているトイレの中で死んでいる犬──のように蹲る死体を見つける。まずオデュッセウスが云う。
「死んでる」
「うん」と僕は云う。「どうして死んでるんだろうね?」と続けてみる。意味もなく。
死体は十三歳の少年であり──そうであると僕には直観できてしまった──、同時に僕の弟か妹であるような気がしてきた。
『そりゃあ気の迷いよ。ありえんよ』
そう耳に吹き込んだのはミルク売りの老婆で、ずっと昔は花を売っていたらしく、微かに薔薇の匂いが漂ってくる。「黙れよ婆ア!」と僕は昂揚した気分で叫ぶ。いたるところから茶色い甲虫が這い出してくるみたいな爽快が僕を貫く。
滑稽なほど怯えた表情を浮かべるオデュッセウスが云う。
「……なに? どしたの。俺さあ、びっくりしちゃってさあ、足腰がくんがくんよ……?」
「ごめん。でもしょうがないんだよ。そこに婆アがいたんだ」
僕の名前は今村仁ではなくヨハネで、良い羽と書いてヨハネで、両親に深く感謝しています。
くそったれな老婆は置いといて、オデュッセウスは俺俺俺俺! 俺の〜グーテンターク〜♪ と目を細めて歌いながらチャコチャコ手際よく少年の身体を検分していく。僕は一歩下がって「どうなのどうなの? 死んでる死んでる?」と多動に足を踏み続ける。大地はすでに穢れている。
「ヨーハネー! ヘイ!」と彼は僕の眼前に右手を差し出し、僕は訳の分からぬままにポケットから出したナイフを渡す。トイレの鍵は誰かが壊していた。
死体の唇は未だ鮮やかで未使用感半端でなく、我慢しきれずそのオアシスに全力でダイブする。ぶちゅーり、と重ね合った唇たちは悦びと快感に打ち飛ばされ、僕は呆気なく即座に絶頂する。
ズボンから染み落ちた精液はどす黒く、オデュッセウスは笑いながら奇妙な歌を口ずさみ続けている。
少年愛は罪悪。とはいえ僕だって少年なんだからどうだっていい。罪などこの地上のどこにも存在しない。未成年はパチンコで生計を立てればいいんだよ。
恍惚から抜け出せない僕を押し退けたオデュッセウスは、てらてらと愛に濡れるナイフを躊躇なく少年の首に突き刺す。
「あかんよ!」と僕は大声を上げ、でもまあいっか、と心は安穏の迷彩に隠れる。矛盾した僕の心は色を失くしたように萎れた花。夏の花火を知らない僕はもう一歩でも踏み出していれば、たぶん救われていた。
僕の性欲の暴走はオデュッセウスに押し込められて、沈静した細胞はミルクとなって大地に垂れ流れていく。彼らの流浪の旅は終わりを知らず、僕自身は妄想夢想幻想に上書きされていく。
彼によると、僕は客足まばらな床に頬をぴったりつけて倒れており、彼はそんな僕を放って死体を担いで家に帰ったらしい。
ブダペスト行きの夜行列車は必ず雪に埋もれるように、僕だって哀しみに暮れることがあるんだってことを、彼は分かっちゃいない。正気を取り戻した頃、僕と老婆はよく知らない空間にいた。
『良くないよねえ。ねえ? 一度死んだ人間を、もう一度殺すだなんて……』
「……分からないよ、僕には」
『どちらでもよい。真実はしかしながら、たった一つに定まるものではない。グギギ……』
と笑んだ婆アはある種の美しさを纏い、そんな感想を浮かべてしまった自分に僕は絶望する。
『泣くんじゃない!』
「でも…………」
『いいや違う。お前は泣いてなんていない……、ただ他人の死を、恋人の死だと勘違いしているだけだろう?』
「僕は。僕に恋人なんていないよ。慌ただしく鳴り響く警鐘が、たぶん、君なんだ」
そう云うと、ミルク売りの老婆の姿は瑞々しく咲き誇る花へと若返る。
ヨハネは性欲の権化。売られている花を一人として逃がさない。怪しげな黒い蛇に唆される馬鹿とはまったく違う。違うんだよー……
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