第2話 殺戮の天使降臨
手を差し上げる子供たちの頭上に、バラバラとピンク色の銀紙に包まれたチョコと、赤い雫が降り注ぐ。
「ありあ!」
フィズが叫んだ。
マリールゥが、子供たちを抱きかかえるようにして地面に伏せた。
ありあは、自分の左の手の甲から血が吹き出るのを、茫然と見つめた。
その鮮血が飛び散る様とこぼれ落ちるチョコレートの光る軌跡が、スローモーションフィルムのように、ありあの網膜に映り込んだ。
痛みも音も消えた一瞬の世界で、鮮やかな血液だけが弾けるように四方に散っていった。
「ありあ! ありあっ!」
フィズの悲痛な声で、ありあは我に返った。
すぐに、左手に激痛を感じた。
ありあは、顔をしかめながらも、身を低くして周囲の様子をうかがう。
人の気配はない。
ありあは振り返って、マリールゥに子供たちをビルに避難させるように目顔で指示した。
ビルには地下室がある。見つからなければ助かるかもしれない。
どくどくとありあの左手から血が流れ出て行く。
その脈打つ拍動が、警鐘のように全身に響きわたった。
ありあは空を見上げた。
空には、鮮血を流したような夕焼けが広がっている。
その血まみれの空から、キラキラと光る純白の翼を翻した天使が降りてきた。
ありあは、心臓が止まるほどの衝撃と恐怖で体をこわばらせた。
「
それは、天使の姿をした
――何故、どうして、こんなところにマラークが?
自問自答したが、答えは出ない。
主に殺戮兵器として利用される
ジーンハンター。この世界には、
幼い子供ほど遺伝子の損傷は軽微なので、子供は、闇のハンターにとって、格好のターゲットなのだ。
ありあは、腰のホルスターから銃を抜いた。
九ミリ弾使用のオートマチックだ。
だが、そんなもので、マラークにたちうちできるとは到底思えなかった。
「フィズ!」
ありあは、傍らで身を伏せているフィズを振り返った。
フィズは浅くうなずくと、廃ビルに向かってダッシュした。
ビルには、多少の武器が蓄えてある。
毎日の食べ物にもことかく生活で、身を護る武器を調達するのは並大抵の苦労ではなかった。
それは、行き倒れた死体から身ぐるみをはぎ取ってかき集めた貴重な武器だった。
マラークは地上数十メートルの高さで空中制止し、その指先からまばゆい光線を放った。
ありあの周囲の土塊が、バババッ! とめくれ上がり、もうもうと砂煙が舞った。
ありあは、目を押さえて、後ろの瓦礫に身を潜めた。
手にしたオートマチックが、ひどく頼りない。
マラークの目的はなんだろう?
狙いは子供たちだろうか?
――いや、そもそも、殺戮以外の目的があの戦闘人形にあるのか?
心を持たない機械の人形は、そんな疑問には答えない。
ありあは、怖じける心を奮い立たせた。
子供たちを護るためには、ここで諦めてしまうわけにはいかなかった。
たとえ差し違えても、マラークを倒し、子供たちを護る!
マリールゥに寄り添った子供たちが、ビルの陰で震えていた。
ビルの中に逃げ込むには、マラークの注意を引きつける必要がある。
マラークが、ビルの陰で震えている子供たちを見た。
ありあは瓦礫の陰から躍り出て、拳銃を手にマラークと子供たちの間に立ちふさがった。全身を盾にする、自殺行為だった。
「ありあっ!」
マリールゥの悲鳴が耳に届いた。
ありあは、上空のマラークに向かって引き金を何度も何度も引いた。
しかし、九ミリ弾は、虚しくマラークの装甲に弾かれる。
「くっ……!」
ありあは、歯噛みした。
せめて、ビルに隠してあるショットガンが手元にあったら……。
その時、マラークの全身がまばゆく光った。
その脊椎に添うように埋め込まれた発射口から、小型ミサイルが四方八方に散った。
ありあは、マラークに向けて、残弾全てを撃ち込んだ。
――ダメだ……。無駄だ……。こんな攻撃じゃ……! 神様!
ありあが神に祈った瞬間、マラークの放った小型のミサイル弾が、次々と着弾した。
拳銃の発射音など聞こえないくらいの爆発音がとどろき、着弾の衝撃で大地が揺れた。
粉砕された瓦礫が飛び散り、あたりが煙る。
「マリールゥ! 健太! ピアン!」
光る闇に閉ざされた轟音と噴煙の中、ありあは咳き込みながら必死に子供たちの名を呼んだ。
「ありあっ!」
フィズが体当たりしてきた。
ありあは、後ろにふっとんで倒れ、腰をしたたかに打ち付けた。
閃光と揺れはほどなくしておさまったが、あたりはもうもうと煙っていて、ほとんど視界がきかない。
ありあは、フィズに庇われるように押し倒されているのに気づいた。
「フィズ!」
慌てて、フィズを揺り起こした。
「いててててて……。ちくしょー。なんで、こんな……!」
フィズは、頭を振りながら身を起こした。
ありあは、ホッとした。
「みんなは?」
ありあは、子供たちが潜んでいたビル陰を見やったが、視界がきかなくて気配はわからない。
胸が締め付けられるような不安と恐怖で、全身が冷たくなった。
「ま……さか……」
マリールゥの声も、子供たちの声も聞こえない。
嫌な予感で胸がざわついた。
そのとき、倒れ込んで地面に投げ出した手が、やわらかいものを触った。
ドクンと心臓が跳ねた。
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